第112話 リターン・マッチ
修羅道に於いて、感じるもの全ては衆生のありとあらゆる苦しみにそっくりだった。戦い、殺し、憎しみを振り撒き続ける。それだけを是する世界。
その地獄へ差し伸べられた手さえ、自ら断ち斬った。魔神王とは、憎悪の悪魔とはなんと救い難い存在か。
そうまでしてフェンリルは戦いを求めた。この世界に終焉をもたらす為ならば、人類の完全支配を達成する為ならば、ありとあらゆる罪業を背負う覚悟だった。その狂った野望はもう誰にも止められないのだろうか。
己の手でマーリアを抹殺し、憎悪の悪魔としてフェンリルは一種の安定を得た。それと同時に、丁度アスモデウスが七本槍の最後の一人に"
真っ黒な悪魔二体を、ブランフォード家の騎士達を焼いた白い灰と火の粉が彩る。
「貴様等に秩序を与えよう、人類の完全支配の始まりだ……!」
幾千の兵達と逃げ損ねた市民の屍、地獄と呼ぶにも生温い光景。或いはもう一度この地獄を見るために、魔神王に成り果てたのかもしれない。
宴も酣、フェンリルがその幾千の犠牲者たちの魂を吸収し、糧にし始めた時だ。狙いすましたかの様にメイヴァーチルは"冒険者ギルドの"装甲車の銃座に乗って姿を現した。
「死にな、魔神王!」
異世界から輸入されたブローニングM2重機関銃が銃火を上げて咆哮する。
大気を切り裂く銃弾が雨霰。突如、冒険者ギルドマスター・メイヴァーチルの奇襲攻撃を受けたフェンリルの外骨格が弾け飛び、炸裂した。
「ぐおッ!?」
いつもと違うのは、メイヴァーチルがここぞという時に袖を通す勝負服、冒険者ギルドのロゴが入った戦闘服を身に付けていることだ。彼女がギルドで独占する凶悪な魔法の数々、その発動を補助する機能を保持しつつ、彼女の得意とする打撃格闘攻撃の妨げにならぬ様、特に肩部の生地面積を削ったオーダーメイド品。
これを着用している時のメイヴァーチルは、賭け値無しの本気だ。全戦力を持って敵対勢力を叩き潰す腹積もり、その異名の通りの白銀の悪魔となる。
「遅い御出座しだったわね、メイちゃん」
アスモデウスは、ごく短い時間発生させた熱線で自分へ飛来した弾丸を焼き払った。機転の効きは流石に、フェンリルと魔神としての歴が違うと言わざるを得ない。
メイヴァーチルは当然の様に裏切った、否。ずっと魔神帝国を裏切っていた。
むしろこれは以前からの約束事と言っていい。フェンリルはリターンマッチなら何時でも受けるつもりだった。
「ロズ、そのまま轢き殺せ!」
「どうなっても知りませんよ!」
冒険者ギルドのロゴの入った装甲車両が真正面から魔神王に衝突した。フェンリルは力任せに車両を押し止める。魔神王の外骨格が軋む、想定以上の抵抗が掛かり装甲車の車軸も異常な音を立て、エンジンが哭いた。
「ハハハッ、コイツがギルドの秘密兵器か!?」
「ああ。弾はキミの実家に注文した、たっぷり喰らっていきな!」
装甲車がフェンリルに激突すると同時に、メイヴァーチルは銃座からM2を捥ぎ取った。そして再び、至近距離でフェンリルに弾幕を叩き込む。
「ぐおォッ……!」
ただの鉛弾ではなかった。撃たれ心地からするに、アルグ鋼の弾頭に神聖浄化魔法を付与している。
「やり過ぎよぉ、メイちゃぁん」
アスモデウスがメイヴァーチルの居る銃座を超高熱の熱線で狙撃した。
メイヴァーチルは咄嗟に次元魔法で身を躱す、銃座どころか装甲車の上半分程が焼き溶けた。
バルラドから調達した弾丸に
「ロズ、アスモデウスは任せたよ」
「……了解」
溶解した装甲車が爆発炎上した、ローゼンベルグは腹を括って車内から火炎を纏い静かに歩み出た。外にはあの炎熱魔術を操る女悪魔に、魔神王フェンリル。爆発する装甲車の中の方が安全なほどだ。
*
「お疲れの所悪いね、フェンリル。とりあえず死んでもらおうかな」
銃座から溶接ごともぎ取ったM2を携え、メイヴァーチルは嗤う。
「つれねェな、メイヴァーチル。俺との同盟を破っておいて、随分ご機嫌じゃねェか」
嫌味たっぷりにフェンリルはそう言った。既に、銃撃によって生じた外傷は塞がりつつある。
「ボクはこの日を待ち望んだからね」
「てめェの誕生日か何かか?」
「"人類の完全支配"、それはボクも同意するよ。だがボクは自分以外がトップに立ってるのは許せない質でね、キミには
「上等だ、かかって来い。何度でも捻り潰してやる」
メイヴァーチルはM2を担いだまま、素早く次元魔法を発動させて姿を消した。
「……フン、達者なのは口だけか?」
真っ向から裏を掻くつもりだ。メイヴァーチルの屈折した性格が戦術にも如実に現れている。
メイヴァーチルは常日頃お道化た様な言動だが、実態としては非常にプライドが高く、理知に長けたエルフ族とは思えぬ程凶暴で好戦的な性格である。ある意味ではむしろリサール人に似ているのだ。
鎧の残骸に過ぎぬとは言え、魔神王に吠え面を掻かせたくて仕方がない筈だ。
メイヴァーチルは今、この次元に居ない。故にまったく音沙汰はなく、フェンリルでも気配を察知する事ができない。
魔神に成ってから初めてと言っていいだろう、まるで毒蛇の潜む藪に足を踏み入れた様な……非常に嫌な感じがした、人間風に言うなら恐怖に近い。魔神として言うならば恐悦。それらを内包した静謐に、フェンリルは久々に昂りを覚えた。
長大な銃身に続く銃口だけが、空間の裂け目から覗いていた。フェンリルが気づく前にメイヴァーチルは異次元空間に居ながら"押し金"を押す、猛然たる機銃掃射が始まった。
「ぐおッッ……!てめェッ……!」
背後から銃撃を受けてフェンリルはたたらを踏んだ。軍事に明るいフェンリルのこと、現在の王国の工業力でこんな兵器を造れるとは思えない、間違いなく異世界の兵器。
さっきの装甲車もだが、メイヴァーチルは女神に召喚されたイセカイ・テンセーから異世界の兵器を接収したのだろう事はフェンリルにも想像が付いた。
考える事は同じだが、チャチな豆鉄砲で喜んでいたいつかのカゼルとは違い、本場なだけあって品揃えが違う。
メイヴァーチルの切り札、次元魔法とM2ブローニング、機銃掃射の併せ技。更にはブランフォード製の特殊炸裂徹甲弾頭がフェンリルを一点狙いだ。
「ぐッ、がァ……!」
「くたばれクソ悪魔野郎!」
凄まじい火力、嗤笑するメイヴァーチル。フェンリルも両腕を交差して完全に防御の態勢。そもそもながら対人に使えばオーバーキルも良い所、そのストッピングパワーは魔神王でも身を守らざるを得ない。
フェンリルの外骨格を破壊し体内で炸裂するのは、メイヴァーチルがバルラドに注文した特注品。"12.7mm×99mmの模造アルグ鋼製炸裂徹甲弾、
現に、砕けたフェンリルの外骨格からどす黒く染まった魂が、まるで天から光に照らされた様に浄化されつつある。
急ピッチで製造された弾薬はそう多く用意できなかったが、完全にフェンリルの動きが止まった。この機を逃す術はない。撃ち切ると同時に、メイヴァーチルは白銀の残光ばかりを残して飛び出した。
「
先の装甲車による衝突以上に、金属がひしゃげる様な音が鳴り響く。
「ぐッッ……!」
「
神聖浄化魔法を纏った左掌底による追撃がフェンリルを襲う。
直撃、フェンリルが身体をくの字に折り曲げる程の凄まじい威力。
「おォあッッ!」
即座に前蹴りで反撃したフェンリル。
メイヴァーチルはきっかりフェンリルの踏み込みと足の長さだけ上体を逸らして躱した。在ろう事か天使の様に微笑んでいる。
「死ぬのはてめェだ」
フェンリルの右フック。斬撃の様な鋭さと、全てを破壊する激烈さを併せ持った。
「
メイヴァーチルは地上から大きく飛び跳ねて躱した。躱し様、飛び回し蹴りの二連撃をフェンリルの頸部、二撃目を顎に叩き込んだ。まさに飛ぶ鳥も落とす勢いと言ったところ。
「ッ……!」
端的に、以前フェンリルに粉砕された時のメイヴァーチルとはまるで別人であった。格闘戦だけではない、以前のメイヴァーチルなら犬猿の仲だったバルラドに協力を頼む事など有り得なかっただろう。
総じて、1200歳を越える大年寄りの癖に、未だ成長期なのだ。
「ハハハ……!面白ェ、面白ェぞ。メイヴァーチル」
徒手空拳を構えて狂悦を溢すフェンリルは、まるで闘神の彫像の様。メイヴァーチルは即座に間合いを詰め、インファイトを仕掛ける。
機先は制した、アスモデウスは冒険者ギルドの支部長達とローゼンベルグが相手をしている。時間的な猶予は余りない、魔神王が態勢を建て直す前に仕留め切る勢いだった。
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