王都地獄変

第105話 王都包囲戦

 その後も魔神帝国軍の南進は迅速かつ破壊的だった。

 指揮系統を破壊されて尚抗戦する王国軍の残党を悉く叩き潰し、魔神デーモン達が進軍した。

 そうしてエルマロット王国の首都、王都を睨む地点まで到達するとフェンリルは妙に懐かしい気持ちになった。


 カゼルだった頃は幾度となくこの王都に潜入し、要人の暗殺や主要施設への破壊工作を繰り返した。それが人間としての、帝国特務騎士として彼が出来る唯一の仕事だった。


 その結果として王国にはエストラーデ王政という極めて強硬的な政権が誕生し、帝都反乱への武力介入、反体制派の支援、そして航空爆撃攻撃を敢行して来た事を思えば、さもありなん。


 所業は無常にして、因果は応報。

 ただ、猛り狂う憎悪だけがフェンリルが感じる事のできるすべてだ。


 亡きカゼルにとってリサール帝国、帝都が第二の故郷だとすれば、第三の故郷はある意味で王都だろう。そう言って差し支えない程、王都の地理、地形、主要施設やインフラ関係の情報はフェンリルとなった今も綿密に記憶領域に刻み込まれている。


 ただし、戦時である現在は5重にも張り巡らされた件の魔法結界が展開され、王都をぐるりと囲む外壁と共に、市街は堅固に守られている。

 前回の駐屯軍の要塞は3重、件の増幅機と簡易神殿によるものであった。


 王都には多数の魔法増幅機はもちろん、フェンリルが処刑を宣言した女神エルマの神殿の"本殿"がある。現時点では、無理な突入は自滅以外の何物でもない。


「やはり電磁砲による砲撃で女神の本殿を一点狙いか」


 魔法結界を見るやベリアルがそういった。

 エストラーデがあらゆる犠牲を払って、この王都までフェンリルとの直接対決を避けたのはこれが狙いだったのだろうか。


 残存する王国軍が、魔法結界に対して効果を発揮する電磁砲を狙うのは当然。エストラーデ得意の空爆によって実現されれば、フェンリル達とて、女神の結界を破る事は難しくなる。


「電磁砲は虎の子だ、みすみす狙われたくはないな」


 流石に首都ともなると、機械装置である魔法増幅機に予備があるだろう。

 いちいち探し当てて狙撃している間に、エストラーデが突っ込んで来る。

 ならば初撃で本殿を狙撃し、女神エルマ本人を黙らせて結界を張れなくすれば、手っ取り早く確実に王都に突入できる。


 初撃を外して結界が破れなければ、フェンリルの魔神形態という切り札を使うまでだった。


 メイヴァーチルが機能不全に陥りつつある王国政府に代わり冒険者ギルドの人員を使って王国住民を避難させた事で、逆にフェンリルとしては、遠慮のない王都への殲滅攻撃が可能になったとも言える。


 どうせメイヴァーチルの建設ギルドが建て直すのだから、多少市街が更地になっても問題はない。

 むしろメイヴァーチルが戦後復興を主導する予定なのだから、新国家樹立や支持率の取得に向けて都合よく利用するだろう。


 一方で戦力を温存し続けている冒険者ギルドは、どう転んでも王都を守り切れぬと見て早々に脱出し、郊外の森林に逃れて潜んでいるという事になる。


 となると、腐っても森の民エルフ族の末裔であるメイヴァーチルは、得意の森林ゲリラ戦を仕掛けてくるつもりなのか?

 

 魔神の俯瞰的思考が否を示す。


 どれだけベリアルが輸入した"電磁砲"という異世界兵器オーパーツを用いたアウトレンジ攻撃で結界を破壊し、王都に立て籠もる守備隊を壊滅させところでそれは本分ではない。


 人類の完全支配の完成の為に、魔法をもたらす女神の終焉を告げる為に、女神エルマの完全消滅を人類に知らしめる必要がある。


 フェンリルの見立てでは、この王都は典型的な都市開発を重視した政治機能都市。


 円形の整然とした都市区画、街をぐるりと囲む外壁、外壁の外側には堀、更に防備を固める魔法結界、一見すると鉄壁の城塞都市の様にも思える。


 しかし戦争屋を自負するフェンリルに言わせれば、この都市を建てた奴は戦争というモノがまるで分かって居ない。


 守りの堅さが均一という事は、敵が何処から攻めてくるか読めないという事、予想が難しいという事は即ち、何処に守備を置くべきか判断し難い、それはつまり守り辛い都市という事だ。


 攻撃する分には簡単な話だ、しかし、制圧してここで防御戦闘するとなるとぞっとしない話である。

 軍団が尤も脆くなるのは、攻撃から防御に転換した瞬間が一つ挙げられよう。それは魔神とて同じ事だ。


 フェンリル達の背後に陣取りながら、未だ姿を見せず、介入の意図を隠し続けるバルラド率いるブランフォード軍。

 森林に逃れ機を窺っているであろうメイヴァーチルの冒険者ギルド。これらの動きや作戦能力から鑑みるに、考える事はフェンリルと同じだろう。


 フェンリル達が、王都で守りを固める王国軍の残党とエストラーデを包囲殲滅しようとしている様に、メイヴァーチル達もフェンリルをこの王都で包囲しようとしている可能性が高い。


 所謂逆包囲というやつだ。

 あまつさえ、仮にも女神や女王以下王国軍を釣り餌に差し出して、だ。仮にフェンリルの読み通りだとしたら全く神経の太いことである。


 4体の悪魔が話し合った結果、流石に戦力不足感が否めず悪魔鎧をはじめとする魔物を戦線に投入する事が決定された。

 檻に囲われた羊の群れに獰猛な狼の群れを解き放つ様なものだ、ここで人類に魔神帝国の脅威を大いに喧伝しておくのも悪くない。

 悪魔鎧を配置して、冒険者ギルドやブランフォード軍の動きを観察する狙いもある。


「作戦を総括するぞ」


「まず悪魔鎧による包囲は大前提。補給と退路を遮断しつつ、冒険者ギルドやブランフォード軍の介入に備える」


「結界を破った後は直ちにベリアルとベレトに悪魔鎧を主要インフラ施設に投下して貰う。王都の都市機能を停止させる」


「御意」


「了解だ」


「その後俺とアスモデウスが宮殿地区に突撃する、政府関係施設を破壊し、女神の首を獲る。ベレトとべリアルは空中から援護してもらう」


「……要するにいつも通りだな」


「ねぇ魔神王様、東側の街道に悪魔鎧を集中させた方がよくないかしら?」


 ブランフォード軍への警戒を任されたアスモデウスが言った。

 順当に考えて、ブランフォード軍が王都に攻め込んだ魔神王達に攻撃を仕掛けるとすれば、使用するのはこの王都東側の街道だろう。


「お前の言う通り、連中が野戦砲を運び込む為に使用するのは東側の街道だろう」


「よって、東側の街道は封鎖せずに悪魔鎧を潜ませておく」


「なるほど、さすがカゼルちゃんの成れの果てだわぁ」


 野戦砲の運用で最も頭を悩ませるのは、運搬。そこを叩く戦術だ。


「西側に隠れてるクソエルフの方はどうするんだ?」


「冒険者ギルドの兵站を叩くのは難しいだろうな。聞けば、冒険者ギルドの前身組織は昔から王国で反奴隷活動を行っていたマフィアだそうだ。ならば地下や郊外の森林に裏ルートを持っていてもおかしくはない。現に、戒厳令下にも関わらずあっさり郊外に離脱している事だしな」


「あー、そうね。私もメイちゃんならやると思うわぁ」


「てことは、メイ公との削り合いは避けられんって事か」


「そうなるだろう。どのみち奴には次元魔法がある、どれだけ備えたところで攻め側の主導権はあの女が握ってるってコトだ」


 ここのところベリアルが王都周辺地域を航空偵察した結果、郊外東側の森林には、巧妙に隠匿された王国軍、冒険者ギルドが設営したと思しき補給中継基地が幾つか発見された。そこへ野戦砲や軍用小銃、そして食糧などの物資を運び込んでいるのはブランフォード軍だった。


 今やそこに人種の垣根はなく、打倒魔神王に向けて協力している。まさしく人類連合とでも呼ぶべきか。


 王国軍か冒険者ギルドの要請を受けて、ブランフォード軍が王国で決戦を画策しているのはもはや明白だ。

 フェンリルとしては先制攻撃を思い当たったが、現時点ではこちらからの攻撃は見送る事となった。


「日付が変わると同時に作戦を開始するぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る