第103話 金狼の君主

「メイヴァーチル、お前、いつの間に地下にこんな施設を……」


 エストラーデは、フェンリルと戦った時と同じ程度に驚きを隠せなかった。


 しれっとした顔で語るメイヴァーチルによれば、この冒険者ギルドの地下"軍事"施設はその全てが地下通路にて繋がっているそうだ。


 そのくせ出口は大抵どこも王国の主要インフラや政府施設付近にある事に、エストラーデは思い当たった。

 彼女が全権を握る冒険者ギルド関連の会社組織、建設ギルドがその気になればこうした高度な建築も可能という事になる。


 メイヴァーチルの運用する冒険者ギルドは、最早実態として何時でも王国を内側から浸食出来る状態にあったということだ。

 

 だが、来るべき侵略ないしメイヴァーチルの個人的"領土奪還"の為の地下施設は、今現在、対魔神王の為の作戦会議室として使用される事となる。


「ちょっと待ってね、最新のフェンリルの動向を見せるよ」


「いつ見ても大した魔法文明だな、ウチに敷設するとしたら幾らだ?」


「兄上。今はそれどころじゃないわ」


「マーリアの言う通りだね。また今度にしてくれないかな」


 唐突なバルラドの申し出に、メイヴァーチルもやや面喰らったようだ。


 彼女は長いエルフ生で無数の人間を見て来たが、一定数こうした、何を考えているか読めない人間もいる事を知っていた。

 そういう手合いは余程の切れ者か、何も考えていないのどちらかだ。


「そうか。ところで、茶はミルクティーにしてくれないか」


 バルラドとしては、前回メイヴァーチルに煮え湯を飲まされた時のお返しと言ったところ。

 金狼の君主と呼ばれ、ブランフォードを束ねる彼が腹芸の一つも出来ぬ筈はない。


「ギルド傘下の農場で作った砂糖と牛乳で良ければどうぞ」


「ああ、悪くない」


 バルラドは満足気にミルクティーを啜った、実に優雅なテーブルマナーである。


*


黒狼災禍ネロ・ディザスター!』


 現在の冒険者ギルドの魔法技術では、映像と音声の精度がさほど高くないらしい。だがそれでも、メイヴァーチルがバルラドとマーリアに魔神王フェンリルの迫撃戦闘能力の高さを伝えるには十分だった。


「ウチの開発した魔法技術を使って24時間体制で奴をモニタリングしているが、ずっとこんな調子さ」


「しかも、今見て分かったが、取り巻きに他の魔神を三体呼び寄せたようだね」


 これはメイヴァーチルもたった今気づいた事だ。

 ベリアル、ベレト。

 コイツ等は冒険者ギルドとしても特級依頼として討伐依頼を出している魔神。


 そして、組織間取引によって依頼取り下げ処置を、事実上冒険者ギルドではその存在を揉み消している魔神アスモデウスの姿もあった。


「二体はブランフォード領でも見たことがあるが、この大きい方の女悪魔は見たことがないな」


「……こいつは"色欲の悪魔"アスモデウス。あすもん商会の会長って言ったら分かるかな、ある意味フェンリルより厄介な相手だよ」


「ほう、この悪魔があすもん商会のボスか」


「ああそうだよ、ボクも"あすもん商会"とは色々あってね……本当にロクでもない商会だよ」


「アンタの冒険者ギルドも大概でしょうが」


「……失礼だな。言っておくが、キミ達ブランフォード家がまともに取引に応じる様になったのはバルラドの代になってからだ。ボクはキミ達の親父世代のやり方に則って挨拶しんこうしたまでだよ」


「私は今日ここでケリを着けても構わないわよ」


「……上等だよ、いつまでもボクが優しい対応をすると思わないことだ。人間ムシケラ


「止せ、マーリア。対魔神王に関しては、王国や冒険者ギルドと足並みを揃える必要がある。メイヴァーチルが気に入らんのは同意するが、噛み付いても利にはならん」


「……兄上に言われては仕方がないわね」


「……」


 かなり努力してエストラーデは沈黙を貫いた。

 ブランフォードのトップ2名の前で取り乱す訳にいかなかったが、なにより。


 王国軍と冒険者ギルド"も"同盟関係にある、メイヴァーチルは王国軍がフェンリルやベリアルにやられるのを黙って見ていたのは確定的であった。


 このエルフ、いったい何を企んでいるのか。


「で、メイヴァーチルよ。この魔神王とやら見るからに、従来の対魔神戦術では到底太刀打ちできまい。何か策はあるのか?」


 バルラドは当初、如何に魔神王とてブランフォード製の野戦火砲、軍用小銃で武装したブランフォード軍の火力に物を言わせたのち、マーリア率いる同騎士団の突撃によって十分に撃退は可能だととやや楽観的であったが、その予想は完全に裏切られた。


 メイヴァーチルのモニタリングに嘘がない前提でいくと、バルラド同様に自軍の長所、爆炎魔法の火力に物を言わせたエストラーデの航空戦術がほとんど通じていないどころか、半壊に近い状況で返り討ちにされていた事も理由の一つ。


 現行の野戦火砲や軍用小銃ライフルは連射が効かない以上、火力を発揮するには戦列歩兵として運用しなくてはならないが、これほどの機動力で地上を縦横無尽に駆け巡る相手に戦列射撃や砲撃を浴びせるのは至難の業だ。


 そもそも、兵達は対魔神の訓練は積んでいても、対魔神"王"の訓練は積んでいない。バルラドはブランフォード軍の最高司令官として、この違いは大きいと考えた。


 また、映像で確認された中距離を制圧する"紅雨べにさめ"など撃たれれば戦列歩兵など格好の餌食になってしまう。


 さりとて、元を辿ればブランフォード流を修め、剣技に長けたカゼルと目されている魔神王に白兵戦を挑むのも賢い選択とは思えない。

 既にほぼ手詰まり、何か別の手を考えなくてはなるまい。


「へえ。この糞耳長メイヴァーチルの手伝いは気乗りしなかったけど、少し興味が出て来たわ」


「……」


 メイヴァーチルの目元がぴくり、とひくついた。


 マーリアはバルラドとは違う。

 ブランフォード軍に於いてバルラドに次ぐ次級者である彼女は彼女で、物理的に魔神王を破壊する算段が付いた様だ。


「……マーリア、お前は何か策があるのか?」


「酒落臭い援護は要らないわ、魔神王は私と七本槍で叩き潰す」


「……白兵戦で戦うつもりか?王国近衛騎士団長のイルフェルトですら子供扱いだぞ」


「まあ、そうでしょうね、雷鳴より、白狼わたしの方が強いもの」


「……本気なら止めんが」


 バルラドが評価するメイヴァーチル個人の戦闘能力は非常に高い水準にある。

 格闘戦を得意とする彼女は、至近距離でしか打撃力を発揮できないと思われがちだが、メイヴァーチルの単純な瞬発力は次元魔法無しでも間合いを殺す。

 どれだけ武装したところでメイヴァーチルの土俵に引き摺り込まれ、彼女の得意なインファイトを強いられるのだ。


 そして殴り合いの間合いで"自動再生"を有するメイヴァーチルに真っ向から勝てる人間はまずいないと言っていい。

 流石のマーリアとて、メイヴァーチルを何度も八つ裂きにした上で最終的には半歩程譲るだろう。


 メイヴァーチルの研究所での戦闘記録映像によれば、そのメイヴァーチルを魔神王はほとんど問題にしていなかった。

 いくらマーリアでも相手が悪過ぎるように思えた。


「そもそもこの悪趣味な黒鎧姿、どう見てもカゼルじゃない。どーせまた、全てを捨てて力を求めたとか馬鹿な事言ってるんでしょう?」


「まだカゼルだと決まった訳ではないぞ」


「いえ、分かるわ。この鎧の化け物の中身は大体カゼルよ。身内できそこないのクズの不始末は私が付けるわ」


「相変わらず口が悪いねマーリア。そういうの、良くないと思うなァボクは」


「余計なお世話」


 次男カゼルの武勇も大したものだったが、それでも長女マーリアはカゼルに輪をかけて腕っ節に覚えがある、生きた無敗伝説。

 カゼルがああまで武力と勝利に拘り、悪辣な手練手管を身に付けたのは幼少の頃からマーリアに敗れ続けた劣等感ゆえだ。


「メイヴァーチル、お前からは何か対抗策はないのか」


 バルラドはメイヴァーチルに尋ねた。


「コイツには女神系の魔法が覿面に効く」


「具体的には?」


「ウチでスタッフを用意させる。キミ達のアルグ鋼製の武器にターンアンデッド系の神聖浄化魔法をこれでもかってぐらい付与させるってのはどうかな」


「ただボクとしてもアレと白兵戦をやるのはオススメしない、と言っておくよ」


「私は魔神相手にも負けた覚えはない」


「腕に自信があるのは結構だが、コイツは次元が違うよ」



「マーリア。メイヴァーチルがそこまで言うという事は、そうなのだろうよ」


「さっきから兄上、このクソ耳長の肩を持つの?」


「倫理観はともかく、メイヴァーチルには論理と合理性はあるからな」



「ところでバルラド」


「重てェ!畜生!」


「ご苦労、ロズ」


「なんだこれは」


「なにそれ、銃……?随分大きいわね」



「聞くところによるとコイツはM2ブローニング……と言うらしい。重機関銃ヘビーマシンガンって奴だ」


「見るからに冒険者ギルド傘下の……いや、この大陸の工業水準で作れる代物ではなさそうだな。先程の"チカテツ"同様、王国お得意の異世界転生者が輸入した技術、という訳か?」


 バルラドは音もたてずにミルクティーを啜り、茶器を置く。


「そういう事だね。治安維持及び価格破壊の観点から冒険者ギルドとして"接収"させてもらったけど、コイツも対フェンリルの切り札だ」


「兵器や軍事力を独占したかった、の間違いでしょ」


「勿論、だがそれで魔神王をブチ抜けるなら上等だろう?」


「ふむ……見れば分かるぞ、これは逸品すばらしいじゅうだ。正直、私も欲しいぞ」


 珍しく、冷静沈着なバルラドがメイヴァーチルの所有するM2を見てやや興奮気味になった。


 既にメイヴァーチルは、回収したフェンリルの外骨格に対し、M2による射撃試験を実施済みで貫徹効果ありと判断した。


 逆に言えばメイヴァーチル渾身の右掌底打、ダイアモンドクラッシュこと金剛破砕は、ごく単純に考えると12.7mm×99弾の試射直撃並の破壊力という事になる。


 しかし、弾が有る限り連射が効き、実験した限りでも狙撃と呼んで差し支えない射程を誇るM2。


 あの魔神王の至近距離まで踏み込み、一撃必殺の気勢に加え、反動や損傷を相殺する自動再生オートヒールの魔力消費を覚悟して放たなければならない"金剛破砕ダイアモンド・クラッシュ"。


 どう考えてもM2の方が有効だ。

 これを使わない手はない。


「薬莢……まあ、火薬のカートリッジは、ウチの傘下の錬金術ギルドで生産出来たんだけど」


「……」


 バルラドはフェンリルもそうだが、メイヴァーチルやエストラーデも危惧している。例えばこの兵器が王国で量産化などされては、現在の勢力バランスは一気に崩壊する事は明白だ。


「キミには、アルグ鋼でコイツの弾頭を用意して欲しいんだ。こちらでターンアンデッドを付与して奴に叩き込む」


 バルラドとしては、メイヴァーチルはまるで信用に値しない。

 だが、やむを得ない。


「難題だな。とりあえず、銃弾のサンプルを見せて貰おう」


 メイヴァーチルは次元魔法を使い、バルラドに巨大と呼ぶ他ない銃弾を手渡した。

 下手な杭程のサイズである。


「……ウチの職人ギルドに発注しよう、時間との勝負だな」


 元は鍛冶職人の集まりだった職人ギルドは今やギルドとは名ばかりで、メイヴァーチルの冒険者ギルド程ではないにせよその規模が肥大化している。


 現に、魔法を付与できる強靭なアルグ鋼関連の製鉄業、これを用いた建材や兵器、武器の兵器生産など多岐に渡る重工業を取り仕切っているのがブランフォードの職人ギルドだが、実態としては企業連合と呼んで差し支えないだろう。


 バルラドが工業化を推し進めたブランフォード領北部の企業群は、軽く軍産複合体の域に足を踏み入れつつある。

 それはそれでバルラドの頭痛の種にもなる事もあるのだが、喫緊こういう時は頼りになる。


「なるべく急いで欲しい。移動や運搬はボクが直接次元魔法で手伝うよ」


 メイヴァーチルも1200年以上生きているだけあって、基本的には懐が大きい。

 ただ、どうしようもなく人格は破綻している。

 それも仕方があるまい、"自動再生オートヒール"で如何なる肉体の傷も瞬時に治癒する彼女でも、精神の傷は治せなかったのだ。


「我々リサール人が魔法の恩恵に預かれるのか?初耳だな」


「次元魔法はウチの研究所で開発したモノだ。ボクはあの女神カスと違って"味方"には援助を惜しまないつもりだよ」


「ところで兄上、魔神王と戦うのは賛成だけど、コイツ等と組むのは反対よ」


「おいマーリア、今更だぞ……」


「頭のおかしいクソ耳長エルフや爆発女王と一緒に戦うなんて御免よ、いつ後ろからその"えむつー"やら爆炎魔法が飛んでくるか分からないじゃない」


「その心配はない。我々は王都に攻め入った魔神王の背後を突き、挟撃する作戦だ。別に王国軍や冒険者ギルドと戦列を並べる訳ではない」


「まァ、基本的にはその予定だね」


「それでどうやって敵味方を識別するつもり、それにどうやって女神の結界の内に私達が入るのよ?」


「識別は簡単だよ、魔神は敵、人間は味方。それで十分だろう。ね?エストラーデ」


「……王国軍には私が徹底させる。"魔力を持った"エルフも人間換算でいいのだな」


「ああ、そうしてくれると助かるよ。エストラーデ」


「そしてあの女神カスにもボクからよォーく言っておく。この期に及んでガタガタ抜かすなら一発かます」


 そう言ってメイヴァーチルは握り拳を作って見せた。


「ふーん、そう。分かったわ」


 マーリアは席に付いて腕を組んだまま憮然としていた。


「どうやら信用してくれないみたいだね」


「アンタ達を信用する訳ないじゃない、私は兄上と違ってアマちゃんじゃないの。飽くまで身内の不始末を片付けに来ただけ、邪魔したらアンタ達から始末するわよ」



「貴様、言わせておけば……」


「……すまんなエストラーデ殿、マーリア傍若無人こういうせいかくでな。私から謝っておく」


「……貴公がそう言うなら、今回は目を瞑ろう」


「ところでメイヴァーチル。エムツー・ジューキカンジュー……、銃には暴発がつきものだ、やはり試射も必要だろう。銃ごと借りても構わんかね」


 間髪入れず、バルラドはメイヴァーチルに繋ぐ。

 それも秘密兵器M2の貸し出しを要請した。


「構わないよ、こちらの貸与契約書にサインしてね」


 メイヴァーチルはバルラドの考えを読んでいたのか、既に書面を用意していた。

 弾を注文するついでにM2を見せれば、バルラドは次にライセンス生産がしたい、などと言い出すに決まっていると踏んでいた。


 ブランフォードの工業力なら、時間は掛かっても恐らく生産は可能だろう。

 冒険者ギルドとしては正直歯痒い話だが、今回ばかりはそうも言っていられない。フェンリルを倒した後、ゆっくりM2を遥かに上回る兵器を開発するまでの事だ。


「銃弾の製造は任せろ。ブランフォード家の名に懸けて必ず用立ててやる」


 バルラドはそこまで言い切って席を立った。

 マーリアも、もうここに用はない。

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