終焉を告げる者

第95話 暗躍

「まさしくキミは、世界を救うために召喚された勇者!」


「おおー勇者さまー!」


 場は王国、冒険者ギルド本部。ローゼンベルグは火炎魔法を応用して花火を打ち上げ、派手な演出で祝福ムードを飾り立てている。そういう仕込みだ。

 帳面仕事を除けば、彼は基本的に気の回る男だ。メイヴァーチルも人間ムシケラにしては優秀だと気に入って彼を取り立てた。


 この茶番、果たして何度繰り返した事か。だが、それももう最後かと思うと、メイヴァーチルは感慨に近い微弱な感情を覚えた。


 女神とて耄碌したのか。目に見えた己の過ちを頑なに認めない姿勢にはさすがのメイヴァーチルも頭と信仰心が下がるばかりだった。

 馬鹿の一つ覚え、という言葉があるが、賢い者はどんな馬鹿でも利用して利益を得る。メイヴァーチルはそう考える。


 随分前の話だ、メイヴァーチルはまだ女神と険悪になる以前、エルマを説得し無為な異世界召喚を止めさせる為、異世界召喚した勇者がどんな風に犬死にし、それがどんな風に仮想敵の帝国の利益になっているかを集計して見せた事がある。

『皆から集めた信仰心やこの国の財産をドブに捨てるばかりか敵を支援している』のだと。


 そこから導き出したのは何処の馬の骨とも知れない人間より、自分の様な現地の人間に加護などの魔法的祝福を与えた方がより効果的に帝国やブランフォードに優位に立てるという至極当然の結論だった。


 メイヴァーチルとしては、その様に女神を説得・誘導してこの王国がこのアルグ大陸を統一し、冒険者ギルドがこの国の王室や元老院を傀儡化するところまで段取りをつけていた。後は全てが丸く収まるまで、反体制派の粛清を繰り返していたことだろう。


 そうして居れば今頃自分達は未知なる外海に打って出て、真の意味ので"冒険"者ギルドに、或いは海洋貿易を仕切る商人ギルドに成っていてもおかしくは無かった筈、メイヴァーチルはとてもとても残念に思っていた。


 数字は言葉などより、如実に真実を示す。直近で召喚された勇者の8割は帝国軍に殺されている。帝国軍に殺されて身ぐるみを剝がされる前に、冒険者ギルドが闇に葬り、希少な装備や魔法、加護などを接収した方がマシだと思ったのは、メイヴァーチルが現場に重きを置くが故の非情さだ。


「おお~なんてすごい魔法力なんだ~」


 メイヴァーチルは思考をフル回転させていた。どうやって女神に用意させた勇者ジョーカーを有効に使い潰し、魔神王フェンリルをこの世界から退場させるか、だ。


*


 メイヴァーチルが他のエルフとは一線を画す点の一つにその行動の速さがある。彼女はエルフとして理知に長け、その理知を奸計へ用いる事に一切躊躇わず、即座に実行に移す。なまじ年齢を重ねているというだけで、組織のボスを張っている訳ではない。


 メイヴァーチルは少々気合を入れて次元魔法を6度発動させ、長距離を瞬時に移動した。次にその美しくもどこか恐ろしい姿を現したのは、王国の東に位置する旧帝国ブランフォード領。


 そうしてメイヴァーチルは、"今回は"バルラドの屋敷を正面から訪ねた。


「何者か!」


「こんにちはー、冒険者ギルドですー」


 メイヴァーチルは特に威嚇なども含めず気さくに挨拶をした、今回は交渉に来たつもり。しかし衛兵の片割れがぎょっとした表情になる。


「待て!その女、メイヴァーチルだ!」


「……こいつが……あの白銀の……!」


「マーリア様をお呼びしろ!」


 正門を警護する衛兵二人は脱兎の如く持ち場を離れた。

 精強で知られたブランフォードの兵がその対応、メイヴァーチルはそれ程の相手だという事だ。


「まるで化け物でも出たような対応じゃないか。失礼しちゃうな……」


 むすっ……とメイヴァーチルは頬を膨らませる。木の実を頬張る栗鼠、ではなく、得物を丸呑みにした毒蛇を彷彿とさせるのは何故か。


「死にに来たのかしら、メイヴァーチル。クソ耳長が何の用?」


 メイヴァーチルの来訪を聞きつけ、すぐに姿を現したのは白狼将軍マーリアその人だ。通常の"来客"に於いてまず彼女が出る事はない。余計な犠牲が出る前に、ギルドマスターの"襲来"に対応できる人間が現れたという訳だ。


 正門前は広い、加えてマーリアの得物は長槍。メイヴァーチルは見た目は丸腰だ。


「酷い。エルフ差別だよ……」


「私はエルフじゃなくてアンタが嫌いなの、蛇蝎の如くね」


 ぐす、ぐす、とメイヴァーチルは一目で分かる嘘泣きを始めた。


「それで?これ以上アンタの茶番に付き合うつもりはないわ」


 じき、と柄をしならせてマーリアは構えた。


「ボクはキミと話すの結構楽しいんだけどな、今日はバルラドに話があって来ただけだよ」


「私が通すと思う?」


「大人しく帰ると思うかい?」


 メイヴァーチルも静かに構えを取った。


*

 

「メイヴァーチル!」


 メイヴァーチルとマーリアが一触即発、そんな雰囲気の中武装して現れたバルラドが制止した。当主自らが精鋭を率いて対応に現れる、メイヴァーチルはそれ程の脅威なのだ。


「何しに来たのか知らんが、早急にお引取願おうか?」


「随分嫌われたものだね」


「胸に手を当てて考えてみるがいい、当然だ」


 以前メイヴァーチルは、ブランフォード領に魔物を誘導して討伐ノウハウのある冒険者ギルドを更に東へ進出させようとした。金狼の君主と謳われるバルラドや、大陸最強を謳われる白狼将軍マーリアへのほんの小手調べのつもりであった。


 だがメイヴァーチルの計算違い、バルラドの幸運は対魔物、対魔法へのノウハウを持つアルジャーロンを既に抱え込んで厚遇していた事だ。

 メイヴァーチルの目論見は崩れ、最終的には冒険者ギルド東方支部へマーリアの子飼いの騎士、ブランフォード七本槍を含む精鋭が報復攻撃を仕掛けて来るまでに事態は悪化し、メイヴァーチルはそこでマーリアと一戦交えた。


 メイヴァーチル自体は戦闘継続に支障は無かったが、組織の損害が大きくなる事を危惧し、渋々ながらメイヴァーチルはブランフォード側へやや有利な条件を飲んで引き下がった経緯がある。


「今回はそういう話で来た訳じゃないよ」


「バルラド・"ライファン・ブランフォード"。取り急ぎキミに見せたいものがあるんだ、つい最近ウチに殴り込んで来た魔神王を名乗る化け物だ」


 メイヴァーチルは件の映像魔法を発動させ、先日の一部始終を映し出す。

 冒険者ギルドで好き勝手酒や葉巻を略奪したカゼルの姿を借りたフェンリルが大気中に映し出される。


「カゼルなのか……?生きていたのか……?」


「コイツは今、王国や北部で元気に暴れ回っているよ」


 苛立ちを込めてメイヴァーチルは吐き捨てた。


「兄上。この女のやる事よ、ブラフの可能性が高い」


 マーリアはメイヴァーチルの映像魔法自体は興味深そうに見ていたが、内容についてはばっさり切り捨てた。


「キミのその反応を見て納得が行った。やはりカゼル・"ライファン・ブランフォード"か」


 メイヴァーチルは一人納得がいったようだった。


「……この男の悪名は王国にも轟いていた、ボクが城が建つ様な懸賞金を掛ける程に、ね。ここ数年はぱたりと鳴りを潜めたようだが、それと時を同じくしてウチは商売繁盛まものたいじでいそがしくするようになったよ」


「そんな時に現れたのがこの魔神王フェンリル、これはもう、そういう事だと思ってもいいよね?バルラド・"ライファン・ブランフォード"」


 そしてメイヴァーチルは魔神王フェンリルの正体について言及した。


「カゼルはもう十数年も昔に家名を捨て、帝国軍に属していた。我々は関与していない」


 別段、メイヴァーチルはバルラドの関与を疑っている訳ではない。

 既に話の裏を取ってあるし、この男は良くも悪くも人が良すぎる、搦め手を実行するのは宣戦布告をした後だ。


 "俺は元々リサール人だった"


 "魔神として蘇った"


 "魔神帝国"


 帝国軍、帝国内戦へのエストラーデの介入、そして魔神王が率いる、魔神帝国を名乗る組織。全てがメイヴァーチルの脳裡で一本の線となる。

 フェンリルはエストラーデに滅ぼされた帝国の怨霊、死んでも死に切れなかった者達の魂を喰らって蘇った魔神。まさに死に損ないの王だ。


「事情はどうあれ、ブランフォード家の人間が魔神化して暴れ回っているのが"事実"だよね」


 メイヴァーチルは弱みを突く。


「……何が言いたい」


「身から出た錆って奴さ。キミ達も傍観決め込んでないで、この人類存亡の危機へ対処に当たるのが筋ってものじゃないかな」


 メイヴァーチルがバルラドの話を信じたとしても、世間たとえば王国市民などがバルラドの関与を疑わない筈がない。この話が王国上級移民のメイヴァーチルに割れた時点でバルラドは交渉に負けているのだ。


「そもそもだが、その映像魔法がお前の偽装ではないという保障がどこにある?」


 バルラドは切り返す。確かに、メイヴァーチルらが独占する魔法技術による映像情報がいったい何の証拠になるというのか。

 しかしメイヴァーチルはふう、と悲しげにため息をついた。


「いや別にいいんだ。ウチとブランフォードは色々あった、信じて貰えなくても仕方がないと思っている……とても悲しいけど、エストラーデにはボクからよろしく言っておくよ」


「貴様……ッ」


 如何にブランフォードの軍が精強と言えど四方八方を敵に囲まれている以上、無暗に戦線を広げたくないというのが実情だ。

 緩衝地帯にあたるこのブランフォード領は、奇跡的と言ってもいい均衡とブランフォード領民、軍兵達の夥しい血と汗の上に存続している。

 彼等を束ねるバルラドがブランフォード領の東部で、近年大量発生している魔物の攻撃に頭を悩まされている事はメイヴァーチルもよく知っていた。


 そこへメイヴァーチルから

『キミの竜騎兵や駐屯軍を消し飛ばした魔神王はブランフォードの次男だった男だ』

などと吹き込まれれば、エストラーデが西側から報復を仕掛けて来るというのは想像に容易い。


 交渉とは話合って決めるものではない、どれだけ相手の選択肢を削ぐか、だ。

 根はお人よしのバルラドと、人を人とも思わぬメイヴァーチル。バルラドとて腹芸の一つもできずに家督を継いだ訳ではないが、メイヴァーチル相手にはやや分が悪かった。


「おや。キミらしくもないな、バルラド」


 仕上げにメイヴァーチルはハンカチを取り出してバルラドの額に滲んだ汗を拭ってやる。非常に悪辣な笑みを浮かべながら、だ。マーリアは今にも斬り掛かりそうな獰猛な表情だが、すんでの所で堪えている。


「……業腹だが貴様の話に乗ってやる。我々とて魔神を野放しには出来ん」


「それは有難い」


「だが一つ答えろメイヴァーチル、貴様の目的はなんだ?」


「決まっているだろう、魔神王フェンリルをこの世界から抹消することだ」


「何故だ?お前の人間嫌いは有名だぞ、我々リサール人など歯牙にも掛けていない筈だ」


「あんな化け物が巷で暴れていたら、世界が滅んでしまうだろう?そうしたら、人間ムシケラ共が苦しむ姿が見れなくなってしまうじゃないか」


*


 ふう、とマーリアは一息を付いた。メイヴァーチルが去った安堵ではなく、メイヴァーチルに斬り掛かろうとする自分を堪えなくて良くなったからだ。


「兄上、あの女の狙い通り動くつもり?」


「こと魔神王絡みで我々は後手に回り過ぎた。こうなると後手に回る内に事態はどんどん悪化していく。この上エストラーデに魔神に協力しているなどという嫌疑まで掛けられては堪ったものではない」


「それでもなお、傍観を決め込むという選択肢もあるわ。私達に協力を持ち掛けてくるって事は、メイヴァーチルも相当厳しい状況の筈よ」


「奴は既にこちらの選択肢を断っている。流石という他あるまい」


「でも十中八九、何か仕掛けがあると見たわ」


「だがエストラーデやメイヴァーチルと事を構えるのも芳しくはない。一応、取引相手なのだからな」


 エストラーデやメイヴァーチルとは犬猿の仲だが、それでもまだ話は出来る。取引もある。だが、魔神デーモンとは人の世の埒外の存在だ。


「……カゼルがああいう風に育った原因の一端はブランフォード家にある。メイヴァーチルに従う訳ではない。本当に魔神王がカゼルなのか、私がこの目で確かめる」


「本当にカゼルだったら、どうするつもり?」


「……我々の手で始末を付けるまでだ」

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