第94話 戦略兵器

「要塞自体は変哲はねえが、城壁と上空を魔法式三層結界でガードしている。あの結界は増幅装置と魔法神殿で補強された、王国の最新の魔法技術だ」


 ベリアルは再度、フェンリルに言い聞かせる。


「……」


「魔神王サマが突っ込んだお陰で、向こうも警戒し守りを固めている筈だ」


「だろうな。だがあの出力で要塞全体を覆うのはさすがに厳しいだろう、地中からはどうだ?」


「……逆に聞こうか魔神王。誰が穴を掘れるんだ?」


「俺は回復までもう少し掛かるな」


「まったく世話の焼ける大将だ」


 フェンリルも大概悪辣だが、ベリアルも悪徳を司るだけの事はある。フェンリルが先の戦いでエストラーデ達を引き付ける間、王国軍も空対空が手薄になる。その間を見逃さずに、要塞への空からの補給部隊に空対空攻撃を加えて撃墜させていたのがベリアルだ。


 その際ベリアルも結界への攻撃を試みた。その時にただならぬ結界出力をフェンリルに先んじて確認していたのだ。

 そして機動力に物を言わせて北部駐屯軍の救援に来たエストラーデが対応に来る頃には、ベリアルもとんずらだ。エストラーデ同様、航空機動力を生かした戦術といえる。


 フェンリルらの武力介入まで、北部のスラーナ人や帝国軍残党相手に連戦連勝だった王国駐屯軍は、一気に危機的状況に陥ったのは事実だ。フェンリル、ベリアルは軍編成としては"組"に過ぎず、頭数だけで語るなら戦闘など論外。

 だがその悪魔染みた戦力に脅かされ、文字通り最後の砦まで追い詰められている。破竹の勢いに見えてもその実、無理が祟っているというのは決して珍しい話ではない。


 過酷な自然環境と北部勢の粘り強い抵抗。

 そこへフェンリルの奇襲攻撃が深々と突き刺さり、別行動するベリアルの航空補給部隊への空対空攻撃は決定打となった。また、フェンリルの猛攻で北部に派兵した火炎魔法の使い手が多く殺害されたことで、王国軍は寒さ対策も困難になった。


「大層な結界だが、あとは包囲してるだけで干上がるんじゃねェか?」


 元侵略戦争、破壊工作のプロだった事もあり、フェンリルは侵略側の弱点を熟知している。魔神になった今も補給線を構築しているのは習性と言っていい。


「こちらの物量で包囲戦は難しい。だが悪魔鎧デモン・アーマーを投入すれば、金目当てで冒険者ギルドが介入してくる可能性が高いぞ」


 ベリアルも、フェンリルがメイヴァーチルと"交渉"した内容を十分把握している。


「あァ。あのメイヴァーチルも『情報統制はするが、大規模にどんぱちやられるとボクもギルドとして対応せざるを得ない』と言っていたな」


「はッ、情報統制だと?どんなギルドだよ」


 何もベリアルは、このアルグ大陸がある世界だけに存在している訳ではない。

 姉御分のベレトに呼ばれて手伝いに来ただけで、以前はまた異なる世界で悪魔として暗躍していた。800年近く人類を観測して来た彼も、これ程大規模な組織が敢えてギルドなどと呼ばれている事には疑問を抱く。


 少なくともこのアルグ大陸の冒険者ギルドとは名ばかりで、その実態は国を跨ぐ国際機関であり、人種を問わないギルドの構成員に対して一種の自治、統制機能を持つ。

 更に、魔神帝国との同盟により王国やブランフォード領にも依存しない独自の経済圏さえ確立しつつある。もはやそれはメイヴァーチルの"帝国"だ。


「……だが冒険者ギルドの人間共だけならまだしも、"この段階"でメイヴァーチル本人に介入されると"計画"が根底から崩れる。あの女の気が変わらん内にさっさと片を付けなくてはな」


「チッ……もう面倒になって来たぞベリアル。俺の"魔神形態"ですべて叩き潰してやろうか」


 ぞる、とフェンリルの外骨格の破損部位からどす黒い魔力が迸る。両脚と頭部の亀裂から漏れ出したそれは、次第に狼の後ろ足、頭部を象り始めた。

 悍ましい魔神王の中身はいつだってこの下らない世界を破壊し、終焉を告げようとしているのだ。


「やめろ、この世界が保たん。それに、水源地を汚染したら何の為の解放戦争だ?」


 ベリアルは言葉尻強く制止した。

 この北部"解放"戦争の間、ベリアルは常に魔神形態で行動している。だがフェンリルの"魔神形態"は、ベリアルのそれとは一線を画していると言わざるを得ない。


 黒き狼。まさにそれはこの世界に現れた厄災、破壊と殺戮の権化。魔神達の王に相応しい力の象徴。

 だが力とは炎に似ている、過ぎた炎は全てを焼き尽くす。ここでフェンリルが魔神形態になってその力を振るえば、"人類の完全支配"の計画も何もかもご破算だ。


 彼等は世界を滅ぼす為に戦っている訳ではない。この戦乱の絶えぬ世界に、人間の牧場ユートピアを築く為に戦っているのだ。


*


「用意はできたか?」


 フェンリルは、何が何やら分かってはいない。とりあえず、謎の機械装置を組み立てるベリアルの指示通りに手伝っている。


「ああ、この大砲で物理的に破壊する」


「なんだこりゃ。そこらの大砲とは大違いだな」


「コイツは火薬式じゃねえ、電気で砲弾を加速させる"電磁砲レールガン"って代物だ」


「お前、こんなモンどこで手に入れた?」


「昔、異世界の人間と取引したのさ」


「成る程」


 フェンリルはううむ、と唸る。帝国軍だった頃は"イセカイ・テンセー"など排除すべき対象でしかなかったが、魔神として俯瞰的に物事を考える今、やや異なる見解に至る。

 それは異なる世界からの軍事技術の輸入、そして既存技術との統合。ましてそれが戦略兵器であれば、運用コンセプトも一緒に輸入する事となる。その掛け算の結果はいかに。


轟雷充電ダムドライトニング・チャージ!!」


 フェンリルが思案する間に、ベリアルが全身に紫電を纏い砲のジェネレータに電力を注いだ。


「貫徹する暗黒槍」


 フェンリルが発生させた真っ黒な球体が戦場に散乱する武器を吸い寄せ、鋼鉄を溶かし再結合する。

 そうして人智を越えた魔力合金製の巨大な銛状の砲弾を作り出すと、砲の口径に合わせて微調整のち、装填した。


「重力付与!」


「あすもん・えんちゃんと!」


 フェンリルはベレトの、ベリアルはアスモデウスの真似をして、二体の女魔神が補給で寄越した重力と炎熱魔術を込めた魔石を発動励起状態にし、電磁砲のカートリッジに装填した。

 フェンリルは、大砲に弾を込めて発射する等の基本的な使用法は理解しているが、このあたりの仕組みはまるで分かっていない。


「ベリアル様が改造したので、コイツは砲弾に多重魔力付与が出来る。これにより破壊力が倍増するって訳だ」


 ベリアルは懇切丁寧にフェンリルに説明した。


「くくくく……こいつは愉快、最高だ」


 フェンリルはこれから何が起きるのかはっきり分かった、異世界の兵器と魔神の魔術の相乗がもたらす破壊。これは以前、ツヴィーテのボロ小屋にメイヴァーチルが撃ち込んでいた豆鉄砲とは訳が違う。


「よォし!ベリアル、撃てェ!」


「発射ァ!」


 白銀の雪原で二体の悪魔が吠え、容赦なく電磁砲が発射された。


 轟音が冷たい大気を引き裂き、氷雪の大地が余波で砕けた。どんよりと灰色に凍て付いた雲が軽く吹き飛ぶ程の出力。

 放たれた砲弾は、容易く北部要塞の結界ごと城壁を貫通し、要塞内部で熱線を放ちながら爆裂した。


 今の一発で要塞内部で駐屯軍の大勢が死傷したことだろう。人間が造った兵器が悪魔の手に渡ると、こういう事が起きる。ただそれだけの話だ。


*


 フェンリルとベリアルによるたった二人の魔神帝国砲兵"組"が、砲身の冷却クールダウンを挟みつつ、十度を下らぬ砲撃を終えた頃。


 先程から電磁砲による遠距離砲撃に晒されている北部要塞は最早原型をとどめていない。余りの破壊力に地形が抉れ、炎上し、城壁も内部の建造物も何もかも瓦礫の山と化し、生きている駐屯軍兵士は確認出来なくなった。


「フハハハハハ、これが俺様の力だ」


「……妙だな、騎竜隊がいねェ」


「魔神王サマなら、電磁砲で砲撃されたらどうする」


「こんなモン放置したら一日で国が無くなる。俺ならとっとと要塞を捨てて兵を散開させ、死に物狂いで砲を破壊するが」


 フェンリルは頼もしそうに砲身を撫でた。


 リサール帝国跡地に植えた魔界樹による直接的かつ迅速な魔力供給、魔神にとっての兵站支援により、常に全開で戦える。


 敵の死体処理や魔力の追加補充も単純明快。魔界樹の根に"喰わせれば"どちらも済む話だ。魔力さえあれば成長する木の根から補給が出来るというだけで、魔神になって失った数々の人間性に釣りが来るというものだ。


「ならこいつの出番は終わりだな、バラして本部に輸送する」


 この電磁砲の最大の弱点は巨大で、機動力が皆無であることだ。

 今、エストラーデに空爆されれば瞬く間にスクラップに変えられる事だろう。ベリアルは引き際をきちんと弁えた。


「ああ、俺は上空を警戒しておこう」

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