第93話 結界
王国で打倒フェンリルの為に暗躍するメイヴァーチルから一転、再び場所は北部。
各前線拠点の王国駐屯軍を敗走させ、各地の捕虜達はツヴィーテが解放したということになった。彼は現在、生き残った駐屯軍、即ちエルマ人を含む捕虜達の救助に当たっている。
一方、王国駐屯軍に占領された北部の首都は、駐屯軍によって要塞化されている。
要塞の外には、力尽きた駐屯軍兵士の屍が白く凍て付いたまま数多く転がっていた。
要塞の固く閉じられた門はここまで撤退してきた味方に対しても開かれる事はなかっただろう事は明らかだった。
友軍を受け入れなければ、春まで兵糧が持つ計算なのだろう。徹底して籠城戦の構えを見せている駐屯軍に対し、フェンリルとベリアルはたった二体ながらも、攻城戦を行うという時だ。
「無理だって言ってんだろ!」
いつになく、ベリアルは声を荒げている。
「あの要塞を覆う結界は、魔法増幅装置と女神の
それは手のかかる子供に言って聞かせる様な口ぶりでもあった。実際、魔神としてみればフェンリルは子供同然である。
「我は剛力、押し通るのみ!」
フェンリルが猛るのも無理のない話である、とベリアルは半ば諦めの境地にいた。
何しろ人間だった頃から相当に腕の立つ男だった、それが魔神になって更なる破壊的な力を得たのだから、今はさぞかし全能感に充たされているのだろう。
魔神の力で容易く人間を蹴散らせるのは道理だが、同じく神の力の前に相殺されるのもまた道理なのだ。
「お前、人間だった頃はもうちっと頭使ってたろうが。用意してるから少し待て!」
「待つ必要はない、空挺降下で結界なぞ叩き割る」
フェンリルは一切聞く耳を持たなかった。
「どうなっても知らねえからな……」
まさに不承不承といった様子でベリアルは返答した。
*
「
前回同様、再び上空からフェンリル本人が発射され、大気摩擦によりその外骨格が赤熱する程に加速した。
「
フェンリルの頭部亀裂から、どす黒い暗黒のエネルギーが迸る。とうとう黒い狼の姿を取ったそれは、鋭く結界に牙を立て、噛み砕く。
「
フェンリルは噛み付きから連続して、黒狼災禍を放つ。瞬く間に要塞上空に張られた結界を二枚ばかり破壊した。
「……いい線いっちゃいるが」
ベリアルはその様子を空中から見届けている。
「怖じて惑え、人間共ォ!!」
二発目の黒狼災禍を放とうとするが早いか、最初にフェンリルによって破壊された外側の結界が張り直された。要塞内部で防衛に当たっている駐屯軍兵士達の日頃の訓練と、迅速な対応の賜物だ。
「なにィッ……!?」
魔神王の両脚は結界の内にあった為、蒸発するように消し飛んだ。
「ほブッッ……!」
結界に張り付いて大剣を叩き付け、破壊を試みたフェンリルだが先程破壊した一枚目、二枚目の結界が復旧した事により、その邪悪なる魂が結界の圧力によって大きく弾き飛ばされる。
「ぐおおおォ……おのれ、アバズレ女神……!」
弾き飛ばされたフェンリルは、勢い良く要塞の外側の平地に降り積もった氷雪を砕いた。
下級の魔神であれば存在ごと消し飛んでいたところだ、それでも女神の加護で浄化された傷跡からは黒い煙が立ち昇っており、即座に回復が始まらなかった。
「気が済んだか?大将」
ベリアルはそんなフェンリルを担いで持ち上げ、羽ばたき始める。
魔神王とてこのザマではどうにもならない。
「……お前の言う通りだなベリアル、仕切り直すとしよう」
ベリアルに担がれたまま、フェンリルは踏ん反り返って両腕を組んだ。踏ん反り返る脚はまだ再生していないのだが、どんな有様でも偉そうな態度がとれるのもある種才能である。
結果論ではあるが、フェンリルが無謀な突撃をしたお陰で要塞を防御する駐屯軍の意識を結界に向けられたとも言える。
物事の良い面だけを捉える事が、心身共に健康に生きる秘訣だ。どうせ、魔神になっても人であった頃と魂の根幹は変わらないのだから。
ベリアルは次の算段を始めている。
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