第115話 メイヴァーチルvsアスモデウス
「てめえ、メイ公。さっきはよくもやってくれたな?」
ベリアルがここにいると言うことは、支部長達は捕縛に失敗したということになる。メイヴァーチルは困ったように笑ってみせた。
「えへへ、ごめんごめん。隙だらけだったから。まあ、戦場じゃ挨拶みたいなものだろう、ベリアルくん」
「死にやがれ、クソ耳長がァ!」
メイヴァーチルに先程の返礼の為、紫電魔術を発動して突っ込んだベリアル。しかし、次元魔法によって先回りしたメイヴァーチルに空中で捕捉された。
二度、三度、紫電魔術が迸って闇に包まれた空を照らす。その直後、骨が砕け、肉を引き千切る様な打擲音が鳴り響いた。
「がはッ……!」
この俺様が……二度も……
血塗れの黒獅子が、重力に逆らう事叶わず再び地面に叩き付けられる。
ベリアルの頭を踏み付けて、軽快な足取りで飛び降りたメイヴァーチル。相変わらず双眸は紅く、その瞳は一切の光を反射しない。戦場に於ける白銀の悪魔は、ただ敵の血で赤く染まっていくばかりだった。
「ロズ、時間稼ぎご苦労さま」
ローゼンベルグ達はまず最も戦闘能力の低い状態だったベレトを戦闘不能にした、次にアスモデウスと交戦したのだが……結論から言うと、魔神形態にすらなっていないアスモデウス相手に壊滅に追い込まれていた。
渡していた御守りが無ければ、ローゼンベルグ"も"消し炭になっていた事だろう。治癒魔法を発動させた踵。胸部を強く踏み付けられ、ローゼンベルグは息を吹き返した。
「ぐはッ!げほッ!」
即死しなかったのは、御守りの他に彼は自前の火炎魔法でアスモデウスの熱線を逸らす事ができたからだ。しかし、それでもアスモデウスの戦闘能力はまさに桁違いだった。
相変わらず、気付けや心臓マッサージにしてもやり方があると言うものだった。
「選手交代だ、ロズ」
「……」
*
いかに白銀の悪魔といえど、その極悪非道のやり口が悪魔のようという比喩で付いた異名。彼女は、どこまで行こうとエルフに過ぎない。
一方のアスモデウスは色欲を司る悪魔そのもの。フェンリルも一目置いている古い魔神だ。
彼女がただのエルフならば、支部長達やローゼンベルグが一蹴されたのと同様に、対峙することさえ烏滸がましい。
だが、メイヴァーチルは憮然とした目で対峙するアスモデウスを見上げていた。彼女の狙いはフェンリルを抹殺し彼等が画策する"人類の完全支配"の成果を我が物とすること。
その為に今日この時まで彼女は、獲物に飛び掛かる毒蛇の如くじっと構えて機を窺っていた。そして、それはもうほとんど成功を収めている。
ここでアスモデウスに苦戦していてはお話にならない。
「考えたわね、ウチの
アスモデウスは打ち倒されたベリアルを一瞥した、完膚無きまでに叩きのめされてはいるがまだ消滅はしていない。
問題は異世界に転送されたフェンリルである、ベレトから回収した魔剣、
メイヴァーチルの戦略はフェンリル達の分断、それにより魔神帝国軍の最後の砦はアスモデウス一人となった。四体の魔神による帝国は、非常にスピーディーな行動決定と意志下達に長ける反面、こういう事態になると大変だ、極小数勢力の辛いところである。
「やあアスモデウス、元気そうでなによりだ」
悪魔絡みで人間を見殺しにすると、食い物にされて魔神達が更に強化される。それを鑑みると、忌々しい
「うふふふ……冒険者ギルドは景気良さそうね」
「キミ達のお陰さ。"人類の脅威"なんて分かり易いお題目をわざわざ演じてくれるとは有り難い話だよ」
「昔から
「フフフフ……戯言だね。頼みの綱のフェンリルもあの通り。キミが降参するなら、話は早いけど?」
「冗談。私がお仕置きしてあげるわ」
「おお怖い怖い……それにしてもリサール人なんかを王に仕立て上げ、人類の完全なる支配とはね、キミ達魔神も余程苦しいと見えるね」
「分かってないわ。あの男こそ、我々が求めてやまなかった
「へぇ、随分買ってるじゃないか。魔界を人間に征服され、魔族の
「彼は全てを捨てて力を求めていた、我々は力を与えた。それだけのことよ」
「フフフ、"全てを捨てて力を求める"ってやつかい。ボクにもそんな時期があったよ」
「だが結果的にエルフのままでいたボクの正しさを、敗北したキミ達自身が証明しているじゃないか。だから手っ取り速く人間を魔神にしようとする訳だ」
「人間のしぶとさと、魔神の魔力を併せ持つ存在こそが最強だと信じているようだが、裏を返せばそれは人間を恐れている事の現れだね」
「面白い意見を聞かせて貰ったわ。それで、結局何が言いたいのかしら?」
「要するに
「……お喋りになったのね、メイちゃん。貴方の因果なんてとっくに途切れている。大好きだったお父さんとお母さんの所にいきたいのかしら?」
再びアスモデウスを凄まじい業火が包む。大型の蜘蛛の下半身と女騎士の上半身で構成される魔神形態に移行した。
「因果なんて知らないね。いつだって人生は己の力で切り開くしかないのさ、アスモデウス」
メイヴァーチルはスタンスを広げ両の拳を構えた。まさに荒らしの前の静けさ、戦場が再び死の静謐に包まれた。
*
当然の様に、メイヴァーチルは自身を遥か上回る巨躯であるアスモデウスに向かって突進した。お互い手の内は知れた間柄。間合いに入られる前にアスモデウスは炎熱魔術によって迎撃する。
「
「
メイヴァーチルは一度立ち止まりその場で金剛破砕を放った。
やってやれるものなのか、渾身の掌底突きを放つ勢いと掌底部に魔力を集めた事で、アスモデウスの放った超高熱の熱線を弾いてみせた。
明後日の方向に熱線が着弾し、地面を溶かす。
そんな蛮勇によって生じたメイヴァーチルの火傷も、立ちどころに塞がっていく。
「
メイヴァーチルの姿が消えた。
次の瞬間にはアスモデウスの下半身を狙った
「ぐッ……!?」
アスモデウスの魔神形態、大毒蜘蛛の脚が一本ばかり千切れ飛んだ。
「四連・
脚の一本ばかり失って怯む魔神ではない。千切れ飛んだ脚は即座に魔力吸収し、これから放つ魔術の足しにした。アスモデウスは四本腕の四つの武器を構え、それぞれから超高熱線魔術"
無造作な一発で、あの強靭無比だったグラーズを蒸発させこの世から跡形もなく消し去った熱線の四連発が容赦なくメイヴァーチルを襲う。
自動再生など、
「遅いね」
メイヴァーチルは、四発の熱線のごく僅かな間隙を掻い潜った。灼熱の熱線に身を晒すのはもはや沙汰の外。
幾らほぼ不死身とは言え熱線を受ければ身体が蒸発し、リインカーネイションが発動するところ。しかし、熱線周囲の熱気程度なら自動再生で釣りが来る。メイヴァーチルはアスモデウスの懐で悠然と構えを取った。
「このッ……!」
アスモデウスは熱線を放ったそのままの構えで、苦し紛れに武器を振り下ろす。悪態を付く暇もなかった。
メイヴァーチルが残す白銀の軌跡が踊り、轟音が鳴り響く。
アスモデウスが魔力錬成した四本のそれぞれ大剣、薙刀、大槍、戦斧は悉くがメイヴァーチルの打拳に打ち砕かれた。
更に、金剛破砕の左右二連撃がアスモデウスの腹部に直撃する。くの字に曲がって姿勢が下がったアスモデウスの頭部にメイヴァーチル必殺の後ろ回し蹴り、"
外骨格を浸透し、内部の魔力形成体にまで衝撃を通す致命的な打撃。
「がはッ……!」
金属を裂く様な激烈な音が鳴り響き、アスモデウスの巨躯が地面を抉りながら吹き飛んでいった。たまらず彼女が昏倒すると、ドシンという音と共に地面が揺れる。
アスモデウスの記憶にあるメイヴァーチルとはまるで別人のような強さ。瞬き程の間にもうアスモデウスは地に横臥した。
「"現場"の方はご無沙汰だったのかな、アスモデウス」
後ろ回し蹴りを放った体勢からメイヴァーチルは流れる様に残身した。
「本当に、強く……なったわね、メイちゃん……」
しかしアスモデウスはどこか歓迎するようにも見えた、まるで娘の成長を喜ぶ母親に似ている。
以前ならば、アスモデウスとメイヴァーチルの戦闘能力はほぼ互角だったが、業炎呪による超火力熱線攻撃がメイヴァーチルの自動再生を上回り、メイヴァーチルの格闘攻撃ではアスモデウスの外骨格に致命打を与えられないという点で、メイヴァーチルがやや不利だった。
しかし彼等の
メイヴァーチルはどこか哀愁さえ漂わせながら、外骨格を打ち砕かれ倒れ臥したアスモデウスを静かに見下ろしている。
「キミはかつてボクに言ったね、エルフが滅んだのは人間より弱いからよ。……ってね」
メイヴァーチルは昔を懐かしんでいる様子だ。鬼の目にも涙と言うべきか、その赤い瞳が僅かに潤んでさえいた。人間からすれば気の遠くなる程の時間を過ごしてきたエルフと
「その言葉のお陰でボクは強くなれた、全てを破壊する暴力こそ真の強さだと知った。……キミを殺すのは忍びない、あすもん商会の経営権を渡すなら見逃してあげようかな?」
そう言いながら、メイヴァーチルは右手は"
残虐非道を重ね、女神すら見捨てたメイヴァーチルだが、破戒僧とてマスター・クレリック。今のアスモデウスが喰らえばひとたまりもない。
丁度、その時だった。
メイヴァーチルの背後で斬撃によって空間に亀裂が生じた、真っ黒な鎧に似た外骨格。その手が更に空を引き裂いた。
「……ウチの子会社の買収か?そいつは
魔神王フェンリルがまるで古着でも破り捨てるかの様に、世界を引き裂いて再び姿を現した。
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