第84話 ギルド本部にて

 メイヴァーチルの謁見と時を同じくして、紹介状の裏面に書いてあった冒険者ギルド本部にツヴィーテは姿を現した。時刻はそろそろ昼食でも、という時間だ。

 奇襲は飯時や寝込みを狙え、というのはやはりというか特務での教練であり、基本だった。


 ツヴィーテが行う軍事、戦闘行動、それにまつわるあらゆる知識、技能は帝国軍時代に叩き込まれた。今はもうリサール帝国軍はない。敵であった帝国軍に与した自分は北部にも帰れない。だから今もこうして彷徨っている。

 或いは、メイヴァーチルの言葉通り冒険者ギルドで働けば、それが安住の地なのか。


 弱気を振り切るべくツヴィーテが冒険者ギルド本部に撃ち込んだのはブランフォード製の小型擲弾砲、炸裂徹甲弾だった。

 その行動原理は、今やかつて憎悪したカゼルその人とまるで同じ。やられたらやり返す。それだけだ。


 小型の擲弾砲とて、ギルドで雇われている連中が持つ銃や刀剣とは訳が違う、市街地でぶっ放してただで済むような代物ではない。実際ツヴィーテも"帝都跡地"に出没する大型魔物用の武装として仕入れた。ブランフォード家当主バルラドから格安で譲って貰ったのだ。


 建物に特製の炸裂徹甲弾を撃ち込まれた後の冒険者ギルド本部の対応は実に迅速だった。王国きっての武闘派で鳴らしている冒険者ギルド、その本部を守備する者達の訓練の程が伺える。

 先日のツヴィーテの事務所の惨状を思えば、心情的にはまだ破壊し足りなかったが、ツヴィーテは擲弾砲に次弾を装填し左手に持ったまま右手に大剣"魔獣狩り"を構えた。相手が何人だろうと道連れにする腹づもりだ。


「来たか」


 先日、ツヴィーテの事務所を破壊し尽くしたのちに装甲車両を運転して帰ったローゼンベルグが玄関口から姿を現した。

 血気に盛るギルドの郎党達を下げさせ、歩み出た黒い軽装甲鎧を纏ったエルマ人の男。ツヴィーテが纏う黒い騎士甲冑と違って塗装された黒ではなく、金属が焼け焦げ変色した歪な黒色だった。


「運転手に用はねえ、ギルドマスターを出しな」


 ツヴィーテは憮然として言い放つ、そう言えば前にもこんな事があった。

 あれは、10年以上前に兄ムステラをカゼルに殺された後だった、北部連合の敗北を認めないスラーナ兵の跳ね返り達を纏め上げ、戦線に投入された帝国特務騎士に奇襲を仕掛けたのだ。カゼルとの初戦もその時だ。


 その結果は……血と恐怖と絶望に塗れた敗北の記憶を頭の中から追いやった。

 結果はどうあれ生き残った。今回だって、死に来た訳じゃない。


「生憎、ボスは今留守だ」


 ローゼンベルグは、擲弾砲に大剣を構えたツヴィーテを見て尚も不敵に笑う。彼も相当に血の気が多い部類だ。煩雑な本部長業務から解放されただけでも嬉しくてたまらないところに、昨今珍しいほど礼儀正しい客が来た。存分にもてなすつもりだった。


「そうかい、じゃあこれは要らねえな」


 ツヴィーテは大剣を地面に突き立てた。整然と敷き詰められた石畳が砕け散ったが、刃こぼれ一つしていない。ツヴィーテは空いた手で懐から取り出した紹介状をこれ見よがしに引き裂き、踏み付けた。次はお前の番だと言わんばかりだ。


「ハハハハ!なるほどボスが気に入る訳だ。今時珍しいぜ、お前みたいな反骨精神溢れる奴は!」


 目に見えた挑発、用があるのはメイヴァーチル。ツヴィーテは七面倒な心理戦を交えた先手の取り合いを放棄した。


「お喋りがしたいならコイツと喋ってろ」


 ツヴィーテは擲弾砲を構え、即座にローゼンベルグに照準を合わせ引き金を引いた。次に冒険者ギルドに撃ち込もうと思っていたのは炸裂焼夷弾。炸薬が着弾の衝撃で炸裂すると、内臓された燃焼剤を辺りに撒き散らし、辺りはたちどころに炎に包まれるという残虐無比な代物で、対基地拠点、または対大型魔獣用のものだ。

 耳を劈く砲撃音が鳴り響き、冒険者ギルドの者達は一様に驚き怯んだ。小型とは言え、銃声の比ではない。


 ただ一人、不敵な笑みを一切崩さなかったローゼンベルグはガントレットに覆われた左手で飛来した焼夷弾を思い切り殴り付け、爆炎をいとも容易く掻き消した。詠唱省略術式の刻まれたガントレットにより、即時発動した火炎魔法が焼夷弾さえ焼き尽くした。


 火炎魔法の使い手は、こうした力技を得意とする者が多い傾向がある。そもそも破壊力に物を言わせようとすれば自ずと火炎魔法が候補に挙がる。


 戦闘に於いて魔法を使う場合、最も重要なのは発動速度とされる。それは、炎の魔女アルジャーロン然り、水の魔女アーシュライア然り、そして冒険者ギルド本部長のローゼンベルグ然り。その上で、己が望むだけの効果を発揮させるべく修練を積むのだ。


「おっかねえモン持ってやがんな、ちょっとヒヤッとしたぜ」


 擲弾砲で焼夷弾を撃たれても、一切自分のペースを崩さない。この男もただ者ではない事をツヴィーテは悟った。


「自己紹介が遅れたな。俺はジャン・ローゼンベルグ。運転手じゃねェ、ここの本部長だ。よろしくな、スラーナ野郎」


 擲弾砲で撃たれて即、同質量の炎を操って爆発エネルギーを相殺させ、丁寧に破片も焼き尽くした。だから彼は無傷で、燃焼剤による想定以上に焼け焦げた弾の残骸が地面で燃え盛り異臭を放っている。

 それらの火炎を振り払い、仁王立ちしてローゼンベルグは名乗った。手勢を率いて敵と対峙しながら、わざわざ一人で前に立ち名乗りを上げる。これは暗黙の了解で、一騎討ちの申し出だ。


「そいつはご丁寧にどうも、俺はただのツヴィーテ・ニヴァリスだ」


 今のツヴィーテには特に名乗る肩書もない、まさに野郎だ。にも関わらず、ご丁寧に本部長が一騎討ちとはそれなりに歓迎されているという事だろう。


「そうかい、ならまず俺が"面接"してやるよ、スラーナ野郎改め、"元"帝国特務騎士のツヴィーテ・ニヴァリスさんよ」


 メイヴァーチル経由で既にツヴィーテの情報は上がっている。


 ローゼンベルグは胸部を覆う装甲に付いたナイフホルダーから、慣れた手付きで大型のボウイ・ナイフを抜いた。切り裂くにも、突き刺すのにもどちらにも使えるよう、切っ先鋭く刀身の曲がったナイフは濡れた様に輝いている。

 ローゼンベルグは得物を右逆手に構え、ガントレットに覆われた左手を高く構えて首から頭部を防御する。飄々とした言動ながら、いざ構えると一切隙がないのが逆に不気味だった。


「手を出すなよ」


 本部長ローゼンベルグの指示を聞いてギルドの郎党達は武器を納めて下がった。指揮系統が確立されている証拠だ。


 冒険者ギルドの本部、玄関口前の広間でローゼンベルグとツヴィーテが対峙する。

 奇しくも、元帝国軍特務部隊と元王国軍士官の戦いとなる。どちらも熟練の使い手といえよう。背丈、体格はわずかにローゼンベルグが優る。


「さァて、俺はボスと違って優しくねェぞ!」

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