第83話 女王とギルドマスター
「やあ、エストラーデ。急にごめんね」
翌日、メイヴァーチルはエルマロット王城に足を運んだ。時刻は正午過ぎ。ここエルマロット王国の現女王であるエストラーデ・エルザフォル・エルマロットに対し、特に謁見するなどの連絡はしていない。用件は先日、市街で起きた爆発炎上騒ぎについてだ。
国を治める王族に対し、連絡も寄越さず来訪する。普通に考えれば、礼儀知らずもいいところだが、メイヴァーチルの場合は違う。彼女ほど長生きして、礼儀の一つを知らぬ訳はない。
それはつまり、"最低でも"ボクとお前は同格だ。と言っているに等しかった。
仮にも一国の女王に対するその不遜さえ、力で罷り通らせる。それがメイヴァーチルというエルフの女のやり方だ。
当然、エストラーデに忠誠を誓う者達からの反感は買おう。だが、彼女にとって瞬き程の時間で死に逝く人間達の反感など、霞程の影響もない。それだけの力が手中にある。少なくとも、この王国では。
「メイヴァーチルか、また派手に暴れたようだな」
友人の様な気安さは形式的なものだろうか、ひとまずエストラーデはメイヴァーチルを歓迎するようなそぶりを見せる。
直接的な血縁がある訳ではないが、エストラーデとメイヴァーチルは容姿がよく似ている。銀髪、赤い瞳などが特にそうだ。これ等は、王国の絵画などに描かれる魔法をもたらした女神エルマの特徴と合致する。
要するに、エルマ人の中でも女神に近い姿の者の方がより魔法力も高いという訳だ。メイヴァーチルに関しては、エルマ人と比べて古い種族であるエルフの、その中でも長老の部類だからより女神に近い姿をしているというのが正確なところだ。
ただし、エストラーデの耳は一般的なエルマ人がそうであるように丸く、体格的にはメイヴァーチルより大柄だ。背丈は170㎝を越えない程度で、豪奢な王族の衣装から着やせして見える体格からは、かつて部下だったアルジャーロン同様、戦斧を振り回すだけの膂力を感じさせる。
魔法による身体強化も基礎となる体力が無ければ話にならない、メイヴァーチルが毎朝苛烈を極めた鍛錬を怠らないのは度が過ぎているにしても、だ。
かつて帝都反乱の際、彼女は、魔法によって卵の化石から孵化させた文字通り子飼いの騎竜、カーリアスを駆りて王国竜騎兵隊を率いた。そして空から帝都を火炎魔法で空襲し、見事作戦を成功させたエストラーデは妹のエーリカとは似ても似つかない程に強権的で武闘派だ。
実際エストラーデは、手を組んだ反乱軍や、人質にやった妹エーリカやその側近のアーシュライアごと、リサール帝国を焼き尽くす程度の非情さを持ち合わせていた。いつだって強烈な正義は人の目を曇らせるものだからだ。
エルマ人とエルフはどちらも、魔法の女神エルマによって産み出された種族だ。位置づけとしては、リサール人にとってにオーガ、オークなどに近い。そして、リサール人がオーガやオーク達を排斥した歴史があるのと同様、エルマ人とエルフもまた、種族間の関係は決して良いとは言えない。
故にメイヴァーチルはエルマ人が、否。人間が嫌いだった。
近年でこそ、王都で暮らすエルフが多少なり増加傾向にあるが、決してその数は多くない。
元々ここ王都はエルフの都市があった場所、もっと言えば、幼い頃のメイヴァーチルが家族と共に暮らした森があった場所なのだ。
後からやって来て、武力で占領し、エルフを追い出したのはエルマ人。あまつさえ、幼少期は人間の奴隷として過ごした記憶は未だにメイヴァーチルを苦しめ、その人格を破綻させている。
力を付けた今でこそ、王国で上級移民の待遇を受けているが、元々住んでいたのに上級移民など、彼女からすれば皮肉もいい所だった。
それを知るからこそ、エストラーデもメイヴァーチルを咎めようとは思わなかった。彼女にとってメイヴァーチルは強力なスポンサーであり、取引相手でもある。できれば個人的に良好な関係を築きこうと努力はしているつもりだった。
「不法移民対処で街が壊れちゃったんだ。また公共事業で予算の追加を頼むよ」
人間を虫けら呼ばわりして憚らないメイヴァーチルだが、一応自分の
冒険者ギルドの本部職員や各支部長クラスなどが彼女の直接的な部下で、所謂な冒険者というのは彼女の冒険者ギルドから仕事を受注しているだけの会社や商会が主だ。ここには傭兵団なども含まれるほか、個人事業主などが該当する。
先日メイヴァーチルが破壊し尽くしたツヴィーテの事務所区画や道路の修繕工事を受注したのは建設ギルド。こちらも冒険者ギルドの系列組織であり、フェンリルがメイヴァーチルに持ち掛けた話よりも余程分かりやすい癒着と言える。
「笑わせる、街中で勇者が持ち込んだ兵器をブッ放したそうじゃないか。街を壊したのはお前だろう?」
「ボクはあくまで"治安維持"を実行したまでさ。ついでに街が綺麗になるし、建物や道路も新しくなる。ギルドの者達は仕事が来て金が回る。良いことづくめじゃないか」
メイヴァーチルは、持ち前の経済力、冒険者ギルドの技術・軍事的優位を盾にして綺麗事を並べてはいるが、要するに「ウチの仕事のついでで壊した街の修繕を国の税金で賄え」と言っている。
強引に不法移民が違法に占拠した土地や建物を破壊したり、老朽化した道路を破壊したりして、王国政府が対応せざるを得ない状況を作っている。
それが一概に悪とも言えず、むしろ少なくない数の市民から支持を集めてさえいるのがメイヴァーチルの質の悪いところだ。エストラーデの帝国への攻撃から、派手で分かり易いやり口の方が民衆受けがいい事も明白だ。
「よくも言えたものだ、お前は人間の街が気に入らなくて仕方ないだろうに」
「フフフ……そんなこと、ないよ。ボクはただこの国が平和であって欲しいだけさ。エストラーデ」
メイヴァーチルとて、エストラーデに無理難題を要求する訳ではない。今回、王国政府が建設ギルドに支払う額も決して法外ではなく王国法に則った適正価格を要求している。
だからこそ、王国の権力者達からすると厄介極まりない。言わずもがな、メイヴァーチルも王国が平和でなくては、人間の冒険者から搾取できない。治安が悪くなれば、人は真面目には働かない。ならばどうするか?建物は綺麗な方がいいし、街並みは綺麗な方がいい。不法移民の犯罪率など、語るに及ばずだ。
その為なら、メイヴァーチルは王国の権力者に圧力を掛ける事もあるというだけだ。
「だが、前も建設ギルドに金を出した。お前の"治安維持"で甚大な被害が出たからな。また、となると……」
「えぇー?キミはボクに大きな借りがあると思うんだけどナ……」
メイヴァーチルは白々しく困った様な顔をして見せた。
暗に「誰の出資のお陰で玉座に座れてると思っている?」と言っているに等しい。尤も、可憐で儚く、理知的で美しいエルフ族の事だ。そんな品性を欠く物言いは避けているのだろうが。
「……」
返答に困ってエストラーデは沈黙した。
エストラーデがメイヴァーチルと手を組んだのはここ数年だ。それでも良く知っていた、千二百年という時の鑢に削られ続けて来たこのエルフに感情と呼べるものは何一つ残っていない。このエルフが形作る表情も感情もすべては偽りだ。
彼女の心の裡には、ただただ全てを焼き尽くす怒りだけが燃え盛っている。そしてそれは、人類すべてに向けられる。
エストラーデとしては、王国がここまで発展できた功労者であるメイヴァーチルに女王として最大級の栄誉を与えたかった。
だが、栄誉勲章の授与は拒否された。結局、1200年以上前からこの王国が"あった"場所で暮らしていたメイヴァーチルに王国法や戸籍など諸々の法律が適応され、かつ、彼女が税金の支払いを免れるよう、便宜上、上級移民という形式的な階級を作ったのだ。この国で上級移民などという曖昧かつ特権的な立場の存在は数あるエルフの中でもメイヴァーチルだけだ。
彼女の怒り。
考えてみれば一度解き放たれたなら、必ずすべてを破壊するだろうそれは、所々垣間見えている様な気がしてならなかった。
たとえば、プライドの高い彼女がわざわざ下僕を意味する「ボク」などと一人称を使うのは、幼少期に人間に奴隷にされた事を、人間に対する恨みを今でも忘れていないから、だとしたら。
たとえば、やたら王国法が適応されない不法移民と見れば躍起になって虐殺するのは、暗にエルマ人こそが不法移民であると、その気になればお前達も殺せると言っているのだとしたら。
敢えてか、知らずか。メイヴァーチルは上級移民証を返納しない。
「キミとボクの友情の証だ」などと、言っているのは……。
近年では冒険者ギルドの運営における人材と資金集めは加速した。
エストラーデは激しく反対したが、結局メイヴァーチルは聞き入れず、王国民共通の敵であったリサール人ですら冒険者ギルドに迎え入れた。巷では、寛容や慈悲といった言葉で片づけられる事もある。何も知らない民衆からしたら彼女は容姿端麗なエルフのクレリックで、冒険者ギルドの運営者だ。
それにより勢力を増した冒険者ギルドは、最近では大陸最強と名高いブランフォード軍に比肩しうる軍事力を誇っている。エストラーデが女王になれたのも、メイヴァーチルと冒険者ギルドがバックに付いているのが大きい。
組織に人と金が集まれば、優れた人材も自ずと集まって来る。エルマ人やスラーナ人問わず、特に魔法に長けた者を研究員として好待遇で引き抜き、冒険者ギルド関連の魔法研究所で、独自に強力な魔法を開発させている。
ほぼ瞬間移動に近い高機動と、空中も含めた三次元的な動きを可能にする"次元魔法"や、メイヴァーチルの不死身性を支える"自動回復"や"自動蘇生"、あらゆる攻撃を相手に跳ね返す呪殺魔法"
エストラーデが考えれば考えるほど、思い当たる節はあった。そのすべてが、メイヴァーチルの怒りのなんたるかを示すものなのだとしたら……。
「貴様、女王陛下にどこまで無礼を働くつもりだ」
「図に乗るなよ、耳長」
エストラーデの不安を察したか、傍にいた近衛騎士二人がメイヴァーチルに詰め寄った。
「止せ!」
だが結果としてエストラーデの不安は増した。近衛騎士二人の身命を案ずる形だ。
「可哀想に、震えてるじゃないか。そんなつもりはなかったんだけどな……」
メイヴァーチルに指摘されて初めて気づいた様に、騎士の一人がはっと自分の手を見返した。その隙に、メイヴァーチルは騎士に顔を近づけた。
「女王様の手前だからって、強がらなくてもいい。其処に居るだけで十分キミ達は"番犬"としての役割を果たしているんだよ。安心するといい」
メイヴァーチルの瞳。赤い瞳。こんな晴れやかな日の正午だと言うのに、一切光を反射せず、どこまでも血の様に赤く、吸い込まれそうな程深い。
妖しく、生気を感じさせない肌の白さは、血化粧で彩られるのを待っているかの様だった。
エストラーデの傍を固めるのはいずれも屈強な近衛騎士だが、二人は瞬時にただ恐怖に支配された。主君の前で恐怖に震え、甲冑が鳴る。騎士としてこれ程情けなく、屈辱的な事はない。
メイヴァーチルはその間一切天使の様な微笑みを崩さなかった。だがエストラーデが即座に部下を制止しなければ、天使の様に微笑みながら殺戮を演じていた可能性が少なからず存在する。
「メイヴァーチルも止してくれ。部下の非礼は私から詫びる。お前の協力なくして、王国は立ち行かない。私とてそれくらい理解しているつもりだ」
「だが、度の過ぎた
「フフ、仲良しのキミに言われたんじゃ仕方ないな。そうだね、しばらくは控えるよ」
にこりと笑ったメイヴァーチル。
エストラーデの部下の騎士達の反応は野卑だが、一周回って理知的とさえ言えた。それは、戦いに身を置く者ゆえの動物的直感だった。
隣する帝国の崩壊のち、彼等にとって今やこの王国は二つ頭のある怪物となりつつある様に思えてならなかった。二つの頭とは、片や自分達の主。竜を駆る爆炎の女王。片やこの、白銀の悪魔だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます