第81話 Work or Death?

 そしてメイヴァーチルの襲撃の少し前。

 一先ずジェニファーをブランフォード領に置いたまま、ツヴィーテとアルジャーロンは事務所の下見にやってきていた。ツヴィーテは、事業として冒険者ギルドや帝都跡地の調査などで生計を立てていく予定を立てており、戦闘員としてアルジャーロンを雇うつもりだった。


「へえ、ここが建て替えた事務所?」


 共に帝都反乱を生き残った間柄で、彼と協力関係にあるアルジャーロンは早速ツヴィーテの事務所を訪ねていた。元同僚に過ぎない関係だが、帝都跡地に用があるという点で概ねの利害は一致している。


「ああ、開業資金をコツコツ貯めてたんだ。幾らかバルラド卿にも借りたがな」


 自嘲気味な台詞だが、それでもツヴィーテが少し誇らしげに見えるのは見間違いではないだろう。


「やるじゃない。下っ端根性の染み付いた腰抜けとばかり思っていたけど見直したわ」


「……見直したって事は、ウチの仕事を手伝ってくれるんだな」


 ツヴィーテはアルジャーロンの口の悪さには目を瞑る事にした。いちいち目くじらを立てても仕方がない。何より、生前のカゼルが頼りを置いていただけあって彼女の火炎魔法は破壊的な威力を誇る。二人掛かりならば"帝都跡地"の調査も捗るだろう。


「ええ、勿論。ブランフォードの魔法訓練も常駐って訳じゃないからね」


「お前も苦労してるんだな」


「そうですよー」


 小さいながらも一国一城を構えたツヴィーテは堂々とソファに腰掛けた。家具なども事務所ごと買い取ったもので、中古品だが十分実用に耐える。


「ところで、王国や冒険者ギルドへの届け出は済んでるの?」


「いや?ブランフォード領の傭兵会社の支店という形を取ってる」


「……それは不味いよ。昔どこぞの帝国軍の闇部隊が工作してたから、今は冒険者ギルドも対策を講じている。最近は何かと厳しいみたい」


「……早めに届け出ておくよ」


 そう言ってツヴィーテはグラスに買い込んであるウイスキーを注ぐ。値は張ったが、リサール産のものだ。


 口を付けようとした時、ガタガタとグラスが揺れて中身がテーブルに飛び散った。


「なんだ、地震か?」


「伏せて!」


 アルジャーロンが叫び、ツヴィーテは飛び込む様に床に這い蹲った。一秒でも反応が遅れれば、教官の木剣で飛んでくる特務の訓練を思い出した。


*


 再び時は現在。

 銃火を上げて吠えるそれは、M2ブローニング重機関銃。その正確な名を知る者はこのアルグ大陸に誰もいない。ただ照準し銃爪を引くだけで、音速で飛来する無数の鉄の塊を相手に撃ち込める。その火力はどんな魔法でも再現が難しい。


 メイヴァーチルはツヴィーテの傭兵事務所に狙いを定め、滅多矢鱈に機関銃を乱射する。カゼルと違い、彼女は弾を惜しむより純粋に破壊を愉しんだ。


「あはははは!いい音で鳴くなあ、こいつはァ!」


 M2が奏でる破壊と殺戮の響きを、メイヴァーチルはいたく気に入っていた。


「アンタの凶行に付き合わされるこっちの身にもなってくれ!」


 ローゼンベルグは叫んだ。


「人生楽しまなきゃ損だよ。ロズ、不法移民ドブネズミを蹂躙するのは最高の娯楽だろう!?」


 完全にスイッチが入ってしまった上司の狂躁に、ローゼンベルグは顔を顰めた。


 ブローニングに装弾されていた12.7㎜×99mm弾を一帯撃ち終えたメイヴァーチルは、次元魔法を発動した。次元の狭間から引き摺り出した同口径の焼夷弾を装填し、お代わりをくれてやる。更にメイヴァーチルは銃身が真っ赤になるまで掃射を続けた。既に跡形もないツヴィーテの傭兵事務所は、爆発炎上する。


 部下のローゼンベルグとは違い、彼女は火炎魔法などの攻撃魔法はさほど得意ではない。接収した装甲車や重機関銃はともかく、小銃や擲弾砲、散弾銃などは値は張るもののブランフォード領で購入できる。

 王国政府と癒着して冒険者ギルドを運営したり、雇っている冒険者から稼ぎを搾取しているメイヴァーチルにとって金は問題ではない。接収した火器を使うのは効率の問題である。メイヴァーチルのような魔法使いがこうした銃火器を使う事には一つ大きなメリットがある。それは魔力を温存したまま火力を発揮できることだ。


 一頻り機関銃を撃ち終えたメイヴァーチルは、銃座から飛び降りてすたすたと歩いていく。


「こんにちはー、冒険者ギルドでーす」


 破壊の限りを引き起こした主とは思えぬほど安穏な口調で、メイヴァーチルは炎上する瓦礫の山と化した建屋の戸口ばかりとなった玄関を潜った。


「んー?肉片くらい落ちてないかな」


 きょろきょろと、メイヴァーチルは燃え上がる瓦礫の山でツヴィーテの死体を探している。


「ボス、危ねえッ!」


 ローゼンベルグは叫んだ。いくらほぼ不死身とは言え、油断し過ぎである。


「ん?」


 最後まで暢気だったメイヴァーチルの脚が膝程まで凍り付いた。ツヴィーテの氷魔法だ。阿吽の呼吸で、瓦礫の影から飛び起きたアルジャーロンが戦斧に炎を纏わせ振り翳す。戦斧はアルグ鋼製、金属自体が魔法炎を帯びて白熱する。


「おや?キミは……」


焼滅撃バーンアウト・ストライクッッ!!」


 アルジャーロンは火炎魔法により、焼夷弾を遥かに上回る爆炎を纏わせ、メイヴァーチルに渾身の一撃を見舞った。メイヴァーチルは尋常ではない温度の火炎に包まれ、事務所の跡地から叩き出された。


「ツヴィーテ。届け出てないと、つまりこういう事になるの」


「……冗談きついぜ」


 アルジャーロンに手応えはあった。だが、メイヴァーチルの放つマナによる魔法的な力とは別系統の悪魔的な気配がまるで弱まっていない。


「……おー、なるほど。そのスラーナ人がツヴィーテ・ニヴァリスか。そっちのエルマ人は、どこかで見た顔だ」


 メイヴァーチルは上体を胸骨や肺ごと叩き斬られ、皮一枚で繋がっている様な有様だった。その皮一枚まで魔法炎に焼かれ、血を噴き出しながらも立ち上がる。

 見る見る内にその叩き斬られた上体の損傷が塞がり、執拗に敵を焼き尽くす筈のアルジャーロンの魔法炎も鎮火した。焼け爛れた皮膚も元通り治癒し、再び狂気に満ちた少女の顔を形どった。


「あの傷が塞がっただと?」


 少なくとも現行の治癒魔法の中には、断じてこのような効力を発揮する魔法は存在しない、ツヴィーテは驚愕を隠せなかった。


「思い出した。キミは、そう。あの、アレだ。炎の……アレジャ……アルハーン……?」


「ボス、アルジャーロンです。王国軍を脱走して指名手配中、最近ではリサール帝国軍に協力した疑いが持たれてます」


 ローゼンベルグは、メイヴァーチルの"愛車"から顔を覗いてそう言った。下手にメイヴァーチルの加勢に入ると巻き添えを喰らうため、今は引っ込んでいる。

 逆に言えば、そこらの人間にメイヴァーチルが苦戦する筈はないと確信を抱いている。


「あーそうそう、アルジャーロンだ。今は不法移民とつるんでるのかい?炎の魔女も落ちぶれたものだね」


「余計なお世話よ、生き腐れの耳長が」


 せせら笑うメイヴァーチルに、アルジャーロンはまだ白熱し炎を纏った戦斧を突き付け、吐き捨てる様に言った。


「おいアルジャーロン。コイツは何者だ?」


 新設した事務所を吹っ飛ばされたツヴィーテの声は怒りにざらついている。


「あの腐れ耳長はメイヴァーチル。超法規的組織ぼうけんしゃギルドのマスターよ」


「冒険者ギルドのマスターだと……?」


「実際にはマスタークラスの僧侶クレリック。常に自己再生オートヒールを発動させているから、一撃で全身を吹っ飛ばさないと死なないわ。特技は殴り合いと拷問、ギルド非加盟市町村への破壊・虐殺行為とかよ」


「……ロクな奴じゃないな」


 ツヴィーテはそれを聞いてどこぞの帝国特務騎士を思い出した。


*


「冒険者ギルドがいったい何の用だ?」


 剣を構え、限りなく恫喝に近い声音でツヴィーテはメイヴァーチルに問う。アルジャーロンの火炎魔法や焼夷弾などの影響はあるものの、氷結魔法を仕込みいつでも大剣"魔獣狩り"で斬り掛かれる体勢にあった。


「別に用って程じゃない、最近知り合った奴からキミの噂を聞いてね」


 当初は殺す予定だったが、先程の機銃掃射を受けてほぼ無傷。その上反撃を行うとは。メイヴァーチルはツヴィーテら二名の戦闘能力を高く評価した。


「……そりゃどこの誰だ?」


 ツヴィーテには一切心当たりが無かった。今、このアルグ大陸にツヴィーテの事を知っている人間は片手に数えるほどだろう。


「さあ、とりあえず人間じゃない事だけは確かだね」


 メイヴァーチルはフェンリルの事を仄めかすばかりで、言及しない。


「……冒険者ギルドってのは、何の用もないのに人の事務所を吹っ飛ばすのかよ?」


「悪いけど、ボクはギルド未登録で仕事してる不逞の輩は見過ごさない主義だ」


 冒険者ギルドは、基本的には多くの人間に門戸が開かれている。それがたとえ移民であっても、冒険者ギルドという看板が彼らに仕事と社会的地位を与え、守る。


 ただし、それは正規の手続きを経て移民として冒険者ギルドに就労している者に限られる。冒険者ギルドに所属せず、移民登録もしていない。

 こうした者たちは牛や豚以下の扱いだ、文字通り虫けらの様に殺されて何処ぞの山に埋められても誰も文句を言わないし言えない。それがたとえ下請けで働く者であったとしても、冒険者ギルドやメイヴァーチルには逆らえない。

 この理不尽なまでの武力と見せしめが、冒険者達に恐怖という秩序をもたらした。


「笑わせるな。トップを見ればどんな組織か大体分かるもんだぜ、大方マフィアか殺し屋の徒党の間違いだろ?組合ギルドが聞いて呆れるぜ」


 ツヴィーテは怒りを交えて皮肉を投げ掛ける。


「おいおい、ボクは立ち退きの手間を省いてあげただけさ。この国じゃウチに所属せずにギルドの仕事はできないし、不法移民が不動産を買うのも当然違法だ」


 悪意を倍にしてメイヴァーチルが混ぜ返した。


「うちの本社はブランフォードにある、ここは王国支店だ。貴様にどうこう言われる筋合いがあるのか?」


「ああ、そういう"小細工オフショア"の話はしていないんだ。別にバルラドと伝手がない訳じゃないし」


 ばっさりと切り捨てたメイヴァーチル。王国法がどうこうというよりも、我こそが法と言わんばかりだ。


「……ウチみたいな零細をシメるより、孤児や難民を拾っては風俗で働かせてるあすもん商会をシメた方が余っ程世の為じゃねえのかよ?」


 ツヴィーテは転嫁しようと試みた。


「地獄の沙汰も金次第。あすもん商会はウチと取引があってね」


「……とことん腐ってやがるな、貴様は」


「ボクは勤労精神を尊重しているだけさ。労働には、適切な対価を支払うべきだし、冒険者ギルドのマスターであるボク以外が搾取するのは許さない。既にキミが非正規の手続きで仕事を受注してた連中にも"焼き"を入れた。キミ達にも制裁を加えるつもりだ……」


 ずる、とまるで死角から毒蛇が牙を剥く様に、メイヴァーチルの放つ殺気が増した。ツヴィーテとアルジャーロンはの背中に冷たい汗が流れた。


「……ったが、ボクは寛容なんだ。優秀なキミ達に選択肢を与えよう、スラーナ人にして"元帝国特務騎士"のツヴィーテ・ニヴァリス。そして元王国近衛騎士、炎の魔女アルジャーロン・ハイエロドーラ。ここで害虫みたいに駆除されるか、冒険者ギルドに加入するか選ばせてあげよう」


 そこまで身の上を洗われていると、もはや言い逃れのしようはない。ツヴィーテは一つ腹を括ることにした。


「お断りよ」


 アルジャーロンの腹は最初から決まっていた、彼女は彼女で何やらメイヴァーチルとは因縁があるようだった。


「やれやれ。冒険者ギルドをクビになったこと、まだ根に持っているのかい?キミがエストラーデに指名手配されているのは自業自得だと思わないのかな」


 メイヴァーチルは呆れた様に髪を掻き上げた、張り付いた様な笑みは一切崩れないが、眼で分かった。まるでガラス玉の様に、一切情緒が感じられない無機質な瞳。こいつは下手をするとカゼル以上にヤバい奴かもしれない。ツヴィーテの本能がひどく警鐘を鳴らしていた。


「……王国に移住して来たとき、俺は真っ先に冒険者ギルドに加入申請を出したんだぜ」


 ツヴィーテは観念したように滔々と語り始めた。


「正直に身の上を話して登録しようとしたら受付で警備兵を呼ばれた。それ以来俺はフリーでやってんだ。お前のギルドに入る気は一切ねえ!」


 だからと言って、ツヴィーテは不当な暴力に屈するつもりはなかった。


「ふぅん、そうなんだ。その話はボクのところまで来ていないな」


 さも興味なさげにメイヴァーチルは愛想笑いのようなものを浮かべた。ツヴィーテには、食虫植物が口を開いて誘う様に見えた。


「なら今日のキミ達はツイてるよ、最近は難民定住キャンペーンをやってるからね。ほら、数年前に帝国が丸焼きになっただろ。ウチは稼ぎ時なんだ」


 へらへらと笑っているメイヴァーチル。あの戦いで、何人死んだと思ってる。ツヴィーテの中で何かが弾けた。


「貴様は人をなんだと思ってやがる!」


 ツヴィーテが斬り掛かったのに合わせてアルジャーロンも飛び出した。


「やれやれ、交渉決裂か。元帝国軍ってのは皆短気なのかな」


 メイヴァーチルはまるで動じず、ゆっくりと構えを取って二人を迎え打った。

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