第78話 ジャン・ローゼンベルグという男

 つかつかと、足早にギルド傘下の会社パーティーへ向かうローゼンベルグ。


 冒険者ギルドから仕事を受注する会社は数多く存在する。規模によってさまざまだが、小さい所では個人的な自警依頼、大きい所では国家規模で魔物が大発生した地域の制圧など、多岐に渡る。


 金の流れはもっと複雑だ。一から三割程の組合費を支払う事で冒険者ギルドの開発した新規魔法や武装の貸与などの援助を受けられる。それ自体はギルドから受注した仕事をこなす上で極めて有効なものだが、問題があるとすれば、支払いに遅延を来した時のギルド側の対応である。


 エルフのメイヴァーチルに人間への容赦というものは一切存在しない。一分一秒でも支払いに遅延を来したのならば、制裁を下す。その力と絶対的な恐怖こそが荒くれ者揃いの冒険者達を束ねる秩序だった。


 元より、ローゼンベルグは行儀の良い男ではない。王国軍士官時代はそれはそれは武闘派で鳴らした男だった。ではなぜ今はメイヴァーチルの手下に成り下がっているのか。それはメイヴァーチルが更に上を行く武闘派で、なおかつ教養や、魔法力も兼ね備えた大悪党だからだ。


 ごろつき紛いのローゼンベルグと違い、メイヴァーチルは儚げかつ愛くるしい容姿のエルフの美少女であり、世間の無知蒙昧な民衆からは天使のように愛され、善なる存在として認知されている。


 実際に彼女は慈善事業も行っており、孤児院から魔法の科目で教鞭を振るう依頼をされた事もあるのだとか。


 曰く。


「親のいない虫けらのガキ共は、さも自分がどん底にいるような顔をして意気消沈している。ボクが魔法の授業をしてやると、馬鹿みたいに目を輝かせる」


「それから冒険者ギルドで搾取して、本当の"どん底"を味わわせる」


 なによりも愉快なのだとか。


 それを聞いたローゼンベルグは、心底仕事先を間違えたと思ったものだ。孤児院での話などまだ可愛いもので、裏社会の人間からはメイヴァーチルは"白銀の悪魔"として恐れられている。


 かつて冒険者ギルドと利害関係にあった組織の棟梁が、単身乗り込んできたメイヴァーチルに壊滅させられ、皆、玄関先に吊るしあげられた事もあった。


 まさに悪魔の所業と呼ぶほかないが、彼女は自分がやったのではないと目を潤ませて言い張った。現場に駆け付けた王国軍もそれを信じ上層部に報告しなかった。メイヴァーチルが愛くるしい美少女の姿で返り血を浴び、泣いていたからだ。


 ローゼンベルグはこの世界はどうかしていると思ったものだ。


 彼が王国軍の士官を辞める事になった原因は、脚の負傷である。

 今年で30歳になるローゼンベルグだが、軍事作戦中に負った脚の不随に、王国軍の共済年金が支払われることはなかった。怒りの矛先は当然、国家に向いた。


 本部こそ王国に置くものの、このアルグ大陸では数少ない国際機関、冒険者ギルドのマスターであるメイヴァーチルに出会ったのはそんな時だった。


 なるほど、あれは悪魔との契約だったのかもしれない。脚を治す代わりに、魂を差し出す。このまま路地裏で野垂れ死ぬか、悪に加担し、奪い、殺して生きていくかをローゼンベルグは選んだ。別に悪を憎む訳でもなく、好む訳でもない。ただその手に何も掴まぬ空手のまま死ぬのは御免だった。


*


「こんにちはー、冒険者ギルドですゥー」


「ローゼンベルグ、さん。如何なさいましたか?」


「おう、ギルドへの上納金の支払いが遅れてるからな……ヤキ入れに来たンだわ」


「ま、待ってくれローゼンベルグさん!金は用意できてる!」


「そうかそうか、なら……」


 すべてを赦す様に嗤ったローゼンベルグ、彼の火炎魔法が何よりも雄弁に返答した。


 焼滅壊撃バーンアウト・ブレイクは彼が最も得意とする火炎魔法の一つであり、両手に纏った高密度の火炎を直接相手に叩き込む。単純明快な魔力操作であるが故に、状況を問わず破壊力に優れる。今回犠牲になったのは、冒険者ギルドからいつも依頼を受注している大手パーティだ。


 さすがに、抹殺は目的ではない。ただし高威力の火炎魔法を叩き込まれた玄関は爆発炎上した。


 たぶん、犯人はこいつらで間違いない。間違っていれば、あとから冒険者ギルドから補償金が下りる。その金はどうせ冒険者共から巻き上げた"組合金"などだ。


「うわああッ!?なにしやがる!?」


「期日に遅れなきゃ、こんな目に遭わずに済んだ。俺だってこんな非道な真似はしたくねえさ。心が痛むからな」


 ローゼンベルグはそう言って、建屋を焼く火で煙草に火を点し、深く吸い込んだ。そして実に美味そうに紫煙を吐き出した。


上納金アガリは明日までに振り込んどけよ。次は全焼させるからな。……あ、そうだ。最近の仕事の名簿をよこしな」


 弱い者は夕暮れ、更に弱い者を叩く。この暴虐がメイヴァーチルの命令の遂行の他に日頃の憂さ晴らしを兼ねている事は言うまでもないだろう。


*


「ロズが"調査"した結果だけど、エルマ人パーティの下請けの下請けのそのまた下請けに上納金を払えって言ってるみたいだ。それでウチの記録には残ってないよーな下・下・下請けの盗掘屋が犯人みたいだねー」


「フン、だから冒険者や傭兵なんぞコソ泥と変わらんと言うのだ」


「それは大変に申し訳ない。冒険者ギルドのマスターとして、真摯に対応させてもらうつもりだ」


 平謝りとはまさにこの事だが、メイヴァーチルの美麗さやその儚げな表情や角度は計算ずくのものだろう、普通ならそれ以上咎めようという気が削がれてしまうところだが、フェンリルには通じない。


「百歩譲って掘り返すのは構わねェ。俺が気がかりなのは、お前のとこの冒険者ギルドってのは、そんな下請けの底辺にウチの悪魔鎧デモン・アーマーをブッ潰すような手練がいるのかってことだ」


「基本的には下請けの下請けなんてのはリサール人の難民とかだから、居てもおかしくはない、かなー?」


 リサール人の難民。


 フェンリルの脳裡にノイズが走る。


 フェンリルが、まだカゼルであった頃。共に最期まで戦った戦友達。ジェラルド、マルヴォロフ、ザルバック、ロドリーク、そしてスラーナ人の小僧、ツヴィーテ。今なお、フェンリルは誰一人として忘れていない。


 皆、勇猛果敢な奴等だった。何一つ護れぬ騎士道を唾棄すべきものと背を向け、修羅道を征く者こそが真の戦士なのだと、その身に纏う"黒鎧"同様、黒く輝く信念を胸に最期まで戦った。


 にわかにフェンリルの胸中を満たしたのは懐かしさ、散って逝った仲間達への賛美。或いは、追悼。それもすぐに、激しい憎悪が真黒に焼き尽くす。


 そして魔神としての俯瞰的視点が彼にもたらした回答は、彼自身まさかと思えるものだった。死神と謳われた部隊、あの"黒鎧"こと帝国特務騎士に生き残りがいる可能性。そいつは、恐らく今は冒険者ギルド関連の仕事で食い繋いでいる。


「うちの警備兵は、そこらの人間に倒せるようには造っていない筈だがな……」


「分かった分かった。それについても調べてみるよ、ただ」


「あ?ただ、なんだ」


調査費おこづかいをくれるならの話だけどね」


「貴様は一度地獄に堕ちた方が良さそうだな、メイヴァーチルよ」


 フェンリルは呆れ半分、怒り半分のざらついた声音でそう言った。


「魔神王のお墨付きが頂けたようで光栄だ」


 メイヴァーチルは気にも留めずに不敵に笑う。

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