第79話 冒険者ギルドの不法就労移民対処事例

「おーい、フェンリルやい」


「……メイヴァーチルか、今忙しい」


「それはないだろ。キミが言ったんだ、"クソ"冒険者を突き止めろって」


「そうだった……悪ィな、北部侵攻が難航していてな」


「ふうん、冒険者ギルドを侵略に介入させない様にボクと手を組んだってのに、大変だねキミも」


 そもそもだが、現代に魔神はそう多く生き残っていない。彼等魔神という種の最大の弱点は数が少ない事、次点で地上では弱体化すること。そうでなければ、とっくにこの世界は魔神に支配されている。


 そして眷属、つまり手下の魔物も、重武装化及び魔法の高度化が進んだ現代の冒険者に金目当てで"狩られる"始末だ。


 "人類の完全支配"の前に、まず自分たちの生存戦略を立てたらどうだ?とメイヴァーチルは内心嘲りを込めた。


「侵略ではない、これは"解放"だよ。メイヴァーチル」


 狼のモニュメント越しにフェンリルはそう言った。


「それは失礼。で、"クソ"冒険者の件について報告させて貰っても構わないかな?」


 だがそれでも、メイヴァーチルはフェンリルの戦闘能力をまさに災禍級の脅威と判定していた。この自称"魔神王"がその気になれば単独で街一つ簡単に消し飛ばすだろう事は想像に難くない。


 人類の建築技術の粋を凝らして頑丈に造られた魔法実験室を一撃で吹き飛ばす時点で、その人智を越えた破壊力は実証されている。


「ああ、頼む」


*


「クククク、ツヴィーテ・ニヴァリスだと?ハハ、ハァハハハハ!!」


 けたたましいフェンリルの笑い声が狼のモニュメントを震わせ、メイヴァーチルはさもうるさげに顔を顰めた。


「ボクはそんなに面白い話をしたつもりはないんだけどね」


「そいつはな、俺が人間だった頃の部下だ」


「へえ、妙な縁があるものだね」


「そいつは北部出身のスラーナ人。今俺は北部を侵攻中、面白い事になりそうだと思わないか?」


「キミは本当に性格が悪いな。だが正直、ボクもそういうのは嫌いじゃない」


 ローゼンベルグはメイヴァーチルがまた良からぬ事を考えている事を察し、呆れた顔で両手を広げた。


 結局、フェンリルの手が回らない事もあり、ツヴィーテの処遇についてはメイヴァーチルに一任されることとなった。

 ただ一言、フェンリルはさも嬉しそうにメイヴァーチルに言い含めた。


「やつは骨がある、油断するなよ」


*


「クソ悪魔野郎、いい気になりやがって。ボクは人に顎で使われるのが虫酸が走る程嫌いなんだ」


「ええ、よォく知ってます」


「あのクソ悪魔野郎に言われなくても、ボクはいつだって自発的に不法移民を始末するつもりだ!」


「そうですか。……実際、あの化け物の言いなりでいいんですか。多分用が済んだら俺達消されますよ」


「良い訳ないだろう、だが奴は尋常じゃなく強い。迂闊に手を出せば寿命が縮むだけだ」


「しかし、ボス……!」


「まあそう生き急いでも仕方ないよ、ロズ。大きな流れには逆らっても呑まれるだけだが、流れを変える節目は必ずくるものさ」


「あれだけ強大な軍事国家だった帝国にしたって、首都を丸焼きにされて丸ごと瓦解するなんてキミは思わなかったろ?」


「たしかに……」


 そりゃそうだが、こちとら人間。アンタほど寿命は長くない。ローゼンベルグはそう思った。

 移民に過ぎないエルフのメイヴァーチルが人間社会でほとんど誰も口を挟めない程に成り上がれたのは、そのフットワークの軽さもそうだが、長い寿命故にチャンスに恵まれた点もあろう。


「今は精々遜っておこうじゃないか、あとで魔神王の吠え面を堪能したいからね」


「……差し当たり、あのクソ狼野郎の部下はボクが殺す」


「"元"部下ですね、ハイ」


 メイヴァーチルに身内以外への容赦というものは基本的に存在しない。

 ドブ鼠の様にこそこそと生き延びている多重下請けの底辺層なら、辛うじて見逃す場合もある。わざわざ制裁を加えた所で、搾り取れる様な物は何も持っていないからだ。だが、明確にギルドに加入せず、ギルドの仕事をして稼いでいる者がいるなら落とし前を付けさせる。


 彼女が幾ら鷹揚な性格でも冒険者ギルドを運営し、現在難民の就労受け入れも行っている以上、真面目にギルドへの上納金を払ってギルドから仕事を受注している者達に示しが付かないからだ。


「来たる魔神王戦でも使えるように"コイツ"の暖気もしとこうかね……」


 特殊な魔力パターンを入力しなければ開く事のない、冒険者ギルドの隠し武器庫の扉が開かれた。メイヴァーチルはその大型の鉄の塊を覆う布を引き剥がす。


「ボス、相手はただの冒険者ですよ?」


「いいや違うな、ロズ。冒険者ギルドに所属してない人間ムシケラは冒険者じゃない。ツヴィーテ・ニヴァリスは王国市民でもないただの不法移民。不法労働者だ。法の外に居る奴は、法に守ってもらえないのさ」


「それはいいとして、王国市街でそんなモンブッ放すつもりですか!?」


「ああもちろんエストラーデには宜しく言っておくさ、"派手に掃除してくる"と。それから、ギルドの建設部にも話しておいてくれ。近く仕事を発注するとね」


「……分かりました」


 メイヴァーチルはよく理解していた、いつだって法は強者を守るためにあるのだと。


*


 それは冒険者ギルドが接収した兵器だった。重装甲の機動戦闘車両と表現する他ない巨大な鋼鉄の塊であり、車体上部の銃座には、メイヴァーチルでさえ見たこともない大型の軍用機関銃が据え付けられている。


 車体を覆う外装甲には、戦いと労働を意味する剣とハンマーが交差する冒険者ギルドのロゴ、そしてメイヴァーチルのイニシャル"MayVerchile"と彼女をモチーフにしたエルフの顔が描かれており元々の森林迷彩効果を損ないつつ、見た者に冒険者ギルドの狂気と武力の何たるかを語る。


 かつて、この装甲車と機関銃を使って冒険者ギルドの仕事をこなそうとした異世界からの転生者が居た。当然ながら、この世界に存在しない筈の高火力の銃器や機械兵器を使って冒険者ギルドの仕事をこなそうとすれば、仕事の単価破壊を始め諸々の弊害が生じる。


 それを危惧したメイヴァーチルの手によって、その転生者は完膚無きまでに叩きのめされ、この装甲車と機関銃は冒険者ギルドが接収した。


 動力の燃料については研究所で似たような成分を調合させ、試しに燃料代わりにしたところ、"何故か動いた"。メイヴァーチルも彼女が雇った研究者も、この装甲車が何故動いているのかは全く分かっていない、俗にいうブラックボックスというやつだ。


 無論、これが正常な動作とは到底思えなかった。異音、振動、いずれも如実に機械の異常を示すもの。物言わぬ機械からの緊急信号エス・オー・エスである。


 メイヴァーチルは子供の様にはしゃぎながら、ペダルを踏み込んだ。それと同時に装甲車は更に加速する。


「なんで俺も行くんですか!!?」


 叫んだローゼンベルグは安全の為、頭を抱え込んで衝撃に備えた姿勢をとっている。メイヴァーチルは、格闘や魔法、経営などを得意とする一方、昔から機械操作については壊滅的だ。だから魔法研究所に出資し自身で魔法を発動させても、機械装置を使った魔法の基礎開発には携わっていない。


 接収され第二の人生を歩み始めた装甲車は道路を粉砕しながら疾駆する。当然ながら、この世界の道路は鉄の塊が走れる様にはできていない。それでも装甲車が走行できるのは、その悪路走破性ゆえだ。


 十分に加速の乗った装甲車は、一切ブレーキが踏まれる事なもくツヴィーテの事務所に突っ込んだ。


「うわあぁっ!?……ぶつかっちゃったね」


 頭を座席やハンドルでぶつけたメイヴァーチルは掠り傷にオートヒールが発動した。しかし、木造建築に突っ込んだ装甲車自体はびくともしていない。


「ぶつかっちゃったね、じゃないんですわァ……」


 耐衝撃姿勢を取っていたローゼンベルグは、何とか無事だった。


「えーっとね、確かこれで戻れるんだよ」


 シフトをリバースに入れ、メイヴァーチルは事務所に突っ込んだ装甲車をバックさせる。やはりここでもアクセルは全開だった。油断していたローゼンベルグは座席に後頭部をぶつけた。


「ここからが楽しいんだ、ロズ」


 メイヴァーチルは微笑んで、装甲車を停止させ、銃座に飛び乗った。齢1200歳だというのに、まるで子供の様に無邪気に、装甲車が突っ込んで大穴の空いた事務所に向けて機関銃を構える。

 ローゼンベルグはこれから何が起きるのか察知し、両手で耳を塞いだ。ついでに目も閉じてしまいたかった。

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