第68話 王国に坐す、白銀の支配者

 時は帝都壊滅から数年が経ったある日、エルマロット王国の早朝。

 冒険者ギルドのマスター、メイヴァーチルはまだ昇り切らぬ朝日の弱々しい光で目を覚ました。


 少女の様な体躯ははっきり言って華奢な部類だが、そのしなやかな肢体は引き締まり、鍛え上げられている。その肌は白磁染みて生気すら感じさせない程に白い。

 最早光を反射することのないその瞳は、炎の様なその紅蓮に反し感情一つ語らない冷ややかさを湛えていた。


 メイヴァーチルは、エルフでありながらエルマロット王国の特別永住権を持つ上級市民である。同王国の発展に尽力した者だけが受ける事の出来る移民の中で最高級の扱いだ。


 彼女は、国家を跨いで展開する組織、冒険者ギルドのマスターを務めている。他には王国武道団体の会長職、更には王国魔法研究所の開設への出資、並び所の発展、新規魔法開発に携わるなど彼女の功績は枚挙に暇がない。


 そのいずれも、種族の特性たるエルフの長い寿命が功を奏した事に起因する。


 メイヴァーチルはその白銀の様に煌々と輝く髪を結い上げ、冒険者ギルドのトレーニング・ルームへと日課をこなしに向かった。


*


 鋭い正拳が空を切り裂き、続く飛び回し蹴りが人形を打ち抜く。衝撃は確実に芯を捉えており、勢い良く飛散した人形の破片がトレーニング・ルームの内壁に突き刺さる程の威力だ。


 更に、強化鋼製のダミー人形をまるで徹甲弾の様な連打が襲う。その技の名は"群狼連撃ルーバス・ストライク"。狼の群れの狩りに喩えられる程、一切反撃の隙が存在しない猛然たる連打。

 ダミー人形がひしゃげようと知った事ではない、連打を刻み続けるメイヴァーチル。


 拳が鋼鉄を打ち抜く轟音が、静寂を侵す。


 普通ならば拳が砕けよう、足がへし折れよう。しかしそれでも、かまいたちさえ伴うメイヴァーチルのラッシュは止まる事を知らない。


「はァあッッ!!」


 裂帛の気勢と共に放たれた渾身の一撃は"金剛破砕ダイアモンド・クラッシュ"と呼ばれるメイヴァーチル必殺の一撃だ。


 文字通り金剛さえ打ち砕くその一撃を受けて、早朝のトレーニングルームに強化鋼のスクラップが一丁出来上がった。粉々になったダミー人形は最早修復不可能、取り換えや発注については当然、冒険者ギルドの経費である。


 常軌を逸した格闘攻撃による筋肉の断裂、関節への負荷など、激烈な全身運動による負担を贖うのは治癒魔法の発動だ。それによる更なる魔力消費。常人なら既に一仕事終えて丸一日を休養に充てなくてはならないような状態だが、メイヴァーチルにとっては、文字通り朝飯前の運動に過ぎなかった。


 彼女は、それだけの犠牲を払って漸く今日一を朗らかに過ごせるという確信を掴む事が出来る、力も技も限りなく研ぎ澄まされているという、自信が必要だからだ。


 毎朝のそれは、彼女の脳裡深くに刻み込まれた暴力と陵辱の記憶を振り払う為に必要な儀式だった。どんな生物でも撲殺できる力、彼女は"トラウマ"からそうした力を求めた。


 メイヴァーチルは魔法に長けたエルフとして生まれながら、絶対的な"力"に憧れた。その魔法力のほとんどを治癒、回復系の魔法の習得に充て、あとはひたすらに身体を虐め抜くという狂気染みた自己破壊の連鎖によって得た絶対的暴力。


 彼女の目論見通り、治癒魔法と格闘の相乗効果シナジーは強烈であった。治癒魔法を使う人間は戦闘時において敵の怒りを買う。故に自ずと接近戦や自衛を要求されるか、又は援護を必要とするが、彼女にとってはそこが必殺の間合だった。


 女子供の護身術と呼ぶには、余りにも常軌を逸した破壊力。事実、その優れた格闘能力は、エルフであるメイヴァーチルが冒険者ギルドのマスターとしてのし上がる事の出来た理由の一つである。


 このアルグ大陸の人間社会に於ける基盤的組織の頂点に立つエルフが何を思うかは定かではない。ただ一つ言える事は、彼女にとってリサール人もエルマ人もスラーナ人も、湧いては死んでいく虫けらに等しいということだけだ。

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