第二部 蠢く者と、冒険者ギルド

第67話 瓦礫の帝国、死に損ないの王

 永劫にも等しい時を、黒煙と蒼炎で彩られる事を約束された大地があった。かつて、リサール帝国の首都があった場所だ。"帝都跡地"では、先の戦いで積み上がった屍の山が一年を経て、灰に成り果ててなお燃え盛る。そこに生ける人間は誰一人おらず、死だけがあった。


 だが、全く動くものがいない訳ではない。

それは、漂う怨念を、肉体を失って彷徨う魂を喰らうもの。一年前に地上に現れた三体の魔神達の眷属達。今や我が物顔で地上を跋扈し、人類を駆逐するようになった魔物ども。まさに地上に顕現した魔界となったリサール帝国跡地、その地底深くに居を構える者達がいた。


*


「魔神王サマの命令通り、北部地域へ展開は完了した。耳にタコが出来る程言われた兵站線も構築済、いつでも侵攻を開始出来る」


 頭から角の生えた筋骨隆々の大男が、傅いて報告を述べる。


「ご苦労だったな、べリアル。引き続き作戦を遂行しろ」


 それは、魔力節約の為に人の姿を借りた悪徳の悪魔こと、ベリアルだった。借りているというのはまさにその通りで、山の様に積み重なった死体の中から最も強靭なものを"容器"とした。

 魔力によって思い思いの人間の姿を造り出しているベレトやアスモデウスとは違い、ベリアルは手っ取り早く、帝国特務騎士ロドリークの死体を"再利用"した。


 ベリアルの主な担当は、外回り。即ち、人類居住圏への侵略、又はその布石だ。


「次は私から。"帝都跡地"にて魔界樹の成長は順調です、速ければ今年の内には"魔石"の生産を開始できます」


 相変わらず、黒髪の少女の姿に化けているのは愛を司る悪魔、ベレトだ。

現在、地上世界の一部魔界化に向けて計画を立案し、その実行に携わっている。

前魔神王であったこの愛の悪魔こそ、この4体の魔神の頭脳と言っていい。


「それは重畳」


「私はアナタの命令通り人間に化けて王国とブランフォードで"いつもの事業"を展開しているわ。資金調達は順調よ」


 一年前、帝都を瓦礫と屍の山に変えた死闘にて、王国竜騎兵隊を率いて航空攻撃を繰り返した女王エストラーデ達と、単身死闘を繰り広げた"情欲の悪魔"アスモデウスの姿もあった。


 激しい戦闘では竜騎兵隊が空爆に用いる爆炎魔法と、アスモデウスの得意とする炎熱魔術が真っ向からぶつかった。その残滓により、ここ"帝都跡地"が人類の生存が不可能の灼熱地獄と化したのは言うまでもない。


 人間の情欲を玩ぶ事に長けた彼女は、今度は王国やブランフォード領で得意の事業を経営し始めた。現在では、乱立する風俗店の元を辿れば"あすもん商会"に行き着く程だ。

 俗にいう水商売というやつで、資金と、彼女が糧とする人の情欲を同時に得られるこのやり方をアスモデウスは得意としており、現状、彼等が地上世界で活動する為に必要な資金と魔力は、主としてアスモデウスが調達している。


「素晴らしい。ご苦労だったな、ベリアル、ベレト、アスモデウス」


 がち、がち、と金属音の拍手が鳴る。三体の魔神から報告を受けたのは黒い騎士甲冑を纏うかのような悪魔だった。瓦礫を積み上げただけの玉座に腰を下ろし、チンピラの様に足を組んでいるその甲冑の悪魔は、しかし厳然たる声音で彼等に惜しげない賞賛の言葉を贈る。


 その悪魔は、一見すると騎士甲冑を纏った人間の様にも見える。しかしそれは、よくよく注視すると砕けた騎士甲冑の残骸を取り込んだ魔神の外骨格にほかならない。真っ黒な外骨格は金属めいた硬質さを見せるも、一切の光を反射せず、闇そのものであるかの様に黒々としていた。


 頭部からまるで天をも穿つ様に聳える二本の角は、さる男の兜と酷似する。だが今は、その角が限りない暗黒のエネルギーを司るかのようにどす黒い炎を纏っている。


 真に恐ろしいのは、その兜に似た外骨格に走る亀裂。そこから覗く幾つもの瞳だった。その赤褐色の瞳は、それぞれが煉獄の炎を司る様に燃え滾り、一つ一つが奈落の底であるかの様にどこまでも深淵を映し出した。一体、騎士甲冑風の外骨格の中身に何が在るのか、部下となった魔神達にもその正体が掴めずにいる程だ。


 三体の魔神達が共通して認識した事実は一つ。この男は見込み通り魔神王と呼ぶに相応しいだけの圧倒的な力を有しているということだ。


「人類の"完全支配"に向け、順調に事は進んでいるようだな」


 死の因果を乗り越え、魔神王へと転生した男は満足そうに言った。


「魔神王様の辣腕にはこのベレト、感動さえ覚えるほどです」


「二千年近くを生きたお前が、感動?ククク……まあ、素直に誉め言葉と受け取っておこうか」


「ところで、例の件ですが」


「あァ、俺も一仕事するとしよう」


「……魔神王様が直々に赴かずとも、ベレトにお任せ下さい」


「いいや俺が行く。退屈なんだよ、ここでじっとしてるのはな」


「承知致しました、ではそのように」


 ベレトの右腕を自負するベリアルにしてみれば、つい1年前までは人間だった男を魔神王と崇めるなど癪な話だった。彼とて千年近い時を生きた魔神であり、魔界なら魔物の軍勢を率いる魔王の一人だった。それがたかが"25歳"と数年を生きた程度の存在の命令を聞いてこうべを垂れるなど出来の悪い冗談だ。


 しかしベリアルが下剋上を起こそうと思うたび、胸から腹にかけて刻まれた傷跡が疼いて仕方がない。まだ人間だった頃の魔神王に穿たれた傷だ。


 すべてはベレトの目論見通りだった。死の因果を乗り越え、生身で魔神を屠った程の男が魔神に転生したのだ。


「では早速取り掛かろうか」


 魔神王は、玉座と呼ぶのも烏滸がましい瓦礫の山から立ち上がった。かつて栄華を誇った帝都は焼き尽くされた。今その地底にあるのは、たった三体の魔神と死に損ないの魔神王の、瓦礫ばかりの帝国だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る