第27話 帰路

一頻りカズヤを痛め付けてカゼルは飽きたのか何本目になるか分からない煙草を取り出し火を付けた。


「仲間は……助けてくれ……」


カズヤは完膚なきまでに打ちのめされ、その顔は内出血で青紫に腫れ上がり、固まった血で皮膚が赤茶けている。最早ツヴィーテに似て男前だったその顔立ちの面影は無い。


「まだそんな口が聞けるとは驚いた、お前の根性に免じて考えてやろうじゃねェか」


カゼルは思い直したような顔を作ってじっとカズヤの左目と視線を合わせた後、ずかずかとマルヴォロフ達がカズヤの仲間達を陵辱する工作拠点の中に入っていった。


しばらくして陵辱の悲鳴と喘ぎの声に代わり、堰を切ったような金切り声が聞こえてきた。それから、カズヤの前にカゼルが戻ってきた。カゼルの右手に握られたダガーナイフからは鮮血が滴り落ちている。


「オラ、ちょっとだけ返してやるよ」


カゼルは血の滴る二つの肉片をカズキへ投げ付ける。それは鋭利な刃物によって切り取られたエルフの両耳であった。


「……あ……ああぁ……!!貴様ァああ!!」


カズヤは憎悪の限りにカゼルを睨んだ。どこからそんな力が出て来たのだろうか、彼に噛み付かんばかりに縄を引っ張り暴れている。


「ハァハハハ!ウハハハハ!!……いい面になって来たじゃねェか!」


カゼルは満足げに笑い始める。漸くして、カズヤが自分と同じ"目線"に立った事を祝福するように。


「畜生ォ!なんなんだお前はァ!」


叫んでから、カズヤは出血による立ち眩みか力無げに倒れ伏せる。しかし、それでもカゼルを睨み殺さんばかりの視線を投げ掛け続けていた。


「そういえば名乗ってなかったな、俺はリサール帝国特務騎士のカゼル。どんな風に殺されたか、地獄の悪鬼どもに聞いて貰うといい」


カゼルは処刑人の如く戦斧を振り上げた。

首を叩き斬られ血を噴き出すカズヤの斬首死体を想像すると、彼の心は深い安らぎを覚える。


それゆえカゼルが鮮血の飛び散る狂宴から僅かばかり引き戻されると、ポーチにしまってある水晶に連絡が来ている事に気付く。


彼は、水を差され興醒めする気持ちを抑え、左手のガントレット越しに水晶を取り出す。上官からの連絡に応答するのは最優先だからだ。


「……おいカゼル。聞こえるか?」


司令官ジェイムズの声であった。


「……オジキ、丁度良かった。今から勇者の断末魔でもお聞かせしましょうか」


カゼルは手柄を自慢するような口振りだ。


「待て、殺すな!上からの指示に変更があった。勇者は生かして連れて帰れ、いいか?」


「……抹殺って話だったでしょう。俺ァ、持ってきた斧の試し斬りがしたいんですがね」


そう言ってカゼルは難色を示した。

斧はまだ右手に握ったままで、左手のガントレット越しに水晶で通信している。


「聞こえなかったか?殺すなと言ってる」


水晶越しの通信とはいえ静かな口調で有無を言わさないジェイムズ。


「……ハッ、分かってますよ。こいつは議会に引き渡すんで」


カゼルとてそれ以上ごねるつもりはないようだ、彼は事後の流れを確認する。


「ああそうだ、召喚された過程を聞き出したいんだと。今どういう状況だ」


「ほぼ片付きました。仲間の女どもでマルヴォロフ達がお楽しみ中、俺は暇潰しに勇者を拷問してたとこです」


「……上は情報を引き出したいそうだ、遊んでないでさっさと帰ってこい。いいな?勇者は絶対に、殺すなよ」


「ええ、勿論です」


カゼルは、ジェイムズと連絡していた水晶を腰のポーチに仕舞い込む。

そして半狂乱になっているカズヤに告げる。


「残念だったなカズヤ。お前の苦痛に満ちた生はこれからだ」


陰惨な笑みを浮かべてカゼルは斧を一旦丸太に立て掛けると、腰に差してあるダガーナイフを抜いた。


*


カズヤは枷を付けられ半裸でリサールへ向かう荒野を騎馬に引き摺られていた。

灼熱の太陽が昇る荒野で、何も身に纏わなければ陽射しと焼けた砂に皮膚が焼かれるのは自明だ。


今カズヤの心を満たしているのは、絶望や恐怖等と言った人間らしい精神活動ではない。

ただ死にたくない、という生物として最も原始的な欲求だけだった。


カズヤは両足首の腱をカゼルのダガーナイフによって切断されていた。

更に治癒魔法によって傷が治癒することの敵わぬよう右手首や両足の傷口は焼き塞がれている。


そうして組織が壊死した傷口は、如何に高度な治癒魔法を行使しても完治させることは難しい。最早カズヤは、二度と満足に歩くことも、手に剣を取ることもままならないだろう。


着用者の傷が自動回復する魔法の付与されていた女神の甲冑は当然剥ぎ取られた。

カゼルに斬り掛かったフランベルジュも、その他雑品も特務騎士達に戦利品として奪い取られている。


こうした女神エルマに由来する品はリサール人では使える者がまず居ないため大した価値にはならない。しかし、カゼルはエルマ人が主催する魔女商会リサール帝国支店の大の御得意様だ。そちらで卸せばいい金額になる。


「み……水……」


先程からカズヤは掠れきった呻き声を上げ続けたいた。カゼルは何も耳に入らない様子で、馬に揺られながら遠い目をして荒野を眺めていた。外道の極みのような男だが、景色を楽しむ心は持ち合わせているようだ。


「おいカゼル、死んじまうぞ。生かして連れて帰るんだろう」


ジェラルドは熱砂にまみれ引きずられるカズヤを見やり、カゼルに告げる。


「ああ、そこの岩陰で休息するか」


カゼルは薄ら笑いを浮かべながら部下達に言い渡す。


「頼……み……ず……」


カズヤは掠れきった声を上げる。

彼は、先程国境を越える抜け道を越えて、リサール領に差し掛かかった際、カゼルの手で洗礼として地面に散々顔を擦り付けられた為、口の中まで砂まみれになり、乾き切っている。


「帝都までまだ遠い、お前等!水は大事に飲めよ」


カゼルは部下達に指示を下す。


「うめえ。ベヘモットの革で作った水袋は良いな、まだ冷えてるぜ」


「あ〜、酒が飲みてぇな」


干し肉を噛りながら特務騎士の男達は談笑する。その男はエリクの亡骸から奪い取った酒瓶を携えていた。


「酒は帰ってからにしろ」


親しいのか、その男から干し肉を受け取った男はそう返す。特務騎士達は、わざわざ拘束されて身動きの取れないカズヤの周りに来て各々水袋や水筒、携行食で喉を潤し、小腹を満たし体力を回復する。


カズヤが塗れている砂も、彼を拘束する鎖も荒野を照らす灼熱の陽光を受け、それがそのまま皮膚を焼くような熱を帯びていた。


「あ、が……」


カズヤは絶望に掠れた呻き声を上げる。


「馬に引き摺られてるだけなら楽だろ?勇者なんたら」


「帝都まで荒野引き摺り回しか、よく生きてるもんだ」


特務騎士達は口々に下衆な言葉を口にしながらも、心なしか肌が艶々としていた。

男というのは良い女を抱けば男性ホルモンが分泌され、より男らしく魅力を増すものだ。


「何をクソ意地の悪ィことやってんだ?お前等」


神妙な顔つきでカゼルはカズキの周りで休息する特務騎士達をかき分けた。


「隊長が言いますか、それ」


「水くらいくれてやれ」


そう言ってカゼルは弱り切ったカズヤの目の前に水筒を投げ出した。

カズヤは残った左手でそれを拾うと、勢いよくガブガブと嚥下し始める。


「ハハハ。ガブ飲みするとはな……油だ、そりゃ」


カゼルは、にこやかに笑っていた。


「ブッ…!オ゛エ゛ェッ!」


カズヤは口から油を吹き出した。


「まだ学習しねェのか、隊長はこういう人なんだぜ」


特務騎士達は口から油を吹き出したカズヤを見て笑い転げていた。


カゼルは、カズヤが取り落とした油の入った水筒を拾い上げる。残りをカズヤの頭からぶち撒け、有無を言わさず火付け具で点火する。


「うが あ゛ああああァ! !」


その油は、カゼル達が焼き討ちの際に用いるものである。発火性と揮発性が高く、乾燥したリサール帝国の気候であれば尚更爆発的に燃え上がるのだ。


カズヤの頭部は勢いよく燃え上がり、辺りに人間の皮膚や髪の毛が焼ける悪臭が立ち込める。


「あらカゼル、中々面白い趣向ね」


少し離れた所で休息していた炎の魔女ことアルジャーロンは目を輝かせ、足早にカズヤの惨状を見学しに来た。


「おら、水だぜ。たんと飲めよ」


カゼルは煙を巻き上げながらのたうち回るカズヤを嘲笑いながら、頭部に水を浴びせて火を消し、死なせない為口にも幾分か含ませた。


「え、もう消しちゃうの?」


「これ以上やったら死んじまうだろ?これでもこいつの事は買ってるんだ」


カズヤを襲った灼熱は概ね消し止められたが、彼の頭部や顔面は完膚なきまでに焼け爛れ、頭髪は焼け焦げ、溶解してほとんどまともには残っていない。眼球は炎熱で白濁していた。


「が……あ……」


「いかん、やり過ぎた。こいつの仲間に治癒魔法を掛けさせろ」


カゼルは誰ともなく呼び掛ける。部下の特務騎士達が一様にばつが悪そうな笑みを浮かべる中、ツヴィーテだけは憮然とした顔付きで答えた。


「無理です、あの治癒魔法が使える女も一晩中輪姦(マワ)されてましたから」


ツヴィーテは静かに、不快感を噛み殺し上官に告げる。


「そうかじゃあ、お前が治癒魔法を掛けろ」


カゼル何とも思ってもいない様子で指示をする。


「……分かりました」


ツヴィーテは踵を返してから苦虫を噛み潰したような表情を作る。それから無惨な有り様のカズヤに治癒魔法を掛け始めた。


「ふー、私も少しばかりマナを補充させてもらったよ。ありがとうねカズヤ」


アルジャーロンは頭の焼け爛れたカズヤへ心からの感謝の言葉を贈る。


「あ?マナなんか何処にも浮かんでねえぞ?」


「私は火からマナを回収出来るの、凄いでしょ」


えっへんと言わんばかりにアルジャーロンは手を腰に当ててそう言った。


「そこら中火の海にしちまえばいくらでも魔法が使えるってことか」


カゼルは即座に戦術的思考に基づいて尋ねた。アルジャーロンの事は当初始末するつもりであったし、気まぐれで雇っただけのつもりだったが、彼女の能力は予想より高い。


何よりも、アーシュライアよりも自分達寄りの性格であることが好都合だった。


「そうだよ」


きょとんとしてアルジャーロンは言ってのける。


「フフ、お前を連れてきたのは正解だったかもな」


「アーシュライアも大概だが、アイツは違う意味でヤバい……カゼルと同じ匂いがする」


マルヴォロフはアルジャーロンの危険性を見抜いていた。そして、それは的中した。


ツヴィーテは焼け焦げたぼろ雑巾のようなカズヤに、治癒魔法を掛ける。その顔には心底カゼルへの厭悪だけが浮かぶ。


*


「へー、こんな所に帝都への抜け道があるんだ」


「……」


「王国の地理に詳しいのね、カゼル」


「当然だろ。俺達はしょっちゅう潜入してるからな」


「え、そうなの?」


「占領工作をしたり反王国の団体に資金、情報の援助を行っている」


カゼルは特殊部隊の隊長にしては、良くも悪くも口が軽い男だ、些か喋りすぎる。


「……今のは聞かなかった事にしろ」



カゼル達は荒野を越え、遂に勇者抹殺改め捕縛任務を果たして帝都に帰って来た。

しかし燦々たる太陽に照らされたリサールの荒野を引き摺られて来たカズヤは半死半生の有り様であり、陵辱された仲間達も茫然自失の状態にあった。


「特務の皆様、任務お疲れ様です」


門兵はカゼルに挨拶した。

特務が主に利用している通用門、所謂裏口である。


「おう、景気はどうだ?」


「相変わらずですよ……今日は?」


「とりあえず、この焦げ肉一体と、王国の女冒険者どもだ。通行許可をくれ」


「ええ、話は聞いてますんで用意してます。しかしまた派手にやりましたね、生きてるんです?それ」


「俺からのささやかな具申だ。後から殺すなと言われてもな、現場はそうすぐ方向転換出来ねえんだよ」


「……あらら、おたくも大変ですね。どうぞお通り下さい」


「おう、……そうだ。コイツらの持ってたエルマロットの貨幣だ。換金するのが面倒だから全部やるよ」


いつも世話になっている礼のつもりなのだろう、カゼルは貨幣袋を門兵に投げ渡した。


「いつも有り難うこざいます。これで嫁と娘に良いもの食わせてやれます」


嫁、娘。即ち家族を意味する言葉だ。

不意にカゼルの記憶が呼び起こされる。

かつてカゼルには、生涯を誓った相手がいた。


その言葉を聞いてカゼルの脳裏に凄惨な光景が一瞬の光のように、それでいて昨日の事のように鮮明に蘇る。


「弱ェ奴には何も守れねェ!思い知れ帝国兵!!」


悲鳴、絶叫。そして顔を裂く激痛と街を焼く戦火。カゼルの胸を焦がすどす黒い感情は、あの殺戮の光景の中で生まれた。


門兵の言葉を聞いて不意に、カゼルは顔に傷を負った時の事を思い出してしまう。

目の前で仲間が皆惨殺され、彼の生涯を誓った相手は身動ぎ一つしなくなるまで陵辱された。かつての彼は、その光景を見せつけられていたのだ。先日のカズヤと同じように。


「……そりゃ何よりだ」


なんでもない素振りを装うも、カゼルの心はざわつき、疼痛が走り始めた顔の傷痕は不快な熱を帯び始めついた。


一方でカゼル達が帰陣する頃には、リサールに降り続いたマナを含む雨は止んでいた。

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