第26話 力無き者の末路

カゼル達は道沿いにあったエルマ人の集落から騎馬を盗んだ。乗って来た馬を停める場所が無かった為だ。

王国の巡回兵のルートや守備隊のキャンプを避けるべく、マルヴォロフが選定した裏道を通る。国境を超えてひたすら東へ、リサール帝国への帰路を盗馬に走らせる。


緑の多かった景色が次第に荒れ地が目立つようになり、やがて岩肌や砂地が増えていく。

そして砂漠へとなるに連れて空気は熱を孕み、乾燥していった。

景色の変貌につれて大気中のマナも次第に少なくなっていった。カゼル達は鬱陶しそうに外套とマスクを剥ぎ取る。


「……皆好きだな。俺もエルフは嫌いじゃねェがよ」


ザルバックは少し呆れた様子で相棒のロドリークに話しかけた。彼は茶髪を男にしては長く伸ばしている。一見すると帝国軍人には見えない程、優男めいた顔立ちが特徴だ。


体格的にも小柄で、背丈は180cm半ば程。ツヴィーテやマルヴォロフ等よりやや高い程度だ。


変装用の甲冑で着痩せして痩身に見えるが、彼の肉体はとことん鍛え込まれており、余計な贅肉がほとんど付いていなかった。

摂生に気を遣いながら、昼夜問わず鍛練を積んでいるのだ。


他の黒鎧こと特務騎士達は、概ね制式支給された鋼鉄製の剣を腰に差している。彼は自前のサーベルを腰に差していた、帝国騎士時代から愛用しており、最も手に馴染むのだという。


「お前は興味ねえのか?」


ザルバックは続けて尋ねた。相棒のロドリークはむしゃむしゃと干した蠍の肉を囓っているが、決して美味そうにはしていない。


「俺は乱痴気騒ぎに興味はない」


ロドリークは座したまま、退屈そうに言った。彼はザルバックとは対照的に非常に筋肉質な体つきであり、ずんぐりとしている。

背丈は190cmを上回る隊長のカゼルと並ぶほどの大男だが、いつも人を挑発するのに喧しい彼と違って寡黙である。


背にはラウンドシールドを、腰には重厚な鎚矛を差している。典型的なリサール人の戦士という風情だ。


二人は帝国騎士から選抜された叩き上げであり、二人が二人とも一風変わっている。ザルバックについてはその長髪と優男めいた軽薄な振る舞い、ロドリークについては今日日珍しい武人気質なところがある。


ロドリークはがしゃり、と甲冑を鳴らして座り直し別の保存食を齧る。今度は包装が新しかった。帝国で最近流通し始めた干し果物、これは携行食としては当たりだ。


しかし、ロドリークはその果物をザルバックに投げ渡した。彼はカゼルの武力を尊敬している、だからこそ上官に刃向かったアーシュライアを快く思っていない。


そのアーシュライア達に因ってもたらされた恩恵を享受する事は、彼の上官へのリスペクトにとって曇りとなる。


「じゃあ俺に敬礼する心の準備でもしとけよ」


ザルバックは投げ渡された干し果物を左手で摘まみ、口に含んだ。実に美味しそうに顔を綻ばせる。


「……お前にか」


ロドリークは保存食を齧るのを止めて顔を向けた。


「カゼルは強ェ、それは認める。だがあいつは完全に頭のネジが飛んじまってる。今回だってただの勇者の抹殺任務なのに、わざわざ生かして拷問してるんだぜ」


ザルバックは紫煙を吐き出しながら呆れた様子で愚痴っている。


「……あの人は心に魔物を飼っている、だから強い」


ロドリークは強者こそ正義という信条に従う根っからの帝国軍人だ。魔物とは上官のその心の裡にある残虐性と類い稀な戦闘能力から、黒い狼と呼ばれている事を指しているのだろう。


「……俺が隊長なら仕事はとっとと片付けて、次の仕事行くなり、休むなりするぜ。その方が効率イイだろ」


ザルバックはややこしい比喩は無視し、合理的な自説を述べる。一見すると二人は何故つるんでいるのか不思議だが、人は自分が持っていないものを持つ人間に惹かれるものである。


「一理あるが、俺達が手こずったあの水の魔女すら返り討ちになったんだ、やめておけ」


「……あいつはエルマ人の魔法使いだろ、俺は帝国騎士として白黒付けてやるってんだ」


そう言って、ザルバックは指に付着した果糖を舐め、カゼルと同じ銘柄の煙草に火を付けた。


*


「……離せ!」


「よし皆、お楽しみといこうぜ」


マルヴォロフは大袈裟な手振りと共に、部下達へ向き直った。


「さすがマルヴォロフさん!」


特務騎士の部下達は待ち兼ねていたように喝采する。


「ハハハ、どう思う?勇者様よォ。俺は亜人を犯るなんざ死んでも御免だが」


カゼルは、同期のマルヴォロフとは微妙に性癖が異なる。彼は亜人を徹底的に非人間、二本足の狩猟資源として見なしている。


相手の人格を否定し、欲望を押し付ける事が陵辱。それは"人間"に対して行うことだと考えていた。


「おい……やめ、させろ!」


鎧を剥ぎ取られ、下地にズボンのみとなったカズヤ。


まだ心は折れていないのだろうか、カズヤは絞り出すようにカゼルを怒鳴る。

先程まで彼は、アルジャーロンの火炎魔法やボウガンの一斉掃射で死に瀕していた。


ツヴィーテの治癒魔法で無理やりに回復させられたとは言え、肉体にはかなりのストレス、疲労が負担されている。

それを感じさせない剣幕であったが、カゼルはさも五月蝿そうに顔をしかめる。


「げうッ……!」


カゼルは拳で応答した。タトゥーに彩られた右腕の手首までカズヤの腹にめり込んでいた。


「隊長、本当によろしいんですか?」


特務騎士の部下の一人は上官を気遣ってか、半裸にされ涙目になっているカズヤの仲間のエルフの首根っこを掴み、カゼルの方へ向かせる。絶望しきったその表情は、彼等の嗜虐心を刺激するだけだった。


「気遣い無用。俺はお前等の楽しみをよりエモーショナルにするお手伝いだ」


要するに、カズヤに仲間が陵辱されるのを見せ付ける方が彼は愉しいという事だった。


それではお待ちかね、と言った様子でマルヴォロフを筆頭に特務騎士達は捕らえたカズヤの仲間のエルフ達を衣服を剥ぎ取り、陵辱し始めた。


彼等は、性欲の発散と言うより、高慢なエルフの女を蹂躙する事を楽しんでいた。

膣を抉っていると言ってもいい、自らが快楽を貪るためだけに腰を振り、己の剛直を叩き付ける。彼女達は猛獣の檻に投げ込まれた霜降り肉同然に貪られるのみとなる。


狂宴の中でカゼルは、部下に陵辱されるエルフの女達には見向きもせず、いそいそとカズヤを縄で縛り上げていた。


カズヤの仲間の一人が、耐え難い苦痛に掠れた悲鳴を漏らす。


「あぐっ……カズヤ……助けっ……!」


エルフの弓手の女は、涙ながらにカズヤに助けを求めていた。


「ハハハハ!ああ言ってるぜ?勇者様よォ!」


カゼルは、我が世の春が来たと言わんばかりにけたたましく笑う。


「やめろ!やめさせろ!」


カズヤは悲痛に叫んだが、カゼルの哄笑は増すばかりであった。


憎悪、絶望、怒り。無力感。それ等はやがて人の精神を破壊する。


ジェイムズがカゼルを特務騎士の部隊長として抜擢する際、下駄を吐かせるため無理に推薦した帝国軍士官学校では首席卒業とまでは行かずとも、彼はトップ3に入る成績だった。


腐っても帝国貴族ブランフォード家の出身だ、次代の将として英才教育を受けて来た彼には少なからず素養があった。


特に戦闘訓練や剣術、戦術など直接実戦に関わる分野では他の追随を許さなかった。

一方で協調性に欠け、気に入らない同期学生に平気で暴力による"私刑"を加え病院送りにしていた。そうした気性の荒さや人格の歪みは、当然修了成績の内申に響く。


やはりそこでも目立ったのは素行の悪さ。悪辣な精神に基づくサディスティックな思考回路。


カゼルは他人を痛め付けたり、陥れる事に関して天性の物を持っており、攻撃性の高さも他のリサール人とは比べ物にならない。


カゼルは、縛り上げたカズヤの体を持ち上げ、工作拠点の入り口から外に放り出した。


これからカゼルが行うのは形だけの尋問。

既に王国に召喚される勇者については帝国議会から情報開示を受け概要は把握している。


彼は、女神の加護を受けなければ戦場にも立てぬ弱者には微塵程の興味もなかった。


基本的には、勇者を呼び出せば凶悪なリサール帝国軍に対抗できる。そんな愚劣な妄想を信じるエルマロット王国の兵士や市民達への見せしめとする事が目的だった。


今回の勇者抹殺任務は、王女エーリカ奪還の予防だけでなく、破壊工作及び王国軍の士気を下げるプロパガンダも兼ねている。


王国民の希望として余所の世界から召喚された勇者たらを、滅多刺しにして王国の街道沿いにでも吊しておけばさぞ愉快だろう。


カゼルは胸に滾るどす黒い感情を露にするように歪んだ笑みを浮かべた。夜の闇がその表情の邪悪さを増幅させている事に違いはない。


「俺たちはただの冒険者だ!勇者なんか知らない、人違いだ!」


カズヤは必死に叫ぶ。実際に生死が掛かっているのだから、自分が勇者ではないという嘘に白々しさが沸いていなかった、それはそれで中々心得たものである。


カゼルは容赦なくカズヤの顔面に前蹴りを放った。足甲の蹴りは、篭った音を立ててカズヤの鼻骨を砕く。カズヤは鼻から血を噴き出した。


「ぐっ……!」


「テメェの素性は割れてる、知ってるか?お前がギルドで受けた依頼なんてどこにも存在しないんだぜ」


「……!?」


カズヤは努めて狼狽した内心を隠し通そうとする。


「ギルドにピンハネされた報酬で女神の加護付きの鎧なんか買える訳ねェだろ」


カゼルもかつて、帝国市街にあった傭兵ギルドに所属していただけあって、概ねの内情には明るいようだ。


「……こ、これは貰ったんだ」


「あァ女神"サマ"に、だろ?」


カゼルは邪悪そのものと言った声音で詰問する。


「なんで……」


「前にも似たようなのが居たのさ」


「お、お前等こそ何者なんだ!なんでこんなことをする!?」


カズヤは咄嗟に質問を返す。絶望的な状況であったが、せめてもの抵抗に時間を稼ぎ、相手の情報を引き出そうとする。


「いい質問だ、俺達はテメェをぶち殺すために派遣されてきたリサール帝国軍の特務部隊だ」


案外してカゼルはすんなり答えた。

秘密部隊である以上自分から所属を明かすことはまず無い。まさしく冥土の土産というやつである。


「な……なんで俺を……?」


「テメェはアバズレ女神が手ずから召喚した別世界の人間、妙な装備や魔法だのを授かってる。目的は拉致されたエーリカ姫を奪還すること」


カゼルは、微妙にカズヤの質問には答えていない。カズヤが女神エルマから頼まれた内容、召喚された理由をまるで盗聴していたかの如く正確に述べた。


「……」


そもそも、女神とこいつ等がグルなんじゃないのか?しかしそんなことをしてエルマに何のメリットが……


カズヤは痛みを堪え、疑念がかった思考をフル回転させる。どうすれば助かる?どうすればいい。


「おう、下手な言い訳はしなくていいぜ。たとえ人違いでもキッチリ消してやるからよ」


カゼルは機械のように、そして無情に死を告げる。


「ま、待てよ!こんなことしてただで済むと思うか!?」


カズヤは何も思い浮かばず、咄嗟に思い付いた言葉を叫んだ。


「心配するな、勇者だの冒険者だのがどんな死に様を迎えようが国もギルドもいちいち関知しねェからよ」


「そ、そんな訳あるか!戦争になるぞ!」


否定するカズヤに被せるようにカゼルはトーンを増して続けた。


「冒険者だ傭兵だなんてのはいくらでも替えの効く"消耗品"だ。だからギルドへの登録はその場で出来る。身分証明も必要ねェ、どうせ軍や商会の下請けの仕事しかねェからな」


カゼルはそこまで言ってから、懐から取り出した煙草に火を灯す。深く吸い込んだ紫煙を吐き出し話を続ける。


「更に言えば、リサール・エルマロット間の和平条約に冒険者や傭兵への攻撃禁止なんて条文はない。正規軍じゃねェからな。ま、俺等は正規軍でも殺すがな」


カゼルは紫煙を含みながらふぅ、と一息を付く。


「嘘だ!そんな……」


カゼルは否定も肯定もせずただ嘲笑う。

カズヤにとって不快な事実を羅列するのが目的であり、異世界人とコミュニケーションを取るつもりは毛頭無いのだ。

一方で魔女商会から購入した異世界産の煙草は愛煙している。


「嘘だ……お前に何でそんな事が言える!」


カズヤは、まさか敵からこうも詳しく冒険者の待遇について教授されるとは思いもしなかった。彼に知る由も無いがカゼルもかつて貴族の実家を出奔した後、帝国軍の傭兵に身をやつしていた時期がある。


骨身に滲みて理解しているのだ。

搾取される立場にある苦痛、無力感、そして屈辱感。カゼルは他人にそれを味わせることで落伍した己の劣等感を和らげている、ねじ曲がった悪辣な精神に似合わぬ無双の腕力と卓越した戦闘技術。実体化した悪夢のような男だった。


「何故って、仮想敵国の政治体制、宗教、歴史、言語、文化については知っておかなくてはなるまい」


「……」


カズヤは敵ながら恐れ入る思いだった。苛烈にして強靭無比な闘い振りから戦士一筋の男だという先入観があったが、この男は他国の社会の成り立ちや政治にも精通しているのだと言う。


「まあ、お前には同情するぜ。いきなり呼び出されてコキ使われた挙げ句、俺等みたいなのに狙われるなんて全く哀れだな」


カゼルは誰が聞いても口だけと分かる同情を投げ掛け、せせら笑う。


「わ、分かった、今回でもう懲りた!帝国には手出ししない。見逃してくれ!頼む」


カズヤは女神から装備や魔法を援助されているとは言え、勇者としては駆け出しも駆け出しである。ただリサール帝国の敵を闇に葬る。それのみに特化したカゼル達に現時点で勝てる可能性はほとんど無い。


「低能は遅かれ早かれ食い物にされるだけだ、観念して死んどけ」


カゼルはまだ朗らかに笑っていた。


「ま、待ってくれ、俺は女神から召喚されたんだ!エーリカ姫を救っ……」


カゼルの放つ蹴りが無情にもカズヤの言葉を遮った。それなりに加減したようだったが血が飛散し、じわりと内出血の痣が浮かび上がる。


「ハハハ!自分の命も、仲間一人さえ救えねェのに囚われのお姫様を救うだ?面白ェ奴だなテメェ!」


カゼルは愉快痛快と嘲りに満ちた笑い声を上げる。


「うぐ……ゥ……」


先の用心棒程ではないが、大柄なカゼルの一撃一撃は相当に重い。カズヤは不屈の精神でその衝撃と苦痛に耐えていたが、今ので完全に右目が腫れ塞がった。


まだ見える左目でカゼルを見上げると、兜から覗く彼の瞳には一切の慈悲は篭っていない。人間らしい感情はまるで感じ取れなかった。


少し静かになると、工作拠点の方からカズヤの仲間の女達の悲鳴が聞こえてきた。


「こんなことして、何になるんだ……?」


カズヤの嘆願を聞いてカゼルは尚冷酷に嘲笑う。他人の苦痛が心底愉しくてしょうがないのだろう。


「俺のライフワークだ。お前みたいな勘違いヤローをいたぶり殺すのも、調子くれたエルマ人をブチのめすのも、亜人(ゴミ)掃除も楽しくて仕方がねェ」


カゼルは我が意を得たりという表情を浮かべ、禍々しいタトゥーに彩られた腕を組みそう言った。


「い、イカれてる……」


「俺達は軍隊だ。イカれてない軍隊なんてどこに居る?」


組んだ腕を広げカゼルはそう言った。

彼に開き直っているつもりは微塵も無い、カゼルは性根っからそう考えているのだ。


一方で、資金集めにも余念は無い。略奪した物資や資金で兵力を強化し、また新たな犠牲者相手に戦を仕掛ける。その優れた機動力と潜入能力を存分に発揮し、アルグ大陸を跋扈する。そうして世界の各地に暮らす者に死と破壊と絶望に彩られた悲劇を撒き散らすのだ。


「何が軍隊……!やってる事は盗賊以下だ!」


「……もう少し面白い答えが欲しいとこだったな。お前の仲間の悲鳴の方が聞き応えがある」


カゼルはニヤニヤしながらわざとらしく耳に手を添えその悲鳴を心より楽しんだ。その悲痛な喘ぎを聞いて、激昂したカズヤは縛り付けられた縄を引き千切らんばかりに始める。


「彼女達は関係ない!止めさせろ!!」


カゼルはそれを聞いて地面に転がっていた棒切れを拾い上げると、カズヤの頭を思い切り殴り付けた。


「止め"させろ"?……お前、自分の立場分かってるか?」


続けてカゼルは、カズヤの血の付着した棒切れの先端で喉仏を突いた。鳩尾などと同様、人体で鍛えようの無い急所の一つだ。


「ぐふッ、がッ……ゲホッ!」


カズヤは血の混じった唾液を吐き出し、嗚咽を漏らす。


「部下からオモチャを取り上げんのは、上官として忍びねェだろ?」


カゼルは端材を持っていない左手で首の後ろをぽりぽりと掻き、笑ってそんなことを言った。実に爽やかな物言いで、いかにも自分は部下思いだとでも言いたげだった。


カズヤは苦しそうに咳き込み、顔は血まみれだ。一縷の望みを賭けて言葉を続ける。


「……そ、そうだ交渉しよう!なぁ、聞いてくれ」


「負け犬は黙って地に這いつくばってろ」


カゼルは端材でカズヤの顔を横払いに殴り付け、縛られたままのカズヤは地面に転倒する。


撲殺する訳でもなければ気絶にも至らない。ただ殴られる痛みと恐怖を伝える為の暴力。絶妙な力加減だった。だが、カズヤは不屈の精神を持ってカゼルの拷問に抗う。ここで自分が諦めたら仲間達はなぶり殺しにされるのみだ。


「ゲホ……!お、お前達にも利がある、リサール人は皆呪われてるんだろ……?俺がエルマ様に頼んで、呪いを解いてもらうように頼むよ。それでリサール人もおとなしくなるって、説得する」


カズヤは必死に言葉を紡いだ。話し合いが通じるような相手ではないが、今のカズヤにはこれしか手がない。


「……何?」


カゼルは少し興味を惹かれたように、暴行の手を止め耳を傾けた。確かに女神エルマが掛けたリサール人への呪いは、リサール人に甚大な被害を与えている。


魔法使いとの戦闘ではカゼル達は魔法攻撃をかわす事に躍起になっている。当たれば魔法のエネルギーによる傷に加えて、マナ傷を併発し致命的な傷害を負うからだ。


そして事実上、マナの浮遊する地域ではガスマスクや防護外套無しでは立ち入れない。

それがどれだけ不便であるかは、先日まで王国に潜入していたカゼル達はよく知っている。


「だから……頼む、彼女達は助けてくれ!そうしてくれたら、俺はエルマ様を説得する!」


カズヤは必死に叫んだ。

カゼルはわざとらしく少し考えるような素振りを見せてから、カズヤの真意を見抜きこう言った。


「そんなに仲間を助けたきゃ自分で助けてみろよ」


特務部隊として尋問や諜報の訓練を受けたカゼルが交渉に応じる筈は無かった。

何より、たとえカゼルでなくてもリサール人相手に武力に因らない交渉は基本的に有り得ない。


カゼルは端材を思い切り振り下ろす。

カズヤの脳天を真っ直ぐに打ち据えると、その一撃で端材の方が叩き折られ、血と共に木片が砕け散る。


凄惨なリンチに飽き足らず、カゼルは背負っていた斧の柄を握る。カズヤを蹴り飛ばして肩を踏み付け、右腕を固定した。


カゼルはカズヤの右手を目掛けて一直線に斧を振り下ろした。肉厚の刃はごすんと音を立てて地面に食い込み、見る見る内に地面に夥しい鮮血が流れ出す。


「うわあ゛あ あ ァッ!!?」


カズヤの喉から凄絶な悲鳴が迸る。彼の右手首は重厚な戦斧の刃に薪割りよろしくへし折られ切断された。


手首がスパークするような凄まじい激痛がカズヤを襲う。先程からカゼルの説得を試みていたが、最早それどころではなくなった。


「その右手と共によく覚えておけ。リサール人が大人しくなるだ?そんなことは未来永劫有り得ん」


カゼルは、血を噴き出しながらのたうち回っているカズヤの後頭部を掴み、顔面から地面に叩き付けた。カズヤはくぐもった悲鳴を上げる。


「……お前の居た世界じゃどうだか知らんが、ここじゃ弱者の言葉は何の意味も持たん」


カゼルはカズヤの頭を掴む手と語気を緩め、やや穏やかな口調になる。


「この世界のルールが理解できたかな?勇者クン」


「……良く……分かったよ……お前がどうしようもないクズだってことがな……!」


カズヤは自棄っぱちに叫んだ。


「……薄汚ねえ異人の猿が、知ったような口聞くんじゃねェよ!」


カゼルは頭を踏みつけ、もう一度カズヤのその顔を地面に叩き付けた。今回の任務にはかなり余裕がある、徹底的に心をへし折ってから抹殺するつもりなのだ。

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