第25話 炎の魔女

「……その程度の腕で俺に向かってくる辺り、確かに"冒険"者だな」


カゼルはカズヤ達に皮肉を込めて言い放つ、甲冑を破壊出来なかった事に苛立ったのだろう。カゼルは外套をたなびかせ再びカズヤに襲い掛かる。


カゼルが戦斧を振りかぶり、カズヤは咄嗟にフランベルジュをそちらに構える、直ぐ様鍛冶場さながらの火花が飛び散った。

カゼルの一撃のあまりの重さに、カズヤは大きく仰け反った、後退しながら足の踏み場を探す。足元の地面は木の根や落ち葉が降り積もっており、全く不安定である。


カゼルはその隙に左脇へ戦斧を構え直し、体勢を崩したカズヤの胴を狙った。腰を捻り、両手で力一杯戦斧をぶん回す。再び耳をつんざくような金属の激突音。

凄まじい火花が飛び散り、カズヤの仲間のエルフは耳を抑えてさえいた。


もし、カズヤの纏っている甲冑が女神から授かった特別製ではなく、一般的に流通している甲冑であったなら、既にカズヤは腹から臓物を撒き散らすか、下手をすれば腰から上を分断されていただろう。


カゼルが放った渾身の一撃は、身に纏う女神の甲冑越しでも、カズヤにまるで内臓を抉り取られたかと錯覚するような衝撃を伝える。


「……ぐうッ!?」


カズヤはトラックにはねられた時と同じように、横っ飛びに吹き飛ばされる。約2秒程、余りの勢いに空中で身動きが取れず、樹木に叩き付けられるまでその軌道は地面と平行だった。今の彼の体重は、女神から授かった剣や甲冑も加味すれば80kgを下らないにも関わらず、だ。


「いい鎧着てんじゃねェーか。こんだけブチ込んで壊せねェって事はアルグ鋼製だな」


カゼルは、破壊に絶対の自信があった。たとえ鋼鉄の鎧であろうと着用者ごと粉砕する。彼は初めからそういうつもりで得物を振るっている。自分が壊せないなら、逆説的にそれは最高硬度の材質で作られた鎧であると判断したのだ。


「ゲホッ……!なんなんだ、お前は……!」


なんとかカズヤは立ち上がる。


「カズヤ様!」


治癒魔法による援護だ。

カズヤの傷は瞬く間に塞がり始める。


「止まれ化け物!」


エルフの弓手はカゼル目掛けて弓を引き絞り、矢を放った。


カゼルは闘牛よろしく兜の角で、矢をはたき落とした。当然そうした用途の為の角ではなく、ただの装飾だ。何故わざわざ頭で弾き飛ばしたかというと、矢の発射された音や方向から射手の位置に概ね見当を付け、攻撃態勢に入っているからだ。


「邪魔すんじゃねェよ、亜人(ゴミ)が」


カゼルは左手に持っていたダガーを思い切り投げ付け、次に素早く仕込みボウガンを手に取った。滅多矢鱈の当てずっぽうで概ねの位置へボウガンを乱射する。


エルフの弓手は、動体視力が優れているのか、その投擲されたダガーから身をかわす。一直線に飛んだダガーは月光を反射しながら弓手の背後の樹木へ深々と突き刺さる。


勇者の仲間達は弓矢と魔法でカゼルを狙撃するが、カゼルはステップを踏むように軽やかに身をかわす。その隙を狙ってカズヤは乾坤一擲の想いで神剣を発動させた。


「フランベル……」


だが、カズヤが発動させる前に、弦が強く弾ける音が響いた。心得たもので、カゼルは大気中のマナがフランベルジュに共鳴し始めたのを見るや、即座にボウガンで矢を放った。


カズヤの右腕には激痛が走り、まるで言うことを効かなくなった。カズヤは握っていたフランベルジュを取り落としてしまう。


「どうした、女神の剣を使わねェのか?」


「くそっ!」


カズヤは、フランベルジュを左手に握り直す。


「援護するわ」


アルジャーロンはどちらにでもなく叫んだ。

しかし、アルジャーロンがカゼルに襲われているとばかり思っているカズヤ達は、言葉通り自分達に対する援護だと思い込んでしまった。


カゼルは獣染みた身のこなしで、カズヤ達の攻撃魔法やカズヤの剣による攻撃を難なくかわし続ける。隙あらば前衛のカズヤに一撃を見舞い、後衛二人の魔法の詠唱に対して悉くボウガンを射撃して妨害する。


たった一人でカゼルは四人を相手に大立回りしていた。


それはカズヤ達四人が対人間相手の戦いに慣れていないせいもあるが、それでもカゼルの戦闘能力は凄まじいものがあった。


カゼルは深追いはせず、常に周囲からの魔法攻撃を警戒し、自身の間合いにカズヤを捉えその強烈な一撃を叩き込み続けていたが、それでも、今のところ治癒魔法と鎧の自動回復による手厚い援護を受けているカズヤを仕留め切るには至らなかった。


ここがもしリサールの荒野であったならば、カズヤの仲間の魔法使い達はとっくにマナ切れを起こし、エリク同様仲良く頭蓋に鋼鉄を叩き込まれているところだ。

しかし、ここはエルマロット本国の森林。大気中にマナはいくらでも浮遊している。


「む」


カゼルはカズヤが振り回すフランベルジュを受けてしまった。戦斧には刃こぼれが走る。

彼等特務騎士が用いる武具は決してヤワな造りではない。ある時、カゼルがとある現場に於ける証拠隠滅の為に、武器を破壊しようと思ってもそれは相当に苦労する程だった。

得物の強度はカズヤのフランベルジュの方が優るということだ。


「皆!逃げ……」


「カズヤ様を置いてはいけません!」


アルジャーロンの両腕に火の粉のような赤く明滅するマナが集中していく。


「逃げられると思ってるのかしら」


底冷えするような声音でアルジャーロンが言った。アルジャーロンの魔法詠唱が終わったことを察知したカゼルは、懐から手に持てるだけ投げナイフ取り出してカズヤ達に投げ付け、動きを牽制する。

カゼルの放った投げナイフは、先程のダガーと同じく月光を反射しながら飛んでいく。殺気に凝った大気を切り裂きながら、まるで吸い込まれるようにカズヤ達に突き刺さった。


そうして彼等の動きを止めたあとは、一目散に後退するカゼル。一旦カズヤ達から距離を取った。


「ヘルフレイムシャッター!」


詠唱を終えたアルジャーロンの手にマナが集中し、勢いよく火炎が迸る。


指向性を持った炎は、カズヤ達の退路を塞ぐようにかつ彼等を囲むように燃え盛る。丁度カゼルが立っていた辺りからカズヤ達四人をしっかりと内に納め、円形に火柱が燃え盛った。続けてアルジャーロンは次の魔法の詠唱に入った。


「なっ!?なんで俺達に……!?」


「よし。お前等ァ、殺れ!」


すかさずカゼルは、ボウガンを構えながらマルヴォロフ達に号令を掛けた。

アルジャーロンを交えた即席の連携だったが、戦闘に熟達した特務騎士達は即座に囮役兼隊長のカゼルの意図を汲み取った。


「射て!」


待ち構えていたマルヴォロフ達は茂みから一斉に立ち上がりボウガンの引き金を引く。

カゼルも彼等から放れた位置で、ボウガンの速射を行った。


マルヴォロフ達が炎の中に揺らめく人影を狙って射撃しているのに対し、カゼルは小型の仕込みボウガンを左手のみで構え、発射し、即座に矢をつがえ、発射。それを繰り返す。


夜の森林の中にボウガンの弦が弾ける音と、炎の燃え盛る轟音が響き渡る。

炎の壁に囚われ逃げ場のないカズキ達に、雨霰と放たれた矢は次々と突き刺さっていく。


「もう十分だな」


だめ押しのを矢つがえ、ボウガンを構えていた特務騎士達をマルヴォロフは制止する。

しかし彼の統率下ではなく、カゼルの統率下にあったアルジャーロンは、マルヴォロフ達の放った矢を見て、自身も追撃を加えようとしていたのだ。


「私も、ヘルフレイム・アロー!」


アルジャーロンは炎で矢を形作り、マルヴォロフ達がボウガンで放つのと同じように炎の障壁の中にいるカズヤ達に発射した。


彼女の放った炎の矢は着弾と同時に、カズヤ達を囲む炎の火柱と相乗し、爆発的に灼熱を帯びて燃え上がった。


ヘルフレイム・アロー、それは、ただ炎を矢の形にして飛ばしているのではない。

炎属性のマナを手元で操り圧縮。それに小さな火を灯してから矢の形にし、高圧のマナを掛けて発射している。


着弾の衝撃で、アルジャーロンの操る炎属性のマナは一気に着弾点に飛び散り、爆発的に燃え上がる。魔法は本人の意図や能力によって効果を調整できるが、これは相当にえげつない魔法攻撃と言える。


カズヤ達は今は完全に炎の中でのたうち回っている。大火が一気に夜の闇を照らし出す。


「おいカゼル!その女を止めろ!」


マルヴォロフは焦った様子で声を上げた。

当然である、マルヴォロフ達は女を生け捕りにするつもりなのだ。


「こいつはスゲェ、一網打尽だなァ!」


そんなマルヴォロフの言葉もカゼルの耳に届かなかった。彼はアルジャーロンの放った火炎魔法の凄まじい破壊力を目にし、心からの賞賛を口にする。


炎の魔女手ずから巻き起こした灼熱の炎を、カゼルは純粋な憧れに満ちた眼差しで眺めていた。


最高だ。この女の魔法があれば、いくらでも敵や敵の拠点も焼き尽くせるではないか。

いちいち火薬や油を補給する必要ない、マナさえ補充してやれば、こいつはどこでも大火を巻き起こせる。

なんと素晴らしいことか。


それはリサール人なら誰しもが抱く、絶対的な力への憧憬だった。しばらくして、カゼルは思い出したようにアルジャーロンに指示を出す。


「いかん……もういいぞアルジャーロン。火は消せるか?」


「分かったわ」


アルジャーロンは二度の火炎魔法によって相乗した大火を消し止めにかかる。魔法により発生した炎は彼女がマナの供給を止めるとその勢いは加速度的に弱まっていく。


アルジャーロンは更に、その残り火や燃え移った炎からマナを回収し始める。

すると燃え広がった火は次第に鎮火していき、消し止められた。彼女は炎の魔女の名に恥じず、火炎を自由自在に操っていることが窺い知れる。

そして、己の放った炎からマナを回収出来るということはそれだけ火炎魔法を使った戦闘に長けており、継続戦力があると言うことでもある。


「う……ぐ……」


これ程壮絶な魔法攻撃を受けて尚、その女神の甲冑に付与された加護は発動していた。さすがに全身の大火傷に対して自動回復が間に合っておらず、カズヤは身動きも取れず倒れ伏し、呻き声を上げていた。


「おー、まだ生きてんのか。流石勇者様だな」


言いながらカゼルは甲冑で判別し、皮膚まで焼け焦げたカズヤを踏みつけた。


「まともに息があるのはこの女だけです。後は半死半生ですね」


ツヴィーテはほぼ死体の有り様であるカズヤの仲間の四人を確認する。


「レジストしてるー、スゴーい。もう少し強火でも良かったかな?」


アルジャーロンは頭に手を当てて、自分の不手際を恥じるような素振りを見せる。


「よしツヴィーテ、その女に治癒魔法をかけろ」


カゼルはいつものように指示を下す。


「……はい」


ツヴィーテはかなり感情を押し殺した様子で魔法による治療を始めた。カゼルの直属の部下で魔法による治癒を行えるのはスラーナ人の彼だけである。


「とどめ刺さないの?」


けろりとしたアルジャーロンの手元には小さな火炎が燃え盛っている。


「まぁ待てアルジャーロン。お前らよくやった!この女どもはお前らの好きにしていいぞ!」


カゼルは盛大な手振りと共に部下達へそう宣言した。それから焼け焦げ、力無く横たわる勇者の仲間の女達の見て、本人は白々しくハッとした顔を作る。


「隊長……」


「……ほぼ死にかけじゃないですか、どうしろっていうんです?」


「これじゃ取り合いになりますよ」


「すまん」


特務騎士達は口々に不満を述べる。

カゼルは左手で頭をぽりぽりと掻いてはにかむような表情を作る。


「やりすぎなんだよテメェ等!女は生け捕りにすると言っただろうが!」


一方、マルヴォロフは凄まじい剣幕でカゼルを怒鳴り付ける。


「うるせェな。エルフの一匹二匹くらいその辺から拐ってくればすぐだろうが」


カゼルは逆切れ気味に返答する。


「そんな暇があるか!俺達の楽しみを台無しにしやがって」


いつになくマルヴォロフは熱くなっていた。

司令官から指揮を任されていたにも関わらず、結局カゼルが滅茶苦茶な真似をしたのだから当然である。


「悪かったな。あれだ、熱消毒だよ」


「何?ふざけんじゃねェぞ」


憮然とした態度を崩さないカゼルに、マルヴォロフは最早掴み掛かる勢いだった。

生け捕りに失敗した事よりも、自身の作戦を台無しにされた事に憤っている。


「大丈夫、その生き残ってる女はハイプリーストと言って、蘇生魔法が使えるの。完全に息の根が止まっていなければ、その女が蘇生出来るわ」


アルジャーロンはマルヴォロフへ静かに告げる。彼女がカゼルに話し掛ける時とは些か態度が異なった。


「なに?」


「ほう、それは本当か?」


カゼルは生き残った白衣の女にずかずかと歩み寄っていく。


「あ……いや……来な……いで……」


ツヴィーテが応急処置を行っているが、カゼルが近付いた途端彼女は尋常ではなく怯えた様子になる。


「おいお前、仲間を助けたいか」


そんな様子を気にも留めず、カゼルはずいと視線を合わせた。戦闘は終結したにも関わらず完全に瞳孔が開き血走っている。およそ人間の目付きとは思えぬ程鋭く、凶悪な紅い輝きを帯びていた。


「……助け……たい……です」


「よォし、お前の傷が治ったら仲間に蘇生魔法をかけるんだ。いいな?」


柔らかながら、有無を言わさない語調だった。


「分かりました……あの……私達の……敗けです……助けて、下さい……」


「ああ、いいぜ。"俺は"お前等に用はねェからな」


カゼルは穏やかな声でそう言った。


「……」


マルヴォロフはまだ不満そうだったが、結果的に生け捕りに成功した事に満足する部下達の様子を見て一つ堪える事にしたようだ。


「魔法ってのは便利なもんだなァ」


「隊長、その女の始末はどうするんです?」


アルジャーロンを不審げに睨む特務騎士の中でも一際長髪で痩身の男、ザルバック。カゼルの一期後に入隊した彼は特務の中でも古株の部類であり、その実力は相棒のロドリークと並んでカゼルに匹敵する程だ。彼等二人はカゼルのひたすらに力を求める姿勢に共感して特務に所属している。


「始末するなら速い方がいいでしょう」


ザルバックに続いてもう一人、相棒のロドリークもアルジャーロンをじろりと睨みながら歩を進める。


アーシュライアの一件もあり、特務騎士達は魔女と言うだけでかなり神経質になっていた。また野卑なやり口に対して反旗を翻すのではないかと警戒しているのだ。


「えーやだ、カゼルぅ部下が怖いよー」


アルジャーロンは先程の容赦無い火炎攻撃を放っていた時の残忍な微笑をおくびにも出さず、か弱い乙女を演じてカゼルの陰に隠れ、猫なで声を出した。


「……俺に触るんじゃねェ」


カゼルはずい、とアルジャーロンを押し退ける。


「何殺気立ってやがんだ?ザルバック、ロドリーク。こいつは味方だと言ったろう、実際役に立ってくれたしな」


「……了解です」


カゼルは、部下に比較的穏やかな口調で言いつける。それから、アルジャーロンを労った。


「一先ず、よくやってくれたアルジャーロン。悪いが今は手持ちがねェ、後払い分はリサールに着いてからでも構わんか?道中の水や食い物は渡すからよ」


「ちゃんと支払ってくれるならいいよ!」


アルジャーロンは別段カゼルを疑う様子もなく、元気溌剌の様子だった。

ザルバックとロドリークは僅かに不満そうにしたがすぐに隊長の決定に従う素振りだった。

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