小話 勇者に潰された奴隷商

「お前、王国で奴隷商人をしているのか。中々肝が据わってると言うか……」


カゼル改めアイゼルは、静かに尋ねる。


「困りますよお客さん、奴隷商なんて人聞きの悪いことを言われちゃ……うちは人材派遣業です」


奴隷商人の男は白々しく否定する、それを聞いてカゼルは納得した。


「ククク、成る程な」


概ねながら頭に入っている王国法では確か近年奴隷売買が禁止された。一方で人材派遣業への規制は緩い、そうカゼルは記憶していた。一方でこの二つを並べて一体何が違うのかは説明できなかった。


尤もカゼルにしてみれば道行く人々だろうが、僻地や森の奥深くに隠れ住む亜人だろうが、暴力で屈服させるだけで簡単に奴隷に出来るのだが。


それはひとまず、彼等はそうした法の穴を突いて現在も事実上の奴隷商を営んでいる訳である。カゼルも見習いたいと思う仕事熱心さであった。


「旦那も"人材"をお探しで?」


奴隷商は白々しくのたまう。


「自らの意志で戦わぬ者に戦士としての価値は無い。奴隷から這い上がろうとしていない時点で、俺の欲しい人材ではないな」


カゼルは憮然として持論を述べる。彼は帝国軍人として徹底して実利を取る。ツヴィーテがそうであるように、使えると判断すればスラーナ人だろうと配下に加える。


もしツヴィーテがカゼルに敗れた時、命乞いをするようであったならば、今頃彼は生きて居なかっただろう。


「なるほどなるほど、旦那は素晴らしい慧眼をお持ちのようだ。ただ、うちが扱ってるのは"奴隷"じゃなく"人材"ですので」


奴隷商人は、勘定だけでなく規定にも厳しいようで、荒くれの大男にしか見えないカゼルにも臆せず訂正を促した。


「……それは失礼。まあそうだな、冷やかしってのも悪い。一つ事業提携しないか」


カゼルは意外にも素直に言い改めた。


「と、言いますと?」


「俺は仕事柄、色んな地域で人や亜人(デミ)を相手にする。王国近辺で捕らえた奴はここの店で卸したいのだ」


帝国まで生け捕りにして連れて帰るのは何かと効率が悪い。自身もそうだが、部下達もしばしば売り物にする前に壊してしまうからだ。


「成る程成る程、仕入……いや紹介を担当して下さる訳ですね。それはもう是非」


「……お前も間違えてるじゃねェか」


カゼルは半笑いであった。


「規制がかけられたのはつい最近でしてね」


「早速だが、こいつはさっきそこで知り合ったんだ、王国で仕事を探しているらしい。用心棒として雇わねえか?」


カゼルは、顔に包帯をぐるぐる巻きにしたリサール人の大男を紹介した。


「商品じゃなくてですか?」


「あぁ!?なんだとてめェ!」


包帯を巻かれた大男は怒鳴る。


「冗談だろうが、止めろ」


カゼルはさも鬱陶しそうに、リサール人の男を一睨みした。それだけで、カゼルよりも大柄な筈のその男は蛇に睨まれた蛙のように萎縮した。


「実は丁度助手が欲しかったんですよ」


「おう、またな」


*


「……あんた、奴が怖くねえのか」


リサール人の大男は静かな声で奴隷商に尋ねた。


「旦那が?あんたの方がよっぽど厳ついと思うがね」


「とんでもねえ、俺なんかただのごろつきだ」


「まあそうでしょうな」


「奴は化け物だ。銀プレートの冒険者だと思ってカツアゲしようとしたら、次の瞬間目の前が真っ赤になって地面に倒れてたんだ。何が起こったか分からなかった」


大男が堪えているのは紛れもなく恐怖、それも尋常な様子ではなかった。


「……」


「奴はこう言った。頑丈な奴だな気に入った。町を案内してくれ、断れば目玉を抉り出すってな……」


「まぁ、リサール人なんてそんなもんでしょうよ、それより早速仕事してもらいますよ。さもなけりゃ私が目玉を抉り出します」


そんな大男の様子を気にも掛けず、商人は物騒にも言ってのける。


「ケッ……奴隷よりひでえな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る