第23話 カゼルとアルジャーロン

場はカゼル達の野伏の場に戻る。


「……っていうのはどう?」


アルジャーロンは自信ありげにカゼルに自案の作戦を伝えた。


「……そんな三文芝居に引っ掛かるマヌケがいるか?」


カゼルは怪訝そうに尋ねる。


「大丈夫よ。勇者っていうのはね、私みたいな可愛い女の子が襲われてたら絶対に助けに来るの。それが即ち弱点よ」


このアルグ大陸の勇者召喚のメッカであるエルマロット王国出身というだけあって、アルジャーロンは物知りげに語る。


「まあ、ものは試しだ。失敗したらお前を囮にして離脱させてもらうぜ」


カゼルは弱点という話には納得しつつ無慈悲に告げた。


「えー、ひどぉい!貴方騎士なんでしょ?護ってよ!」


「自分の身は自分で守れ」


媚びるようなそぶりのアルジャーロンに対して憮然としてカゼルは言い放つ。


「あのねカゼル、騎士道精神って知ってる?」


「そんなもんはねえ、騎乗資格があって帝国軍で叙勲を受けりゃ誰でも騎士を名乗れるぜ」


「帝国ってそうなんだ……」


「……おいカゼル、敵はちけえんだ。騒いでて大丈夫か?」


マルヴォロフも今一つ緊張感に欠けるアルジャーロンとのやり取りを見て、思わず口を出した。彼女は見てくれだけなら纏うローブがミステリアスな雰囲気を助長し、フードから覗く整った顔立ちを強調している。


だがカゼルと長い付き合いであるマルヴォロフは、アルジャーロンからカゼル同様の危険人物の気配を感じずにはいられなかった。


それは己の残忍な嗜好を隠そうともせず、組織の利益の為なら平気で弱者を蹂躙するカゼルとはやや異なる。


アルジャーロンからは、無邪気に虫の肢を千切り取る子供のような残虐性を感じ取っていた。この二人が手を組むとろくなことにならない、そんな気がしてならなかった。


「じゃあカゼル、真に迫る演技でお願いするわね。なんなら本当に襲ってもいいよ?」


僅かに頬を赤らめ、アルジャーロンはカゼルを誘うような、相変わらず媚びた口振りだった。だが、実際のところ彼女は金目当てである。


「……心配するな、仕事で手を抜くつもりはねェよ」


カゼルがその様子に気付いたかどうかは定かではない。彼の脳は今、ただ任務遂行の為にだけ機能している。その為に不要な感情や情報は全て頭から締め出していた。


彼は念を押して背負う戦斧を抜き放ち、刃こぼれやガタつきがないか、柄の歪みにも目を通し、点検をする。


危険極まりなく鋭い輝きを放つ刃と、絶対的な破壊力を想像させる重みを確かめ、カゼルはニタりと表情を歪めてほくそ笑みを溢した。



「誰か助けてー!!」


「逃げんじゃねぇよ女ァ!」


カゼルは打ち合わせ通り大袈裟な台詞を叫びながらアルジャーロンを追いかけ回す。

アルジャーロンは時折ふざけて笑みを溢したり、転びそうになったりと、やはり今一つ緊迫感に欠けた。


一方戦斧を振り上げて彼女を追いかけ回すカゼルの姿は、解き放たれた猛獣さながらの殺気と迫力に満ちており、とても冗談には見えなかった。


だがまず、本気で逃げる相手を追うのならカゼルはボウガンを射掛けるか、投げナイフで動きを止めるだろう。


これはマルヴォロフ達が潜む茂みまで、この付近まで来ている予定の勇者一行を誘き寄せる為の一芝居である。


そのため、アルジャーロンを追い掛け回していると言っても、カゼルは本気で疾走してはいるわけではなく、これ見よがしに大声で騒いでいる方が主旨である。


荒くれ者風の変装も相俟って、今のカゼルはどこか水を得た魚のように、無法者としてしっくり来る雰囲気があった。


「……成る程、ああやって騒いで釣り出すのか……」


ジェラルドは嘯いた、彼には思いもよらぬ作戦である。


「上手くいきますかね?」


その隣にボウガンを携え潜んでいるツヴィーテは心配そうだった。


「あの女が本当に味方なら問題ねーだろう」


マルヴォロフはそう言った。

彼とてカゼルの残虐性や歪んだ人格はともかく、その優れた実力には信を置いているのだ。


「止めなさい、山賊!」


その時、闇夜に鋭く通る声が2人の茶番を遮った。


それからすぐにカゼルを牽制するように雷の魔法が放たれた。カゼルは少し驚いた様子だったが、地面を強く蹴って走る勢いをそのままに体重を横へ流す。身を屈めつつも、あくまで軽やかにかわしてのける。


普通なら、放たれた雷魔法を見てからかわすことなど不可能に近い。カゼルの反射神経とその肉体の瞬発性がそれだけ常軌を逸しているのだ。


アルジャーロンは然り気無くカゼルに目配せをした。カゼルは夜の森林の闇をも見通す獣染みた視力で、現れた者の容貌を確認する。


「早速か」


しかしそれは、カゼルが冒険者ギルドで確認した対象ではなかった。

そもそも闇夜の中、その瞳が僅かな月光を反射し、頭の上部に毛皮の生えた耳が生えている時点で普通の人間ではない事が分かる。


カゼルは苛立ちも半分に警告の言葉を述べる。


「……チッ、亜人が何だってこんなとこうろついてやがる?失せろ、今なら見逃してやるぜ」


いくら血の気の多いカゼルでも潜入任務中、あたら関係のない者を殺傷するのは望ましくない事は理解している。しかし任務を妨害するならその限りではないし、秘匿性を保つためならばここで抹殺するべきだ。

その言葉はカゼルの最初で最後の恩情だった。


「その人から放れなさい!」


「……あァ?口の聞き方がなってねェな」


警告に従わないと見るや、カゼルは即座に殺害を決意した。カゼルは戦斧の柄を握り締めて少女の方へずかずかと歩み出す。亜人の少女も、それを見て再び雷魔法を放つ構えを取り、詠唱を始める。


魔法を使う事を予測していたのだろう。カゼルは一切迷いなく左手で投げナイフを投げつける。そのまま間髪いれず、戦斧をマスティフの抜刀斬り同様に右肩口に構え、鋼鉄の甲冑を纏わない分、普段より数段増しの速度で飛び出した。


「え」


カゼルの突進は、森林の地面に積もる木の葉を巻き上げる程迅速を極めた。先程のアルジャーロンとのやる気のない追いかけっこからは想像も付かぬ凄まじい勢いで、カゼルは狐のような耳を生やした少女に襲い掛かる。


亜人の少女は、カゼルのその大柄の体躯からはとても想像出来ぬ速度に虚を突かれ、一瞬ばかり反応が遅れた。その一瞬が命取りだった。カゼルの戦斧は闇夜に閃き、一切の呵責無く振り下ろされる。


重々しい音を立て、カゼルの振り下ろした戦斧は少女の左肩から胸まで食い込んだ。


「……ああああ!!ぐ……ゲボッ……ぶッ……」


「亜人(ゴミクズ)が俺に指図すんじゃねェ」


少女は絶叫の最中、自分の意思とは関係なく口から血の塊を吐き出す。間欠泉のように夥しい血が噴き出した。

常人なら即死でもおかしくない深手だ、彼女にまだ息があるのは亜人の生命力が人間より優れているためである。


「カゼル、この子は勇者の仲間かな?でも、ギルドには居なかったよね」


鮮血が迸る凄惨な光景を見ても、アルジャーロンは眉一つ動かさず、犠牲者を観察する。


「こういう時はな、本人に聞けばいい」


カゼルもまた眉一つ動かさず、一切の慈悲の篭らぬ目で亜人の少女を見下ろしながらアルジャーロンにレクチャーした。


「おい、亜人(ゴミ)楽に死なせて欲しけりゃ素直に喋れ。お前は勇者の仲間か?」


カゼルは、少女の身体に食い込んだ戦斧を強引に抜き取り、血振りをして背負い直した。

それから、腰に差したダガーナイフを少女へ突き付けて質問する。彼のダガーは木々の間から差す月光を反射し闇夜の中に、主人の心と同じ冷酷な輝きを見せる。


「……ゲボッ、お前に……話すことなんか、何も、ない!うっ……」


亜人の少女がそう言い切ると口から血が飛び散った。カゼルは咄嗟に首を捻ってかわすも、一部飛沫をかわしきれず、首を包む外套に唾と血が付着した。


「チッ、これだから亜人種は」


カゼルはくるくると指先でダガーナイフを回転させ、掛け値無しの残忍さにその表情を歪ませる。



狐耳を生やした亜人の少女は耳や尻尾をダガーナイフによって切断され、毛皮に包まれている背中側の皮膚を剥ぎ取られていた。更には腹を切り開かれ、わざととどめを刺されず、生きながら解体されている。


彼女が未だ失血死していないのは、カゼルの緻密なナイフ捌きが動脈や臓器等の重要な組織を避けている為だ。その一方で致命傷になり得ない神経や筋はお構い無しで切り裂いている。


「い゛……あ゛あぁ……助げ……て……あぎッ!」


「暴れんじゃねェよ」


亜人の少女が血飛沫を上げながら、激痛に悶え悲鳴を上げてのたうち回ると、カゼルは手頃な木の枝を少女の腕に突き刺し、地面に釘付けにした。


「うわぁ〜、御愁傷様」


アルジャーロンは言いながらカゼルが毛皮部分を剥ぎ取る様を興味深げに眺めていた。

そして、狐耳を生やしていた亜人の少女の無惨な有り様に目を瞑って合掌した。


「ねえカゼル。それ魔法の触媒になるんだけどさ」


アルジャーロンはカゼルが切断した耳と尻尾を見つめた。切り口はささくれ一つ無く切断されておりカゼルの拷問、もとい解体技術の高さを物語る。


「……む?そんな使い道があるのか、要るんならやるよ」


カゼルはまだ鮮血の滴る耳や尻尾などの"素材"から血を拭き取り、アルジャーロンへ投げ渡した。


「えっ、いいの?ありがとー!」


「後はこっちだ、おもしれえもん見せてやるよ」


カゼルは腹を切り開かれ露出した亜人の少女の内臓に刃を刺し込み、一気に切り開く。


「あ……がッ、ぎッ!……い゛ぎゃあ゛ああァ!!」


ショック死寸前の激痛に、亜人の少女は凄絶な悲鳴を上げる。


「おうこれだ、内臓から獲れるんだわ」


「え、凄い!これ凄く希少だよ」


カゼルがこれ見よがしに翳した宝石のような結晶を見て、アルジャーロンは目を輝かせていた。


「……内臓の分泌液か、消化物かなんかの結晶だろうがな。これも触媒になるのか?」


見た目こそ結晶然としているが所詮は拙品に過ぎぬ、そう言いたげながらもカゼルは少し自慢げだった。


「すごい!これ、闇市でしか出回ってなくて、高いんだよね」


アルジャーロンの口調には、媚びが含まれていた。


「そうなのか?なら前金代わりだ。やるよ」


カゼルはあくまで契約を果たさせるつもりのようだ、マルティナの腹から取り出した結晶を彼女へ放り渡す。


「ありがとーカゼル太っ腹!」


アルジャーロンはカゼルを褒め称えてから前金代わりに受け取った"素材"を、亜人の少女の一部だったものをポーチにしまい込む。


「ああ」


カゼルは機嫌を良さそうにしていた。


「そろそろ楽にしてやるよ」


カゼルは、半死半生のマルティナの首では無く腹を目掛けて戦斧を振り下ろす。ぐしゃり、と生理的嫌悪感を掻き立てるような湿った音が鳴り響く。


カゼルは今までも亜人種と見れば必ずと言っていい程玩具にして惨殺して来た。その経験から熟知しているのだ。

彼等の生命力は高く急所を潰さなければそう簡単には絶命しない。尤も、激痛によるショック死についてはその限りではないのだが。


「あがあぁあァ!!」


闇夜の中に、凄絶な断末魔が響いた。

いかに生命力の高い亜人種と言えども、最早多量出血による絶命は時間の問題である。


「お前はエサだ。精々悲鳴を上げろ、ハハハハ!」


森林の闇の中に悪魔の嗤い声が響いた。

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