第21話 隠匿

改めて契約を確認したカゼルとアルジャーロンは王国の鬱蒼とした森へ足を踏み入れる。


カゼル達特務騎士にとって自然界はたとえ王国領内であれどもホームグラウンドと言っていい。いくらでも隠匿する場所があり、鳥や動物の気配、鳴き声や草木が風に揺れる音は、自分達の活動音を塗り潰してくれる。

当然、死体など埋めてしまえばまず見つかることはない。人知れず人を抹殺するにはこの上ない環境だ。


「おいカゼル、そいつが言っていた魔女か?」


マルヴォロフは、驚くべき事に、ボウガンを構えてカゼルの背後から姿を現した。この、影のある場所なら何処でも完全に気配を消し去った上で移動出来るのはシャドウウォークと呼ばれる技術である。


特務騎士において奇襲攻撃に関して言えば彼の右に出る者はいない。


「おい待てこいつは味方だ。名前はアルジャーロン。訳あって雇うことになった、射つんじゃねーよ」


カゼルはアルジャーロンを皆に紹介するが、他の特務騎士達は皆茂みの中に隠伏することを優先しし、返答はしない。


「よろしくお願いしまーす」


アルジャーロンはその場で、気配すら漂わせぬ特務騎士達に向かって挨拶をした。

一般に魔法使いが行うように、生体に微量ながら含まれるマナを探知して……ではない。

炎の魔女とは伊達ではなく、茂みの中に潜む彼等の体温を感知し、彼等が潜んでいる事を悟っていたのだ。


「で、どうだ?」


カゼルは、マルヴォロフに状況を尋ねた。

隊長として、特務で行う奇襲攻撃や隠伏の要領、そしてマルヴォロフの手口は熟知している。


普段なら何処にマルヴォロフ達が隠れているのか、カゼルは看破できる。

それでも今回はマルヴォロフの配置はカゼルの想定を大きく上回ったようだ。


「準備万端、後は獲物が来るのを待つだけだ」


マルヴォロフはそう言って所定の位置に戻り、丁度王都方面から獣道を通ってきたカゼルに向け、まだ矢の装填されていないボウガンを構えて見せる。


「どうだ?」


マルヴォロフはボウガンを構えながら尋ねる。

こと戦闘となれば獣染みた直感と警戒心を発揮するカゼルには並大抵の奇襲攻撃は通じない、だからこそ彼に確認を取ったのだ。


「さすがと言っておこう」


未装填のボウガンを向けられたカゼルはニタリと嗤ってマルヴォロフ達の配置の奇襲性の高さを確認する。注意していなければ、訳も分からぬまま射殺されてもおかしくはない程の隠密性だった。


ざっとカゼルが地形を観察した限り、奇襲を仕掛けるにはこれ以上ない位置取りであった。

こうした待ち伏せ位置の選定などもマルヴォロフの得意分野である。


更に、マルヴォロフ達が変装用の甲冑の上から着込む暗い色の外套や獣皮は、彼等の姿をエルマロット領の森林の闇に溶け込ませるのに大いに役立っていた。


「女は生け捕りにするってのが皆との約束だ、今回は俺が作戦指揮だからよ、お前も従ってもらうぜ」


マルヴォロフは、隊での階級はカゼルの方が上である為やや気を遣った様子だが口調はいつも通りだった。


「……ヤる時は一声掛けてくれや」


カゼルは一言頼んだ。


「お、お前も"お楽しみ"が分かったか?」


マルヴォロフは変わらず軽薄な様子だった。


「いや?全く。勇者をふん縛って仲間の女どもが犯されるのを見せ付けてから、殺そうと思ってなァ……」


カゼルは口許に嗜虐に満ちた笑みを浮かべてそう言った。


「……相変わらず悪趣味な野郎だ」


マルヴォロフは、一転して呆れた様子になる。


「さて、俺達も隠れて待つとしよう」


カゼルはアルジャーロンに呼び掛ける。

成り行きで連れてきた以上、彼が面倒を見なくてはならないのが道理なのだ。


「ねえカゼル、これから何をするの?」


当然ながらアルジャーロンは作戦の流れを知らない。


「ここに誘導した勇者を始末する。それだけだ」


「へぇ〜面白そう。それで冒険者ギルドに居たんだ。でも、どうやって皆が狙える場所まで連れてくるの?」


王女の側近を勤めていたと言うだけあって察しの良い様子であった。

そして、王国側の勢力である勇者を抹殺するという話を聞いて尚、特に問題にした様子はなかった。彼女は本当に金目当てで付いて来たのだ。


「……特に考えてねェが」


カゼルが冒険者ギルドで勇者達を確認した限り、その戦闘能力は素人に毛が生えた程度。仲間の者達はそこそこ、と言った評価であった。

言うならばカゼルの腕に風穴を開け、マナ傷を負わせたアーシュライアと比較すると遥かに格下という認識だ。


強者とは、立ち振舞いからして既に凡人とは異なる。厳しい鍛練によって身に染み込んだ体捌きは歩く、立つなど基本的な日常動作にも現れる。気配もまた、奪ってきた命が纏わりつくかのように、浴びてきた返り血が馨るかのように、危うい雰囲気を漂わせる。


そうした観点から今回の抹殺対象については、その辺りのリサール人の賊党の方が余程手強い、という印象だった。

彼等については一概にただの野盗の集まりとは言えない。中には先の王国侵攻の敗戦にて賠償金を支払ったことで帝国財政の悪化、及び軍事費の削減によって職を失った元帝国軍の騎士も数多く存在する。


帝国に忠義を尽くした居た彼等は、その帝国に切り捨てられ、否応なく賊に身をやつし、リサール西部の荒野で灼熱の砂塵に吹かれている。それでも生き残っている猛者達なのだ。


追い詰められた鼠は狩る側である筈の猫にさえ噛み付く。その事をカゼルは身に染みて理解している。相手が素人同然だとしても油断しているつもりは無かった。


「えー?だめだよ、ちゃんとしなきゃ。私が一肌脱ごっか?」


一方アルジャーロンはやけに婀娜っぽい口調でカゼルに呼び掛ける。

エルマ人は、魔法の力が強大であるためか、こうした呑気な者が多い傾向がある。


逆を言えば、ひとまず協力姿勢を見せていながら、ほとんどカゼル達に隙を見せないアーシュライアはエルマ人の中では警戒心の強い部類と言える。


「どうするんだ?」


カゼルはアルジャーロンの手法に興味津々といった様子だ。彼はエーリカやアーシュライアとは不仲である一方、魔法という圧倒的な力には強い関心を抱いているのだ。


「えぇ〜?そんな期待に満ちた眼差しを向けられても困っちゃうなぁ」


「……言っとくがお前、役に立たねえんなら支払いは無しだ。ここに置いていくぞ」


カゼルは和やかだった雰囲気を断ち切り、じろりとアルジャーロンを睨み付ける。


「あは、冗談だよぉ」


だが、アルジャーロンは全く動じずカゼルをからかうように笑っている。


「……食えん女だな、ハハ」


ぎらつく殺気を帯びた目に睨まれて尚、和やかに笑い続けるアルジャーロンに対し、さしものカゼルも少々困惑を抱く。

だがすぐにそれを獰猛な笑みで塗り潰した。


「カゼルの野郎、妙な奴を連れて来やがって……」


ジェラルドは付近に隠れているツヴィーテに小声で話しかける。


「……類は友を呼ぶと言いますからね」


ツヴィーテは静かに言ってのける。


「私に考えがあるの、聞いて」


漸く、アルジャーロンは真摯な口振りになった。

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