第20話 気紛れ

カゼル達2人は王都の外れにまでやってきた。

アルジャーロンは支度があると言って、自身の隠れ家に向かう。

その間を好機と見たカゼルは急いでマルヴォロフに現状を連絡する。


「遅かったな、定刻を過ぎてるから心配したぞ。こっちはもう準備に取り掛かってるぜ」


マルヴォロフはいつもの軽薄な口調だったが、自分にも、部下に対しても時間に喧しいカゼルが定刻を過ぎて連絡することは非常に珍しい。

あながち彼はカゼルが王都で暴れ、しょっぴかれているのではないかと心配していた。

その半分は正解である。


「悪いな。少し予定外の事があったが、予定通り勇者に偽の依頼を受けさせた。ただ、一人増えるぞ」


カゼルは焦った様子はなく至って静かな口調である。


「何?確かに息抜きしろとは言ったが、お前も隅におけねえ奴だな……」


マルヴォロフはカゼルをからかうようにぼやく。


「フン、持ち帰りなら話は早いんだがな。良く分からん赤毛の女だ。"冒険者アイゼル"と仕事がしてえんだとよ」


「おいおい怪しいな、大丈夫なのか?」


水晶越しのマルヴォロフの声音さえ心配そうなものに変わる。

マルヴォロフは、普段はお調子者だが想定外の事態には神経質になる傾向がある。

その細やかな点まで気を配る注意力は、偵察や潜入を主とする彼の職務に必要不可欠なものだ。


「怪しいからこそ放置出来ねー、とりあえず歩合制で話を通している。賞金より安い仕事しか出来ないようなら、偽装名義で王国に首を突き出せば良い」


カゼルはマルヴォロフの心配をよそに大雑把に予定を告げる。


「賞金首なのか?」


「あぁ、さっきそこで兵士に呼び止められた。邪魔だったから半殺しにした」


王国兵、それも妙に装備のいい兵士だったが、そこは今必要な情報ではないのでカゼルは黙っていた。

先程兵士達を血祭りに上げた件については正直に話す。


「……まあ応援を呼ばれて大事になってないだけ、お前にしては上出来だ。それより、勇者連中の編成を教えてくれ」


「勇者はごつい鎧を着た若僧だった。仲間は女が三人。冒険者のクラ、ス…はレン…ジャー?とかハイ…プ、リー、ストとかなんとか言ってたぜ、エルマ語はよく分からん」


「……王国の冒険者にはランク付けがある筈だ。それは聞いたか?」


「ああ、女三人は全員プラチナプレートと言っていた」


今回、カゼルは入念に確認を取っていた。

無理矢理ジナに、冒険者ギルドの物である登録書類を読み上げさせたのだ。当然それは冒険者側が目にすることはない秘匿情報である。


「プラチナ、まあまあ手練れじゃねェか。今回こそ鼠は裏切らねえだろうな?また魔法でドンパチやられんのは勘弁だぞ」


「小細工が出来ねえよう見張っていた、問題ない筈だ」


カゼルは視線だけで睨み殺さんばかりの目付きで一挙一動を見逃さず、ジナを見張っていた。実の妹を人質を取られた上に監視されていたジナに前回同様、漏洩する隙はなかった。


「水の魔女様にやられて頭が冷えたか?随分丁寧じゃねェか。その調子だともう合流出来そうだな」


「もう王都を出ている。どのみち、この赤毛の女に偽装がバレている可能性があったから急ぐことになった」


「……お前と仕事しようってのが怪しすぎる。用心しろよ?」


マルヴォロフは引き続き心配げな語調で忠告する。一方で、待機時間を夜の店で遊んで過ごしていた彼はあまり強くカゼルの無計画な行動を咎めることが出来なかった。


「始末するつもりだったが、兵隊に絡まれたのもあって機を逸した。まあ不確定要素があっても面白えだろう……戻ってきた、切るぞ」


カゼルはマナの結晶を魔女水晶から付け離し、マナ供給を切ってポーチへしまい込む。


「ごめん、待たせたねアイゼル」


支度を終えたアルジャーロンが姿を表す。


「ああ、別に待っちゃいねェ」


丁度カゼルは魔女水晶をしまいこんだ所だった。


「? アイゼルは魔法道具を持っているの?」


アルジャーロンは怪訝そうな目をカゼルに向ける。


「あ?ああ…まあな。何故分かった?」


「君のポーチからマナが漏れてるよ。エストラーデ様直属の近衛兵を容易くぶっ飛ばしたのは驚かされたけど、魔法道具の扱いに関してはまるで素人だね」


「フン、下手に使えばマナ傷になるからな」


アルジャーロンはささっとカゼルに歩み寄る。その無遠慮な行動を予想だにしていなかったカゼルは迂闊な事に彼女の接近を許してしまった。アルジャーロンはそのままカゼルのポーチに付着したマナを指に付着させて分析する。


「危ないからマナ取ってあげるね……これは水属性…?それもかなり高い精度で練られてるね……魔女水晶?」


カゼルはまたしてもギクリとした。

ポーチに付着したマナから、そんなことまで解析出来るとは思いもよらなかった。


カゼルは彼女の言葉を聞いて、思考の外にあったアーシュライアの事を否応なく思い出させられた。同時にずきずきと左腕の痣が疼くのを感じた。


考えて見れば、アーシュライアが何の気無しに放つ水弾ですら異様な程水圧が掛かっており、カゼル達の鋼鉄の黒鎧を容易く撃ち抜く威力を見せる。


また、現在のリサール首都近郊の水源は彼女によって大幅に増水されている。

文字通りの魔法によって、帝国首都近郊の人の営みと農業は支えられている。

そしてエーリカの召喚するグラウンドスピリット・ロードとの平行運用により、人工的とはいえ緑が賄われているのだ。


ハイ・ウォータースピリットを従え、それほどの規模の水を操れる彼女の魔法力は非常に高いのだ。


熟練の職人の仕事とは、結果だけみても誰の仕事なのか見て取ることが出来るもの。

カゼルには想像も付かなかったが、魔法使い達にとってのマナもそうなのであろう。

彼は己の迂闊さを反省する間もなく、果たしてどうしたものかと思考を走らせる。


「君は、もしかしてアーシュライアを倒したの?」


のっけからカゼルに勘の鋭さを見せ付けていたアルジャーロンだったが、とうとう致命的な事実について言及する。


「……だったらどうする?言っとくが、この水晶はあの女から借りてるだけだぜ」


カゼルは口では出方を窺っているが、肉体的にはいつでも武器を抜けるよう臨戦体勢に入った。幸いにして、既に人混みを遠く離れている。よく思い出してみれば先程の兵士は炎の魔女がどうとか言っていた事に思い当たる。カゼルは彼女がアーシュライアの魔女仲間か何かだと推察した。


「あの水の魔女を倒すとは……!私の目に狂いは無かったみたい。君は超一流のダークナイトね!」


意外にもアルジャーロンの反応は好感的なままだった。訝ったカゼルは身構えたまま彼女を問い質す。


「……なんだ?お前はアーシュライアの仲間じゃねェのか?」


「冗談言わないで、私はあいつとは犬猿の仲よ」


カゼルの予想に反し、アルジャーロンはたに笑顔を浮かべ小踊りせんばかりの様子だ。

隙だらけであるため、今彼女を抹殺することは十分に可能であった。


しかしそのアルジャーロンの美しく整った顔立ち。笑顔で小虫の足をもぎ取る子供のような、無邪気な残忍さを含んだ屈託のない笑顔に、不覚にもカゼルはシンパシーを感じて毒気を抜かれてしまう。


「……先日、仕事を邪魔されて少々頭に来てな。ヤキを入れてやった」


カゼルは右手を握り締めて拳を作って見せてから、すっ、と解いて見せた。

恐怖に染まったアーシュライアの顔を思い出し、暗い愉悦が心に沸き立つ。


「あははは。あいつは昔っから私がゴブリンやダークエルフどもを焼き払う度に邪魔しに来ていたんだ。森を焼くのはやめろー!とか、亜人種をいじめるなー!とか言ってね」


「ハッ、昔から正義ぶってんだなあいつは。ぶちのめしてやれば良いじゃねェか」


カゼルは両腕を組んでそう言ってのける。


「私の使役するマナは炎属性だから、あいつと戦うと相性悪いのよね…」


アルジャーロンは顔を俯かせる。


「フッ、炎ね……なんとなく、お前とは気が合いそうだな。さっきの兵士が炎の魔女がどうとか言ってたが?」


カゼルは珍しく気の良さそうな笑みを浮かべる。アルジャーロンに興味を持ったようだった。


「申し遅れたけど、私は炎の魔女、アルジャーロン・ハイエロドーラ。今はフリーの…もといお尋ね者の魔女よ。私も、貴方とは気が合いそうだと思っていたの」


アルジャーロンはその細い腰に両手を当てて名乗った。


「なるほど……」


ふと得心がいったようにカゼルはフードを脱ぎ、兜を外した。その右耳から鼻まで無惨な傷跡が刻まれた素顔を晒す。


「俺も名乗っておこう。俺はリサール帝国特務騎士のカゼルだ。冒険者でも、ダァク、ナイ、ト?でもない、アイゼルは偽名だ」


何を思ったかカゼルは、身元を明かす。


「えっ!?カゼルって……賞金首じゃない!ずる〜い、変装してたんだ」


さすがのアルジャーロンも驚いた様子を見せる。やはり、アイゼルが偽装冒険者であることまでは見抜けていなかったようだ。


「フン、エルマ人は平和ボケした間抜け揃いで仕事がし易いってもんだ。さてどうするアルジャーロン、賞金目当てに俺と一戦交えるか?」


カゼルは今まで抑え込んでいた獰猛な殺気を解き放つ。臨戦態勢に入った訳ではなく、単に半端な冒険者に成り済ますのを止めたというだけだ。


何より、カゼルはアルジャーロンとは意気投合しそうな雰囲気を感じて、心変わりしていた。ここに来て彼女を始末しようとはもはや考えてはいなかった。


「うーん、君の懸賞金は、正直欲しいけど……あの"リサールの黒い狼"でしょ?ちょっとなぁ……」


アルジャーロンはあっけらかんにそう言った。


「……なら行くか。言っておくが仕事の話は本当だ、キリキリ働けば金はちゃんと支払うぜ」


「期待しとくね」


はったりをかましたカゼルは内心で安堵していた。彼の卓越した観察眼は彼女の物腰や佇まい、放つ気配。普段の足運び、歩行時に体幹部がぶれていない等の様子から、このアルジャーロンが少なくともアーシュライアと同等以上の使い手であると判断していた。


また、アルジャーロンは素振りさえも見せないが、彼女が何かしら金属製の武器を所持していることを、研ぎ澄まされた勘と嗅覚が告げていた。


カゼルの変装用の装備は、革鎧であり普段より機動性には優れるものの、普段の黒い甲冑程その防御力に信頼はおけない。着用している外套も、特殊な加工によってそれなりにマナを防ぐ効果はあるが、王国で魔女の名を冠する程のキャスターが操る魔法を相手取るとなると些か心許ない。


また今回の得物である戦斧も、全く手に馴染みのない訳ではないものの、いつもの愛剣程扱い慣れている訳ではない。


加えて左腕のマナ傷が完治しない状態で、アーシュライア同様に王族の側近を務めていた程の魔女と一戦交えるのは少々不利である。

負けることはないにしても、今の状態でアルジャーロンと戦ったならば、カゼルは最早任務どころではないだろう。


「ところでまだなの?その依頼の場所って」


「ああ、もう少しだ」


カゼルはスタスタと歩みを進めながら、煙草を咥えて火を付けようとする。


カゼルが王国製の点火具で火を付けるよりも早く、アルジャーロンがカゼルの口元に人差し指を突き付け、カゼルの煙草には魔法で火が点された。


「む、気が利くじゃねェか」


「えへへ、今ので報酬増えたかな?」


「フッ……」


カゼルは満足げに笑い、アルジャーロンもはにかむような笑みを浮かべる。

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