第18話 同行者

翌日。

カゼルは適当な店で宿を取ってから、冒険者ギルドへ再び足を運ぶ。

ジナを見張りながら、勇者一行が罠に掛かるのを待っていた。

そして若い、少女と言っても間違いないような女達を引き連れた黒髪の若い男がギルドに入ってきたことを確認し、目星を付けた。


その男はツヴィーテをもう少し柔らかくしたような顔付きで、立ち振舞いや足運びからはなんの脅威も感じ取れず、素人同然であったが、身に帯びている装備からは何とは言えない尋常ならざる気配を感じた。


ジナへ流し目を向けると一瞬目が合った。

なるほど哀れな獲物達が、死地へのこのことやって来たようだ。


ジナがその者達へ、カゼルの指示した誘導地点を告げている事に聞き耳を立てながら、カゼルは先日から舐めるようにらっぱ飲みしていたエルマロット産のウイスキーを一瓶空ける。


上品なしっとりとした味わいがカゼルの喉を焼き、丁度気温の低いエルマロットで活動するのが苦にならぬ程度、身体がぽかぽかと暖まる。


酩酊などしていなかったが、気力は充実し、カゼルの心は沸き立っていく。

勇者と呼ばれる若者達の鮮血の結末を思い浮かべ、狂気が鎌首をもたげ始める。


勇者達がジナから偽の依頼を受けた事を見届けたカゼル。


リサールの黒い狼が率いる帝国特務騎士達の"狩り"の時間である。そろそろ遊び呆けているマルヴォロフ達を呼び戻し、待ち伏せに入らせるべきと考えた。


カゼルは煙草を灰皿に押し付け、席を立とうとした。会話内容も勿論だが、この場でリサール人が魔女水晶を扱うのは不審がられると考えた為だ。


そんな時、カゼルに先日のローブに身を包んだ赤毛の、細身の美女が話し掛けてきた。

その女はフードを持ち上げて色白な顔にニコニコと上手な作り笑いを浮かべている。

顔立ちは端正に整っているが、やや目付きがきつく、雰囲気もそれに準じていた。

カゼルが好むタイプの女だった。


「失礼?昨日からずっとそこに座ってるね」


その女は遠慮なくカゼルの前の席に座ってきた。カゼルはその女をじろり、と睨め回す。

残念ながらこの女の相手をしている暇はない、ここを出て、マルヴォロフに連絡をする必要がある。しかし騒ぎを起こすなと釘を刺されている事を思い出し、努めて静かに対応しようとする。


「こう見えても忙しいんだが?何だお前は」


カゼルは不機嫌そうにその女に返す。


「私はアルジャーロン。こんにちは、リサール人のウォリアー」


「……アイゼルだ」


カゼルは違和感なく偽名を名乗る。

彼が冒険者ギルドに登録してあるクラスとかいう職種だか身分だかは確かウォリアー(戦士)か何かだった。彼は自分の変装が通用している事を実感する。


革鎧に戦斧を携えたカゼルの姿を見た特務騎士の部下達からは、山賊の親玉だとか、リサール西部の無法者さながらだと揶揄されたが、特務騎士という素性が隠せればそんな事はどうでもよかった。


気さくな様子のアルジャーロンに対して、カゼルは一切警戒を緩めない。だが、不思議とその隙の無い佇まいがかえって彼女には好感的に映ったようだ。カゼルとしては、いち早くこの女を追い払いたいのだが、煽られていく苛立ちを表情に出さぬよう抑えている。


「ふふふ、とても銀プレートの冒険者とは思えない目付きだね」


フードから艶やかな赤毛を覗かせて、アルジャーロンと名乗った美女はカゼルに微笑む。

何を目的に接触してきたのか分からないため、カゼルの抱く不審感は増す一方だ。


「……冒険者稼業は景気が悪くてな」


成り済ましているにしては妙に説得力のある言葉だった。実体験を踏まえて言っているのだから当然と言えば当然である。


「そうだね…私もこの所干されてて景気が悪い。ところで、君はウォリアーには見えないのだけど?」


「……こんなしがない冒険者を捕まえて何を言ってる?」


それは変装がバレている可能性だった。

カゼルはシラを切ろうとしながら、頭をフル回転させ始める。エルマロット王国産ウイスキーの酔いは完全に消し飛んで、冷や汗が浮び始めていた。


これ以上ぺちゃくちゃと素性を明かされる前に口を封じる必要がある。カゼルは静かにこのアルジャーロンという美女について思案する。


ジナが漏らしたのか、はたまたコイツの魔法か何かで正体を明かされたのか。そう言えば、ここに来るまでに人通りの少ない通りがあった。大人しく従う振りをしてなんとかそこに誘導すれば始末できる。


同時に作戦への影響が懸念される。

この女が既に自分が偽装冒険者である事を言い触らしている可能性……


だが、ここで四の五の考えていても仕方がない。酒瓶の残りを舐めたら、実行に移そう。

詳細はこの女を切り刻んでその口から語らせれば良い。


カゼルは眉一つ動かさず、物騒な事を考えていた。


「そうね、当てて見せましょうか…君は、ダークナイトでしょ?」


芝居掛かった手振りでアルジャーロンはカゼルを指差す。


「ハッ、遠からずってとこだが……だったらなんだってんだ?」


言うまでもなくカゼルはエルマロット王国に居住している訳でもなく、冒険者でもない。

彼の職業、帝国特務騎士は王国の冒険者ギルドの指定したクラスの枠には当然当てはまらない。このような工作や暗殺を主任務とする、人間狩りの為の部隊なのだから。


だが、敢えてその枠に当てはめるのであれば確かにダークナイトたらが最も近しいかもしれない。このアルジャーロンは中々どうして鋭い洞察力を持っていることが伺え無くもない。


「そう噛み付かないでよ、クラスを偽装している冒険者…訳有りでしょ?私も訳有りなの、仕事が無くてお金に困ってるのよ」


「ほう…それで?」


どうやらアルジャーロンはカゼルに後ろ暗い所があると見て接近してきたようだった。

実際はクラスどころではなく、冒険者という身分自体を偽装しているが、流石にそこまでは見抜けなかったようである。


自ら付いてくるというのなら、話は早い。

カゼルはやや安堵する。さりとて、囮捜査である可能性は捨て切れない。その場合彼は罠に掛かったと思わせて、逆にアルジャーロンを陥れる心づもりだ。


「そうね…依頼を仲介して同行させて欲しいの、私の仕事ぶりに応じて分け前をくれない?」


「腕に自信があるらしいな。いいだろう、連れて行ってやる。言っておくが楽な仕事ではない、報酬はきっちり払おう」


所謂下請けと言う奴だ。カゼルは、このシステムが反吐が出る程嫌いだった。だからこそ、たとえエルマ人であろうと一緒に仕事をするなら金は出し渋らない。


あくまで一緒に仕事をするのなら、であるが。


「望むところ、よろしくね?アイゼル」


二人は握手をした。

カゼルは兜とフードで隠された顔の下でニタリと嗤っていた。

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