第17話 悪辣な罠

カゼルは、昼過ぎに冒険者ギルドに足を運ぶ。この時間帯は冒険者で賑わうことはない。今居るとすれば、丁度良い依頼を受けられず酒の席で管を巻いている者、早い時間に仕事を切り上げて中間報告をしに来た者ぐらいであると経験から予想した。


幸いにして、冒険者ギルド内は受付嬢を残してがらんどうであった。


カゼルは足早に受付へと向かう。

受付嬢の女は、一瞬彼を通常の冒険者だと思ったようだったが、身に覚えのある獰猛な雰囲気と、しゃがれた声を聞いてその正体に気付いたようだ。


「久し振りだなジナ。"例の"仕事の話で来た」


カゼルは、周囲に他の者が居ないことを確認し、声音を下げてそう言った。

当然、冒険者として依頼を受ける訳ではない。


「このゲス野郎…!妹は……」


絞り出すような声でジナはカゼルに問う。


「あぁ、そうそう。今年の写し絵だ」


カゼルは懐から帝国で働くエルマ人に魔法で撮影させた紙をジナへ差し出した。

写し絵でみる限りはジナの妹に危害が及んでは居なさそうだが、写し出された姿、その表情は暗く、窶れている。


「リアナ…」


「会いたいか?今やたった一人の家族だからなァ…」


カゼルは悪辣な口調とは裏腹に、まるで親しい友人と談笑するかのような穏やかな笑みを見せる。


以前、特務騎士は今回同様の勇者を抹殺する作戦の際に、勇者の主な収入源となっている冒険者ギルドに目を付けた。


ジェラルドがギルドで受付嬢を勤めていたエルマ人のジナに接触し偽の依頼を薦めさせ、勇者達を罠に陥れ抹殺する作戦を立案したのだ。


特務騎士はそうして、ジナに勇者抹殺の片棒を担がせようとした。

しかし、ジナは偽の依頼を受けさせると同時に、逆にカゼル達の事を密かに勇者に伝え、カゼル達を返り討ちにしてもらうよう頼んでいたのだ。


それにより、カゼル達は勇者達に露見してしまった当初の作戦を変更。逆に待ち伏せされ、勇者一行との激しい戦いに臨んだ。

特務騎士側には死傷者もありカゼルの先代マスティフはその時に破壊され、交換となった。


闘いを制したのはカゼル達だった。カゼル達は報復としてジナの自宅を襲撃し、両親と幼い弟を彼女の目の前で惨殺した。そして妹のリアナを人質としてリサール帝国に連れ去ったのだ。


「私に何しろって言うのよ…!」


「勇者どもに偽の依頼を受けさせろ。前回のように小細工をすれば、妹を殺す。お前には死ぬことも許さん」


カゼルは有無を言わさず恫喝する。


「……」


「おや?返事が聞こえねえな…写し絵じゃなく、耳でも千切ってきた方が良かったか?」


カゼルは腰に差したダガーナイフを抜いて、ジナの目の前でくるくると弄ぶ。

そのダガーによって切り刻まれ、ぐちゃぐちゃに解体された家族の死に顔を思い出したのか、ジナの顔からは血の気が引いていき、その色白い肌の顔はなお青白くなった。


カゼルには家族を思い遣るという神経は通っていない。彼にとっての血の繋がりのある家族、ブランフォード家の親兄弟とはただ武力によってのみその優劣が決する、呪縛に過ぎなかった。


一方で彼は、普通の人間は家族や親兄弟を大事にするという"習性"があるのだと理解する。だからこそ、こうして他人の弱味として漬け込み、利用しているのだ。


「……リアナには手を出さないで!」


ジナはカゼルに精一杯凄んで見せたのだろうが、カゼルにして見れば子猫の威嚇程度にしか映らなかった。


「それが嫌なら、依頼を偽装して勇者に受けさせろ。そうすれば危害は加えん。これは前金だ」


エルマロット金貨の入った袋をジナヘ押し付けるように投げ渡すカゼル。王国内でリサール金貨を換金すれば足がつく、だが身内のアーシュライアに換金させれば問題にはならない。前回はジナに何の見返りも渡さなかったことも、反省としたのだ。


「首尾良く行けば妹にも会わせてやるさ。"依頼"の座標はここだ。時刻は出来る限り夕刻、または夜にしてもらう。そうそう、勇者連中はここのギルドを利用してるんだろ?容貌や編成も教えろ」


カゼルは良い依頼を見付けた冒険者風に笑って見せた。


「何て依頼にすればいいのよ…」


「あァ?自分で考えろよ。そんなだからワルモノに利用されるんだぜ?賊の討伐とかでいいだろ」


カゼルは白々しく言い放った。



「俺だ、予定通り鼠に接触した」


カゼルは魔女水晶を使ってマルヴォロフに定時連絡をする。彼は今気がついたが、この魔女水晶はエルマロットに於いては空気中に漂うマナを勝手に吸収し動力を満たしているようである。カゼルは、己の理解の範疇を越えた魔法道具の性能に軽い畏怖を覚える。


例えばこれを量産して、軍の指揮官、各分隊長に手渡すことで指揮や伝達の能率は飛躍的に向上するだろう。それによって王国軍の抱える魔導師隊の運用効率が恐ろしく高くなることはカゼルにも予想できた。


それだけでも他国の軍に対し圧倒的な優位に立てる筈だが、カゼルの知る限り王国軍がこの水晶を使っているという情報はない。

何か特許でもあるのだろうか?


「問題無さそうか?また情報を漏らされたらたまったもんじゃねェぞ」


カゼルが手に持つアーシュライアの魔女水晶からは、マルヴォロフの声が聞こえてきた。人混みに居る為かやけにざわついており、それに若い女の声が数多く聞こえ、耳障りだった。


「ああ、俺達に刃向かえばどうなるか、あの女の家族を目の前で解体(バラ)して教えてやったんじゃねェか。妹を生かして置いたのは正解だったな」


「妹…ね」


「首尾良くいけば妹に会わせてやると言っておいた。あいつにとってはそれだけが希望に思えるだろ?」


「お前、あの娘は薬漬けにして娼館に売り飛ばしたろーが。折角エルフの美少女だったのによぉ…」


「お前らのなぶり者にしても一銭にもならねえからな、エルフ女の使い道としちゃ上等だろ?」


「……そりゃあ結構な事で…あぁ、ちょっと…」


「さっきから騒がしいな、何処にいる?」


「歌って踊れるエルフの酒場だ」


「はァ?遊んでねえでとっとと誘導地点に罠を仕掛けに行け」


「分かってるって、だが折角のエルマロットだぜ?エルフの姉ちゃんと遊ばねえと人生損ってもんだ。みなも大はしゃぎだぜ。お前も常在戦場なのはいいが、たまには息抜きしたらどうだ」


マルヴォロフは水晶越しに軽い口調でそう言った。


「色ボケ野郎が…」


カゼルは憤りを見せ、魔女水晶による通信を切った。マルヴォロフに定時連絡をした後は、冒険者ギルドに戻り、カウンタースペースで先日購入した酒を飲んだ。


カゼルが席についた一角からは彼の変装が失敗している訳ではないにも関わらず、まるでそこがリサール帝国であるかのように退廃的な雰囲気が醸し出されていた。


退屈に飽きたカゼルは人質のリアナに行った残忍な拷問の数々を仄めかし、ジナに嫌がらせでもしようかと思い始めた頃。


ギルドの玄関をくぐって来た赤黒いフードを被った女を流し目に確認した。

カゼルは、そのフードにはどことなく見覚えがあった。フードを被り、赤毛をちらつかせる女は受付のジナと何やら問答をかわしていたが、ジナは取り合うつもりは無いらしく赤毛の女はしょげた足取りでギルドを出ていった。


「オイ、さっきの奴は何だ?」


「冒険者資格を剥奪されているので、仕事は任せられませんと言って引き取ってもらったのよ…」


「あの女は勇者の関係者じゃねェのか?」


カゼルはジナに偽装登録させた自分の冒険者プレートをチャリチャリと弄びながら尋ねる。


「あの御方がパーティーを組んでいた記録はないわ。炎の魔女様が資格を剥奪されているのに、アンタみたいな外道が罷り通るなんて、ホントどうかしてる」


ジナは怒りも露にそう言った。


「フン、王国籍の無い人間にも門戸を開くのが悪い。クソみてえな仕事で人手が足りねえから審査はズブズブ、犯罪者の温床に…よくある流れだ。お陰で俺も仕事がやり易いがな?」


カゼルは意図してジナへ、というよりも冒険者ギルドそのものに侮蔑を込めた。


「知ったような事を言わないで、あんた達は最低のクズよ…!」


ジナとて、冒険者の能力に見合った仕事を与える仲介を生業としているのだ。

家族を人質に取られたことも、力ずくで行われる不正も憎んでいた。


「ハハハ…そうやって事実から目を背けるから利用されるんだよ」


カゼルはジナに対して嘲りに満ちた笑みを向けた。

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