第16話 潜入2

王国に潜入するにあたり今回のカゼルは、特務騎士制式の金の意匠の施された黒鎧を纏わず、いつものフルフェイスの角兜も被っていない。

前回の襲撃の際、にゃん次郎に角をへし折られ、傷を付けられた為に特務騎士が委託している鍛治屋へ修理に出している。


代わりに、鋲付きの革鎧を着用し腕も長袖の下地とガントレットで覆ってタトゥーを隠した。ここはリサールではなくエルマロットであるから、タトゥー等で目立つ事を避けねばならない。


そして、鋼鉄の兜を目深く被り口元を覆うようにローブを纏って顔や姿を隠した。

寒い地域でならこの厚着も不自然ではない。


今回カゼルは愛用するマスティフとマスティマを携行する事はしなかった。

以前、アルグ大陸に召喚された勇者から奪い取り、今では呪われし大剣と成り果てたマスティフ。類い稀な剣士であった師のアイリーンの形見である、由来は分からずとも尋常ではない切れ味を持つマスティマ。


どちらも殺傷力は通常の刀剣の域を凌駕しているが、欠点として持ち主の殺意に呼応して刀身から青白い光を放つ点があげられる。


そんな得体の知れない武器は無作為に注目を集めてしまう。実戦であれば威嚇効果を期待できる一方で、血の気の多いカゼルが携えて市街地等に潜入するには向かなかった。


カゼルは今回、特務騎士の武器庫から手頃に映った鋼鉄製の戦斧を持ち出しており、いつものダガーに仕込みボウガン、投げナイフ等で武装している。そして、首からは偽装された純銀製の冒険者証をぶら下げている。


そうしてカゼルはエルマロット王国で活動している荒くれ冒険者を装った。成り済ましに於いて重要なのは、何処にでもいそうな人間を装い、無難な雰囲気を纏うこと。

カゼルは努めて己の闘気を封じ込め、シケた仕事ばかりこなしていた傭兵時代を思い出していた。


依頼を受けて仕事を果たし、報酬を受け取る。雇い主は帝国議会へと変わったが、その構造自体は特務騎士である今も大差は無い。

だが仕事内容と待遇には大きな差があった。


傭兵時代のカゼルは受け取る貨幣の真偽さえ確かめていた。たまに質の悪い銀貨や偽装貨幣が混ざっている事があったためだ。


現在のカゼルが受け取る貨幣の真偽を改める事はない。ただ払った労力に見合う充分な枚数と、金色の輝きは彼の心の渇きを癒した。

リサール帝国の運営する造幣局が職人を雇って鋳ったリサール金貨の真偽を疑うなど無礼千万と言うものだ。


カゼルは、アーシュライアに換金させたエルマロット貨幣で彼女に頼まれた品を購入している。先日の内輪揉めに対して、どちらが悪いなどと語るつもりは無い。だが、彼なりの和解の落とし所のつもりもあった。


「エルマロットでしか採れん薬草つってたか、こんなところだな」


魔法道具店や薬草を扱う店を見分けるのに、エルマ語を完全に読める訳ではないカゼルは苦労した。結局彼は、案内板を駆使して店を識別し、アーシュライアに渡されたメモ用紙を店員に渡して頼まれていた品を買い揃えた。


ふと、陳列された酒瓶のある店が目に止まる。そのリサールには無い木造建築の店が、酒屋であることは直感的に見て取ることができた。静かに店に足を踏み入れたカゼルが品揃えを確認しているとウイスキーが目に付いた。リサールでは見ない銘柄で、アルコール度数は55度である。彼は強く興味を惹かれた。


店内では大柄で筋肉質な中年の男が酒瓶や棚へ微かに積もった埃を拭き取っていた。店主はリサール人のようで、髭を蓄えている。手早く働いているが目付きは優しげなものだった。体格的にはずんぐりとしていて狸を思わせるような風貌だ。


「リサール人がエルマロットで酒屋をやってるとはな。景気はどうだ?」


カゼルはリサール語で、なるべく高圧的にならぬよう話しかけた。


「おや、お客さんもリサール人か?近頃は風当たりが強くてね、以前エルフの一家惨殺事件があったんだが、帝国の実行部隊が絡んでるんじゃないかって噂になってるんだ。ほんと迷惑な話だよ」


「……物騒なもんだ」


カゼルは押し殺したような声で、さも世を憂いるような言葉を吐いた。


「お客さんは冒険者か何かかい?」


「そんなところだ」


「王国の兵士に因縁付けられないように気を付けなよ、リサール人ってだけで嫌う輩も居るからな。俺なんか剣を握ったこともないってのにね」


苦笑するような表情で店主はカゼルに溢した。


「ああ、気を付けるとしよう。釣りはいらん」


カゼルはそう言って酒瓶を三本購入し、代金を余分に支払った。


店を出たカゼルは、購入した酒瓶のラベルを眺めながらどんな味がするのか楽しみに想像していた。すると、魔女水晶越しにマルヴォロフから連絡が来た。


「俺だ、大人しく潜入してるか?」


「ああ、上手く溶け込めている筈だ。お前は何処だ?」


と、カゼル。


「今は郊外の工作拠点だ、幸いにして巡回兵に漁られた様子はない。どうだ、こっちの様子は見えてるか?」


と、言いながらマルヴォロフは水晶に自分の顔を映して見せた。


「どうなってんだ?お前の仮面が見えるぜ」


「俺は魔女さんに親切にしてるからな、こういう使い方もあるんだとよ」


「ハッ、エルマ人と馴れ合ってどうなる?誘導地点はそこか?」


「あぁそうだ、座標を送るから地図を用意しな。そんで、鼠にはここを指定させてくれ。待ち伏せにうってつけの地形だ」


「了解した」


カゼルはマルヴォロフから示された座標を地図へ記入する。


「どのみち作戦開始までは時間がある、俺達も王都で食糧なんか補給するぞ」


マルヴォロフは、単独で潜入を行う際各地に工作拠点を設けている。拠点と言っても、ほら穴やコテージ、キャンプに毛が生えた程度のものだ。そして、食糧が置いてあるわけではなく数日を過ごすのに快適とは言えない。


「分かった、くれぐれも目立つ真似はするなよ」


カゼルは、先程の店主の言葉が頭を過っていた。


「ハハ、お前に言われたかねえよ」


マルヴォロフはあくまで軽薄な口調で笑い飛ばした。

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