第13話 処分
数日を経て、帝都に帰還したカゼル率いる特務騎士達。
エーリカとアーシュライア、ツヴィーテを除けば全てリサール人で構成される彼等にとって、この照り付ける太陽が如何に身を焼く日差しとは言え、体を内からを焼くマナに比べれば何と言う事は無い。
逆に言えば、それだけリサール人にとってマナ傷とは致命的なものなのだ。
カゼルは左腕に血の滲んだ包帯を巻いたままに、部下達に毛皮や猫人達の工芸品を売り払うよう命じる。
こうして得た資金は軍費の足しとされるが、幾分かは調達した者の給金に還元される。
リサール帝国軍は帝国民の税金で成り立つ組織だが、敢えて言うならインセンティブというところ。それでこそ、勤務意欲が沸くというものだからだ。
そして何より、他国や亜人種から略奪した物資は、技術の発展などに、必ずしも帝国民の役に立たない訳ではない。
ベヘモットの毛皮についてはマルヴォロフが皮職人の元へ持参した。魔法を弾く希少な毛皮で革鎧を作ってもらうためだ。
そして、ツヴィーテはエーリカとまだ怪我の完治していないアーシュライアを彼女達の私室まで護送する。
カゼルは、特務騎士達の武器の整備等の所用を監督し終えた後、ジェイムズの元に報告へ向かった。
「それで、どうだったんだ?」
カゼルは返答代わりに、ごとりと音を立てて族長にゃん太郎の首を机に置いた。
「なっ…お前……」
生首へと成り果てたにゃん太郎。
そのこの世の全ての苦しみを刻み付けたような顔は、明らかにまともな死に顔では無かった。一体どれ程の苦痛と絶望の中で死ねばこんな死に顔になるのだろうか。
部下の残虐性の程を見て、絶句するジェイムズ。
「証拠なら外に置いてますよ」
カゼルはそう言って、回収した荷馬車へジェイムズを案内する。
「これは…確かにリサールの馬車だが、商人の物ではないぞ」
「どちらにしろ同じことでは?」
腕を組んで憮然とした態度を崩さないカゼル。
「ここ、紋章を偽装している。良く見てみろ、近衛騎士のもんだ」
「…近衛騎士?」
これには流石のカゼルも訝り、近付いて確認する。
「実はお前らが出張ってる間、近衛騎士の連中がうちの周りを彷徨いてやがった。まんまと俺達は連中の自作自演に引っ掛かったようだな」
ジェイムズは自虐的に笑う。
「ほぉ…近衛騎士……そいつ等はどうしたんです?」
カゼルは、まるで新たな獲物を見つけた肉食獣のように獰猛な笑みを作る。
「……俺とジェラルド、エルヴィノで対応してお引き取り願ったよ。お前と違って穏便にな」
近衛騎士団というだけでカゼルは気に食わない理由がある。
本来ならばカゼルは、ブランフォード家のしきたりに則り、近衛騎士団にて皇帝へ忠誠を誓い、その盾となるべく白い鎧に身を包む筈だったのだ。
無論それは、彼が家を出奔して無頼に身をやつさなければの話である。
「フン、浮かばれねェなァ…あの亜人種(ゴミ)どもは。連中を潰して得た資金は、精々大事に使わせてもらうとしますよ」
カゼルは申し訳無さそうな振りをして見せた。そんなことよりも新たな火種が生まれたことを知り、次の戦いを待ち兼ねた。
*
「この人はアーシュライアと猫人達に酷いことを!」
エーリカは怒ってジェイムズに喚き散らす。
「はァ?何いってやがるこのお姫様は、殺さなかっただけ感謝してもらいたいもんだ」
さも呆れたとばかりに手振りをして見せるカゼル。じろりとカゼルを睨み付けるアーシュライア。治癒魔法によって既にカゼルに負わされた傷はひとまず塞がっているが、その心の内まで癒えたわけではない。
一方のカゼルは治癒魔法を受ける訳にはいかない。左腕と右膝の包帯には、まだ乾いた血が滲んでいる。
「何の罪もない集落を襲って、略奪して焼き払って…だからお前らは賊と大差ないと言うんだ、訓練されてる分賊よりもたちが悪い」
アーシュライアは毅然としてカゼルとジェイムズに向かって言い放った。
「アーシュライアの言うとおりだ。カゼル、うちは軍隊だ。山賊の集まりじゃねェんだぞ?お前は暴れることしか能がねえルセリアンどもと同類か?」
ジェイムズはとうとう、カゼルを怒鳴り付けた。
「聞き捨てならねェな…アンタの部隊で誰が一番身体張って来たと思ってるんです?」
カゼルも堪えかね、ジェイムズにも食って掛かる勢いだ。
「今回の近衛騎士の自作自演に引っ掛かったのだってお前のミスだ。他の人間に確認を取らせれば分かった筈だぞ。関係のねえ亜人種の集落を焼き払った上に、アーシュライアへの暴行。本来なら懲戒処分ものだ」
ジェイムズは、それを上回る気迫でカゼルをビシリと黙らせる。
「……ハッ。俺に、シロウトの女に従えと?冗談じゃねェ…いつから特務(ウチ)はお姫様と魔女様の召し使いに成り下がったんです?」
それでもカゼルはがたりと席を立って、ジェイムズに真っ直ぐ向き合い、言い放つ。
「今は身内なんだ、仲間内で殺し合うなと言ってる。それともお前は"騎士狩り"みたく敵味方問わず皆殺しにするのか?」
ジェイムズの言う騎士狩りとは、帝都を騒がす辻斬りの類いである。
闇夜から突然現れ、強者と見れば誰彼構わず斬って回るという。
ある種の怪談の類いだが、実際に騎士狩りを見た事がある人間は少なくない。
曰く、白金の髪を伸びるままにした赤い瞳の長身の美女であるとか。
冥府の風を思わせるような冷たい光を放つ剣で腕に自慢のある帝国騎士や用心棒を斬り捨て、また闇夜に溶け込むように消えていくと言う。
「あ、あの…喧嘩は…やめてください…」
エーリカは申し訳なさそうに言う。
彼女が言い出した事ではあったが、彼等が争うのも見たくはなかった。
「ハッ……下らねえ。俺はもう帰るぜ」
ずかずかとジェイムズの執務室から出ていくカゼル。
「部下の蛮行をどうか許してくれ…これで水に流してくれとは言わん、また何かあれば俺に言ってくれ」
「ふん…」
アーシュライアは鼻を鳴らす。
エーリカとアーシュライアもまた、その部屋を後にした。
「やれやれ……」
ジェイムズは自分の席で煙草に火を付け、溜め息をついた。
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