第12話 ツヴィーテとアーシュライア

「また荒野か…うんざりだな…」


北部から南下するに連れ、焼け付くような日差しと、乾燥しきった大気がアーシュライアの心持ちまで乾かしていく。

見渡す限りの荒れ果てた大地。


所々あるのは枯れ木と枯れ草、そして戦場跡。

枯れ木以外に立っているものがあるとすれば、戦旗の残骸と、串刺し刑に使用されたとおぼしき骸骨を貫く杭だ。


「今回の一件で、何故リサールにはこんな荒れ果てた土地しかないか分かったか?」


幌馬車の手綱を握るツヴィーテはアーシュライアに向けてそう言った。


その昔、リサール人は同じ戦神ルセイルに産み出された者同士で殺し合っていた。

即ち、この大陸で最も破壊的な力を持つ巨人族。

巨人族よりも小柄だが、幾分かの知性と巨人族に次ぐ破壊力を持つオーガ族。

そしてオーガ族に付き従い、彼等同様破壊と略奪を好み、繁殖力と人海戦術に長けたオーク族。


ルセイルによって最後に産み出されたリサール人と呼ばれる種族は、虐殺と破壊行為しか行わない彼等と比較すればまだ話の通じる分類と言える。


かつて、エルマ人との接触から魔法を行使することで更なる文明化を目指した現リサール人の派閥と、従来のリサール人の生活を良しとする旧リサール人の派閥で大規模な抗争が起きた。


旧リサール人は現在はルセリアンと呼ばれている。

戦神の落とし子達の中でも、人でなしの失敗作だと言う皮肉を込めての事だ。


当初は単純な破壊力で勝る旧リサール人派が優勢だったが、現リサール人派は数と知性、エルマ人の協力を得た事で次第に優勢になっていった。


リサール人達は、旧リサール人達との正面切っての衝突を避け、特殊部隊を運用し旧リサール人達の拠点を非戦闘員に至るまで殲滅させる作戦を敢行する。


そして、補給を断たれ疲弊した旧リサール人に総攻撃を仕掛け、旧リサール人派を壊滅させた。そうして現在のリサール帝国を築き上げ、それからは全ての旧リサール人、巨人族やオーガ、オーク達を帝国南部に広がる死の砂漠へと追放した。


その当時の特殊部隊は功績を認められ、現在は帝国議会直属の特務騎士団として運用されている。


カゼルは、ルセリアン達との闘いの中で幾多の虐殺の現場を目撃した。

かつての彼は報復として多くのルセリアンの拠点を、女子供に至るまで焼き払った。


凄惨な闘いの中でカゼル自身もまた、ルセリアンに匹敵する残虐性を身に付けたのだ。


そして、リサール人とルセリアン達の闘いは今でこそ鎮静化を見せているが、未だ終わった訳ではない。


「何があの男をああさせるのだ?全く理解できん」


アーシュライアは、疲れて眠りこけているエーリカの頬を撫でながらツヴィーテに尋ねた。


「怒りや憎しみに晒されれば、元からそうでない者も誰かを憎むようになる。その極め付きがアイツだ」


ツヴィーテはそう答えた。

彼にも迷いがある、兄の仇討ちか、それともカゼルの暴走を止める為なのか、何のために自分が特務騎士に残っているのか常に自問自答していた。


「うちの隊長は戦闘狂でサディストだ、ルセリアンどもとなんら変わりねえよ」


カゼルは、兄の報復に来た彼を打ちのめして強制的に入団させたが、除隊については正規の手続きを得たのならば認めるとも言っていた。


「じゃあ何故お前はリサール人に協力する?」


アーシュライアはツヴィーテに尋ねた。


「……俺は昔、兄貴の仇を取りたくて奴に挑んだのさ」


ツヴィーテは馬車を走らせる馬の鬣を何となく眺めていた。

そしてなお遠い目をして語り始める。


「一太刀は喰らわせてやったが、その後は散々に痛め付けられた。見ろ、思い出すだけでこれだ」


ツヴィーテは皮肉げに笑う。

手綱を握る右手は震えを刻んでいた。


「奴は 殺さない代わりにうちで働け、と言った。そうすればいつかは俺を殺す力と機会を得るだろうと」


ツヴィーテの手綱を握る手は、震えを殺して力強く握り締められる。

かつての屈辱は今もなお続いているのだ。


「俺は血まみれで、苦痛に心を折られていた。ただ死ぬのが怖かった…臆病者だ」


彼は自虐的にそう吐き捨てた。


「そんなに奴が怖かったのに、私を助けてくれたのか?」


いつになくアーシュライアは、優しげな顔をツヴィーテに向ける。


「……それは」


「ありがとう、ツヴィーテ」


アーシュライアは愛おしげに背後からツヴィーテを抱き締めた。

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