第11話 帰還

マルヴォロフ達はカゼルとアーシュライアの一騎討ちを物陰から見守っていた。


決着が付いてカゼルのリンチが始まったときには、グラウンドスピリット・ロードを召喚しようとし、カゼルを打ちのめそうとしたエーリカを、マルヴォロフが抑え合流地点に連れ戻る。


マルヴォロフは、エーリカのローブ越しに柔らかな身体の感触を手に感じていたが、それどころではない。


気の立った"イカれ野郎"は、この猫人の集落を焼いた炎と同じ。

その殺意は貪欲なまでに全てを呑み込み、焼き尽くす。残るのは灰と屍のみだ。


マルヴォロフはエーリカの魅了によるものとは言え、二人を同行させる事を肯定した。

アーシュライアに続いてこのエーリカまで彼の餌食にさせるつもりはなかった。


「放して下さい!」


「止めとけ、余計話が拗れるだろが…」


今のカゼルは下手をすれば護衛対象であるエーリカについても"事故"として処理しかねない。

王族だろうが何だろうが、弱者はすべて有象無象。立ちはだかる者は斬り捨てる。

そういう男なのだ。


そんなマルヴォロフの内心を知る由もなく、エーリカは彼をを振りほどこうとしている。


「貴方はアーシュライアがどうなってもいいのでしょうけど…!」


エーリカはもがきながら言う。


「俺だって、どうでもいい良い訳じゃねぇ…」


マルヴォロフは堪えるようにそう言った。


「だったら…」


「悪いが、命懸けであのイカれ野郎とやり合うつもりもねえ。結果は見えてる、生きたまま八つ裂きにされるのは御免だ…」


マルヴォロフはその鉄仮面を俯かせてかぶりを振った。瞬く間にベヘモットを葬る程の腕を見せた彼も、カゼルとやり合う事は避けたいらしい。


「……」


エーリカはそれでも不服げにマルヴォロフを見つめている。


「…ツヴィーテが上手く言いくるめてくれりゃいいがな」


マルヴォロフが吐き捨てるようにそう言うと丁度、ツヴィーテがアーシュライアに肩を貸して帰って来た。


「姫様…」


アーシュライアは、ツヴィーテに肩を借りながらエーリカの元へ戻って来た。

ツヴィーテは彼女にローブを貸している為剥き身の甲冑姿である。


「アーシュライア!…大丈夫!?ごめんなさい…私が余計なことを言わなければ…」


泣き出して、ボロボロのアーシュライアを抱き締めるエーリカ。


「謝るのは、私の方です…私の力不足で…こんな…」


「…おい、ツヴィ無事か?」


マルヴォロフはひとまずアーシュライアの無事を確認すると、やや安堵を見せる。


「俺は問題ありませんが、この魔女は脚をやられてます」


「ちっ…野郎が来たら言え、お二人はもう幌馬車に入ってろ」


マルヴォロフはため息を一つ付いてからは、黙ってツヴィーテと共に二人の入った幌馬車を見張りながら合流を待つことにした。


*


カゼルは、アーシュライアにやられた右膝を僅かに引き摺っている。


この程度のマナ傷なら死に至ることはない。

だが、エルマの呪いにより、マナを含んだ水を受けてしまった左腕と右膝には、風穴を空けられたそれとは別の激痛が走り続けており、傷は左腕の方がやや重い。


沸々と沸き上がる赤黒い感情。

赤く明滅する視界は、マナ傷による物ではなく自前のものだ、胸を焦がす憤怒の炎のためだ。


やはり、殺しておくべきだった。

先刻ではない、エーリカを連れ戻せと命を受けたあの日、あの魔女は始末しておくべきだった。


手温い馬鹿どもの茶番に付き合ってやれば、五体に風穴を空けられる始末。

ジェイムズは一体どういうつもりなのだろう。


「……あのガキは、まだ見つかってねえのか?」


言いながら、カゼルは焼け跡を蹴り上げて瓦礫を退ける。

同じ手でくると考え難い。

その激情のぶつけ先を持て余しての事だ。

獣人の捨て身の攻撃とは言え"ガキ"に兜の角を折られるなど、彼は腸が煮え繰り変えるような気持ちだった。


カゼルは痛みを堪え、兜に覆われた顔の眉間の皺を更に増やす。

鞘に納めた二刀は冷然とした光を未だに漂わせている。


「隊長、あのガキは大火傷でしたからどうせ生きちゃいませんよ、それよりお怪我を…?」


その男は、カゼルの様子に違和感を覚えた。

彼とて、何でもないのにここまで不機嫌になることもない。


しかし激痛と、部下の怠慢な発言にカゼルの苛立ちは加速する。

カゼルはその部下に詰め寄ると、血走った目でその男の兜から覗く目を睨み付ける。


「お前。皆殺しにすると言われて、死体を確認しねえのか?」


いくらカゼルでもそんな些細なことで、部下を斬るつもりは無い。

だが、彼の携える剣は血を求めるように、鞘の中から凍てついた光を放つ。


「し、しかし…」


「"しかし"って言うんじゃねェ…!」


カゼルの目も、その胸に猛る炎と同じ赤黒い光を湛えてギラついている。


「し、失礼しました。あのガキはマナ探知にも引っ掛かりませんでした…既にここを離れているものかと…」


その特務騎士の男は、怯えながら報告する。

彼とて苛烈な特務騎士課程を乗り越えた強者だ。

そんな男でも、常軌を逸したカゼルの凶暴性の前には恐れを成す他なかった。


「……これだけ煙が上がってる、現場(ここ)に居続けるのもそろそろマズい。毛皮や物資を馬に乗せて撤収するぞ」


カゼルの脳は少しだけ冷静さを取り戻した。

下知を下すと、ズカズカとマルヴォロフとの合流地点へ歩いて行く。

特務騎士達は恐れ入る気持ちでその背中を見つめていたが、すぐに撤収の準備に入った。


目ぼしい物品や金品、工芸品が奪い尽くされた猫人の集落の跡地には、串刺しにされた死体に火が付き始めていた。


そうではないのは焼死体と斬殺死体。

他は瓦礫と灰だけが残った。



「マルヴォロフ、すまんなァ。遅くなった…」


カゼルは、その黒鎧に納まり切らぬ凄味を漂わせている。嗜虐を含ませて、兜の中では笑みを浮かべる。

部下達に向けた理不尽な怒りはほんの序の口であったように、彼の怒りは一周回巡ってまた再び狂気を帯び始めていた。


「あ、あぁ …そうだ、急ぎで伝えたい事があってな」


マルヴォロフは待ち兼ねていたように手振りを見せた。カゼルの様子から既に彼は身の危険を予期している。


「…アーシュライアが行方不明だとか言わねえだろうな?"爛れ面"」


これは、完全にキレている。

マルヴォロフは、カゼルがいつ斬り掛かって来ても良いように身構えた。


「……」


「お前に渡してあるマナ探知機はどうした?見ろ、アーシュライアが此方の邪魔をしに来た。俺が腕をぶち抜かれてる間に、お前は姫様と仲良く草むしりか?精の出ることだ」


カゼルは包帯を巻いた左腕をマルヴォロフに見せ付ける。

カゼルは、今回の"調査"を見ればアーシュライアが必ず介入して来るだろうことは予期していた。

それを分かってマルヴォロフとツヴィーテに彼女を見張ることを言い渡したのだ。


「…俺があいつを制止仕切れなかったんだ、すまなかった」


マルヴォロフは殊勝にカゼルに謝罪した。

だが、カゼルの放つ凶暴な気配は収まりを見せない。


突然カゼルの右腰のマスティマが閃く。

一直線にマルヴォロフへ放たれた十字の軌跡。


マルヴォロフはカゼルの足さばきと同じように最小限の動きを取って後退し、カゼルの十字斬りを皮一枚の所でかわした。


「ハッ、これで斬られる程腑抜けた訳じゃないらしいな、安心したぜ…」


カゼルはマスティマを素振りして、鞘に納めた。


「お前!」


「予定の時間を過ぎてる、とっとと撤収するぞマルヴォロフ」


カゼルはマルヴォロフの言葉を遮り、下知を下す。エーリカとアーシュライアは、傍らの幌馬車の中から、カゼルのその凶行を見咎めていた。



マルヴォロフは道中、仕留めたベヘモットの死骸へ皆を案内する。

エーリカとアーシュライアの乗る幌馬車は、所狭しと毛皮や物資が並べられた。


ベヘモット毛皮が魔法を弾く事はアーシュライアによって確認済みだ。

甲冑の上へ羽織るだけでもその効果を期待できる。


魔法による攻撃を受ければ即座にマナ傷による激痛を受けるリサール人の彼等にとってその効果は、たとえ乾帯のリサールで毛皮を羽織る等という愚行を犯すとしても、喉から手が出るほど欲しいものだった。


そうしてベヘモットの毛皮もまた、対魔法用の装備の材料として持ち帰られる事となった。

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