第6話 進軍
「姫様、何故彼等に同行を?」
アーシュライアは主に尋ねた。
同行するにしろ、しないしろ、主人の身には危険が迫るだろう事は先日のグーリンウェル達の襲撃が示している。
その原因は、エーリカのその類い稀な魔法力にある。
「あの人は、きっとまた悪いことをします、私達が止めなくては…」
エーリカは稚拙な表現だったが、悪いことどころでは済まされない事は理解していた。
カゼルの放つ獰猛な気配が増したことから、更なる殺戮、破壊、略奪の予感を感じ取っていた。
「……しかし、それは…」
難しい、と言う言葉をアーシュライアは飲み込んだ。
アーシュライアもカゼルには痛い目に遭わされている。再び相まみえて、無事で済むとは思えなかった。
「俺もそう思う、昔はあそこまで酷い奴じゃ無かったんだがな…」
何処から現れたのか、何時からそこに居たのか、準備を終えたマルヴォロフもアーシュライアに並んでうんうん、と頷いていた。
「うわ!いきなり話に入ってくるな!」
驚き混じりでつい怒鳴るアーシュライア。
彼女自身、やや勢い余って言いすぎた自覚を抱く。
「まぁ待てよ…俺も全くの同意見なんだぜ?顔を見せねえ無礼は詫びるけどよ、そこまで嫌わなくてもいいだろ…」
マルヴォロフは気落ちした様子を見せる。
「…言い過ぎたな、すまん。だが、お前は騎士と名乗るくせに、姿を隠したり、カサコソしているのはどうなんだ?」
「人を害虫みたいに言わないで欲しいもんだ」
マルヴォロフはわざとらしく手を広げ、そう言った。
*
エーリカの思惑通り、カゼル達は彼女を連れて出発する。
目的地の猫人達の集落へは首都から、馬に乗って北部を目指して5日ほどだろうか。
エーリカ達はその周辺で採取をして、カゼル達の"調査"が終わり次第合流して帰還する手筈だ。
カゼル達はリサールの気候には当然慣れている。兜の目孔部だけ開けて、常時武装したまま騎乗し、行軍する。
しかし、アーシュライアはともかくエーリカが陽射しを受けながら行軍とは些か厳しいものがあった。
そのため、特務騎士側で日除けの出来る幌馬車を用意し、二人はそれに乗って付いていくことになる。
カゼル達だけならば本来3日で到達するのだが、それによって5日かかることになった。
カゼルは、エーリカの体調管理にはかなり神経を削った。
果たして、このお転婆な姫君はその奔放さに見合う体力があるのかどうか。
加えて言えば、また賊徒に襲われたりして彼女の身に万が一何かあれば、首が飛ぶのは自分なのだ。
特務騎士達の水や食糧などは、無論各々が必要量を持参しており、予備分もエーリカ達が乗る幌馬車に積み込んだ。
しかし、日保ちする持参分を温存するため、オアシスがあれば木の実を採ったり、仙人掌の果肉を啜ったり、蠍や蛇等の生き物を彼等は捕まえ、その体液までも残さず喰らい、喉を潤す。
一方アーシュライアは魔法で水を精製していた。彼女はマナを使って飲料水を自分で調達できる。
カゼル達がマナによって精製されたこの水を飲むと、比較的耐性がある者は腹を壊す程度だが、最悪の場合は意識を失うほど呪いによって激痛に苛まれる。
カゼルは二人に食糧を分ける事はしたが、アーシュライアが御返しにと差し出した水を受け取る事はしなかった。
そして意外にも、エーリカは蠍だろうが、蛇の肉だろうが何でも食べた。
「そんなに食ってその体の何処に納まるんだ?」
更に、食糧の予備分をエーリカが摘まみ食いしているのを見て、カゼルは苦々しく笑う。
*
道中、普段なら対峙したカゼルの殺気に戦き、逃げ出していく筈の砂漠狼、巨大蠍などのリサール特有の獣がエーリカを狙って襲い掛かってきた。
「犬コロがこの俺を見て吼えるとはな、躾が要るらしい」
その故を知らずとも、彼女に害なすものを斬るため剣を振るう。
その褐色、茶橙色の毛皮を纏った大型の狼達は黒い狼と呼ばれる男の"牙"の餌食となった。
そして、彼等の毛皮や牙と言った"資源"は残さず剥ぎ取られ、エーリカの幌馬車へ放り込まれた。
北部へ進行するに連れやがて砂漠は荒れ地に、荒れ地は草地へと変わっていく。
気候も湿度を含むようになり、やや涼しげに変わる。
リサール帝国北部に差し替かり、道中の高台から見下ろすと、広大な森林が目に入った。
この辺りは、帝国領と名が付いてはいるが、亜人種やスラーナ人が暮らす土地だ。
アーシュライアとエーリカは清浄で、マナを含んだ大気に喜び、深呼吸をした。
食事や睡眠による自家発電ではなく、清浄な自然からマナを賜る。
それは随分久しぶりの事だった。
一方のカゼル達は、大気中のマナが増えた事を確認して薬を飲んだり、口に布を巻き付け、直接吸い込まない措置を講じていた。
マナは魔法使いの者が意図して細かくしたもので無い限り、自然に存在する分ならばこれで体内に取り込むことを防げる。
また、一部の者は甲冑の上から黒いローブを羽織るなどして、直接肌を晒さないようにした。
エルマの呪いを受けているリサール人はマナを長時間吸い続けると、肺が焼けるような痛みに冒される。
何の措置も講じないのはマルヴォロフとカゼル、そしてスラーナ人のツヴィーテだけだった。
二人の鉄仮面と、フルフェイス型の黒い角兜は、あらゆる任務に対応するために、こうしたエルマの恩恵が強い土地でもマナを吸い込まないような特殊な加工をされている。
また、呪いへの抵抗力も個人差があるためだ。
いずれカゼルは全隊員に、その加工がなされたフルフェイス型の兜を支給したいと考えている。
しかし、予算不足の為、現状こうした貧乏臭い措置を部下に強いていることを、隊長として恥じていた。
カゼルの角兜は、角の部分は一見すると狼の耳のように見えなくもない。
そのため、黒い狼と呼ばれているのかも知れない、とアーシュライアは思った。
久しぶりに、自然のマナを吸い込んで気分も爽快になった彼女は機嫌を良くしていた。
「リサールにも、元から綺麗な所があるんだな?」
珍しく彼女の方からカゼルへ話し掛けた。
「あぁ、この辺はスラーナに近いからな。スラーナに侵攻して併合した時、連中の生活に配慮して森林帯を焼き払わない事にしたんだ」
カゼルは魔女商会の印が入った煙草に火を付けた。
「………」
アーシュライアの爽快な気分は台無しになった。
そして、聞かなければ良かったと後悔した。
「ここです!この辺りなら薬草が群生しています」
幌馬車を飛び降りたエーリカは、花を実らせた草を指差した。
カゼル達は正直なところ、他の雑草と見分けが付かなかったが、専門家の言うことに文句を付けるつもりはなかった。
「分かった。マルヴォロフ、頼むぞ?」
カゼルは、やや不安げにマルヴォロフに指示する。
「了解。姫様、これを集めれば良いのか?」
マルヴォロフは、生返事をしてエーリカが指差した薬草を摘み取ろうとする。
それは、決して雑な手付きでは無かったが…
「ダメ!むしり取ってはいけないの、薬の質が落ちてしまいます」
マルヴォロフは叱られてしまう。
「す、すまん…俺は探すのを手伝うだけにしとくよ」
カゼルは緊張感の欠片もない二人を見て、眉間に皺を寄せた。
ピクニック気分の二人を冷めた目で眺めてから、ツヴィーテに歩み寄る。
「ツヴィーテ、よく見張っとけ…いいな」
「了解」
ツヴィーテはいつもの抑揚のない声で返事をした。
「行くぞお前等!目標は近い」
カゼルは騎乗し、馬の蹄で草木を踏みにじりながら、隊列を引き連れ、猫人達の村落へと向かった。
エーリカは、カゼル隊が踏みにじって行った草花を慰めるような手つきで撫でていた。
エーリカに触れられたその草花は、彼女の操るマナによって再び元のように生え立つ。
「姫様…」
彼女の心中を察したのはアーシュライアだけだった。
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