最終話 BAD END
「いやー、今日は晴れてよかったね」
「そうね。ここ数日は雨続きだったから、大事な式の日も雨……なんてことにならなくて良かったわ」
誘拐事件から五年の月日が流れ、大人びた感じから年相応の雰囲気になったステラ。今日はいつもの螺旋状のツインテールではなく腰まで届く髪をストレートにしていて、普段とは違う彼女の姿にドキっとする。
僕が設定した容姿はあの学生期間だけのものだった。前世では自分の考えたキャラクターがゲームENDの先まで成長していくなんて考えもしなかった。
他のキャラたちもだ。
「やぁ、お二人さんともお久しぶりでさぁ」
「貴方。友人とはいえ、もう少し敬意を払ってくださいわ」
フランクな感じで近づいてきたのはサトウ夫婦だ。
二人ともこの国じゃ珍しい着物を着ている。キャロルさん曰く、夫の故郷の風習を気に入ったからだとか。
「キャロル。ぼかぁ……自分が言うのもなんですが、君の敬語もなんだかチグハグでさぁ」
サトウ先生……教職は辞めているからサトウさんか。現在はアストロ伯爵領の兵士たちへ訓練をしたり、伯爵の警護をしながらキャロルさんの弟を支えている。
「し、仕方がないだろう!普段は騎士としての話し方しかしないのだから」
妻のキャロルさんは女性だけで構成された騎士団の副団長としてバリバリ仕事をしている。こちらはあと数年したら退役して伯爵領に戻るらしい。
「キャロル、無理しなくていいわよ。公的な場とはいえ、私たちの近くにはあなた達しかいませんわ」
「いや、しかし……申し訳ありませんステラ。騎士とはいえ、貴族の娘ともあろう者が王妃に向かって馴れ馴れしい言葉遣いで」
「気にしなくていいのよ。それに、これからはキャロルに私の警護を任せるんだから」
「うぅ……勿体なきお言葉。ありがとうございます」
感激のあまり泣きそうになるキャロルさんにオロオロとステラが狼狽える。
「いやぁ、まさかアインが国王になる日が来るなんて思いもしなかったでさぁ」
「それはこっちのセリフだよ。ったく、あのバカ王子は……」
リリアが修道院入りした直後、次期国王になるはずだったルークスはいきなり王位継承権を棄てて出家すると言い放った。
これには当時の宮廷官僚や貴族たちが大騒ぎ。なんとか思いとどまらせようとしたが、罪滅ぼしだとか、自分探しだとか様々な理由を付けて無理矢理城を出てしまった。
しかも、法律上や歴史上ではなんの問題もないようだったのでタチが悪い。そういえば無駄にハイスペックだったよなぁと思った。
結果、僕に席が回ってきた。国王の継承権問題にならないようにしたひとりっ子計画が逆にアダになってしまった。
「国は誰かが継がなきゃいけないですから、仕方ないでさぁ。アインが王にならなきゃ、貴族たち総参加の殺し合いになって内乱でも起きたかもしれませんからねぇ」
「おかげでウチのオヤジが……ね?」
「あー、公爵様はさぞ苦労なさったでしょうよ」
あとは娘夫婦に爵位を譲って隠居生活を始めようとした矢先にだったからね。
公爵令嬢が王妃になる分は家としても名誉あることだけど、養子の息子が正式な王族になって国王になるときたもんだ。
「あら、お父様は満更でもない様子だったわよ。後妻を娶って、ついこの間赤ちゃんが産まれたの」
「そいつはおめでたい話ですけど……お二人はなんの問題もなくて?」
「「別になにも?」」
貴族として家を存続させるためには仕方がないことだし、僕もステラもそんなことで文句を言うほど子供じゃない。
亡くなっていた公爵夫人の墓前で涙ながらに再婚を伝えていたオヤジの姿は印象的だったけど、その後はどこか吹っ切れた様子で職務をこなしている。
手がかからなかったり、義父を友達扱いする子供達とは違ってまだまだ産まれたばかりの義弟に手を焼いているとか。
ちなみに新しくオヤジの嫁になった人は元帝国の皇女だったりして、色々な厄介ごとがあったんだけど、今になってはいい思い出だ。
「ところで、アヤメさんは?」
サトウ夫婦と話していて思い出したが、ステラたち仲良し三人組の残り一名がこの場にいない。
「アヤメは仕事の都合でどーしても間に合わないから城内には来ていない。明日以降のパレードには参加する! とは手紙に書いてあった」
「流石は今知名度が急上昇中の女社長でさぁ。あの若さであっちこっちの国と商売してんですから」
卒業後に商人になったアヤメさんは二年程前に独立し、商会を設立。王家、公爵、伯爵家のコネをフルに使って事業を拡大していった。持ち前の明るさや親しみやすさも合わさって巨大な人脈を築き上げている。
ステラが今着ているウエディングドレスや式のプロデュースもアヤメさんの紹介で準備された。
「私が聞いたお話しでは、どこぞの修行僧の方とお付き合いされてるみたいだわ。それも私たちがよく知るお方らしいし」
「あの野郎……次会ったら一発ぶん殴ってやる! というか、アヤメさんもいつ知り合ったんだよ⁉︎」
「それは明日以降のお楽しみってことで。お二人さん……アイン国王陛下。ステラ女王。ご結婚、並びにご即位おめでとうございます」
「私からもおめでとうございます。お二方の友人として、国民の一人として祝福します」
ピシッとした、騎士らしい礼で頭を下げられた。
もう、式の時間だ。ここからは親しい友人ではなく、王と家臣という関係になるわけだ。
「キャロル、サトウさん。ありがとう」
二人と握手をして別れ、僕ら二人は城内に用意された式場に移動する。
そこには既に国内外の王族や貴族たちがビッシリと座っていた。
「新郎新婦入場」
アナウンスの指示に従い、ウエディングロードを歩く。
普通なら先に新郎が待っていて新婦が後から入場って形なんだけど、ステラがどうしても二人で並んで歩きたいと言うので変更になった。
一歩、また一歩とこの幸せを噛み締めながら進む。
王様になることの責任とかプレッシャーに押し潰されそうになるけど、隣にいるステラがいれば大丈夫さ。
というか、既に彼女に頼りっきりなんだけどね。隠し子とかなんとかで帝王学とか全く受けてないから困惑するけど、この世界の裏事情や文化、隠しアイテムや使えそうな人材の心当たりはいっぱいあるよ。リリアが選ばなかった攻略対象はそれなりに残っているし。
「それでは、結婚の誓いを」
オヤジのカイゼル髭とは違うサンタみたいな立派なヒゲを蓄えた教皇が今日は取り仕切ってくださる。
「僕は健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、どんな苦難に立たされようとも、君を……君だけを愛し続け、敬い、慰め、助け、この命が例え尽きようとも君のことを守り抜く」
向かい合ったステラの瞳を真っ直ぐに見ながら誓いの言葉を口にだす。これは嘘偽りも形式的なものでもない、僕の本心だ。
「私も、あなたを夫としてどんな困難があっても支え続け、民のため、国のため……未来の家族のために精進いたします。大好きですアイン」
顔を真っ赤にしながら、ステラも誓いをたてる。
そんな僕らを微笑ましそうに前国王が、オヤジが、アヤメさんにサトウさんが、今まで関わってきた人々が見ている。
「次に指輪の交換と、誓いの口付けを」
教会のシスターが持ってきた指輪を手に取り、恐る恐るステラの手にはめる。王家を象徴する二頭の獅子が背中合わせに六花の花を守る……僕が考えた渾身の紋章が刻まれている。こんなところもゲームに忠実なんだね。
ステラは指輪を持ってきたシスターと二、三言葉を交わして嬉しそうに指輪を僕の薬指にはめる。
「あのシスター、知り合いだった?」
「えぇ、『お二人の結婚式に参加できてリリアはとっても幸せです』ですって』
「なっ⁉︎」
思わずシスターが去っていた方を向くと、確かに見覚えのある顔の女性が目を合わせて笑ってくれた。
……髪の毛見えない格好してるし、あの頃の派手な化粧もしてないから気づかなかったぞ。
「あら、アイン。私だけを見てくれるんじゃないの?」
ステラは唇を尖らせて意地悪そうに言う。やれやれ、彼女にはかなわないな。
「もちろんだよ」
ヴェールをめくり、彼女を抱きしめ、そっと……けれどもこれでもかというくらいに熱い愛のキスをする。
「んっ……んんっ」
名残惜しそうに、物足りなく唇を離すステラと僕。残りは今晩のお楽しみに。
そして、式場からは溢れんばかりの祝福の拍手が贈られる。
その光景はまるで、ゲームのエンディングで流れたクレジット絵にそっくりだった。
『平民少女の下剋上〜悪役令嬢なんかぶっ◯せ!』
これにてBAD ENDルート終了。
そして、僕らのHAPPY END。
悪役令嬢の弟も悪くはないね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます