第20話 オマケ あの頃の伯爵令嬢
「やあぁ!」
気合が入るように声を上げながら木剣を振るう。
この木の塊を振り下ろす度に余計なものが削ぎ落とされ、自分自身が洗礼されてくような錯覚を覚える。
屋外にある修練場には私しかいない。
「………98、99、100ッ‼︎」
そこまで数を数え、剣を鞘に収めてタオルで汗を拭う。
程よい疲労が体にかかり、今夜もぐっすり眠れそうだと思いながら地面に座り込む。
「ふぅ〜、これで今日分の日課は済んだな。あとは片付けをして夕食にするか」
おそらく、寮に戻れば寮母さんが腕をふるってくれた豪勢な食事が待っているはずだ。
なんていったって、今日は特別な日なのだから。
私が剣の道に進んだのは間違いなく、あの決闘がきっかけなのだろう。
あれは、私がまだ幼少の頃。伯爵家の令嬢として王都を訪れた時だった。
貴族の子息たちをお披露目するパーティーに出席し、公爵家の一人娘や王太子様と顔合わせをした翌日。
私の家が治める領地に帰る前に、観光をしていこうという父からの提案を受け、親子で剣闘がおこなわれていたコロシアムに行ったのだ。
今の私がいうのもなんだが、あの頃はかなりのお転婆だったようで、可愛い人形や流行りの演劇には興味なく、剣闘士や騎士たちの熱い戦いを観るのが好きだった。
その日は、コロシアムのチャンピオンを決める日であり、会場は大いに盛り上がっていた。
そこで私は見たのだ。コロシアム常勝者で、王国一と名高かった剣士が、無名の新人に敗北したのを。
勝負は一瞬。試合開始の宣言を受け、両者が互いに打ち合ったと思った直後、最有力候補が倒れ、新人が立っていた。
自分の全てを一撃にかけ、最高の剣士を打ち倒した彼の姿に私は大きな感銘を受けた。
それからだ。私が貴族の娘らしかず剣を取り、己を鍛え、修練に打ち込んだのは。
元々、剣の才能はあったらしい。瞬く間に私は実力をつけ、メキメキと頭角を現していくことになった。
幼女から少女へと成長した私は、両親の反対を押し切る形で王都にある学園の騎士育成科に進むことになった。
「……ねぇ、キャロル。あんたが育ち盛りなのはわかるけど、食べ過ぎだと思うの?」
「ほうは? まらまらせんぜんははへるは(そうか? まだまだ全然食べれるが)」
寮に戻った私を待っていたのは、レパートリー豊富な夕食の数々だった。
今日から国の建国祭であちらこちらでお祭騒ぎだ。
恋人や家族が近くにいる生徒はこぞって王都の街に出ていった。
一方で、私や目の前にいる友人は学園の寮で開かれるプチパーティーに参加している。来週末には学園の一大イベントであるダンスパーティーも開催されるため、この場でダンスを踊るパートナーを探すのだ。
友人は普段、絶対にしないような化粧をして「今年こそ絶対にいい男を見つけるんだ〜!」と言っているが、その決意表明を聞くのは今年で何回目だろうか。明日は彼女の好きなお菓子を買ってきて励ましてやらないとな。そうだ! ダンスパーティーの時に私が男装して踊ってやるのも面白いか? ……いや、恥を掻くだけか。
「ところでキャロル。美味しいご飯に舌鼓をうつのもいいけど、あんたも男の一人や二人捕まえてみなさいよ」
「私がか? 無理な相談だな。私はこの身を剣とこの国に捧げたのだ。色恋にうつつを抜かすなど言語道断だ」
「恋愛小説を買い漁ってる人のセリフじゃないわよ」
「………アヤメよそれはそれ。これはこれだ」
いいではないか。訓練に打ち込み過ぎて気がつけば周囲には私を女として見てくれるような男がいないのだから。
女の子が素敵な王子様に憧れるのは、どの時代も同じなのだから。
まぁ、今は自分自身の剣を磨き、立派な騎士として活躍できるようになることの方が大切だ。
プチパーティーもある程度時間が経つと、自然とお開きという形になった。
会話が弾んでいい雰囲気になった男女は、そのまま夜の王都へ。
残念ながら仲が進展しなかった者たちは、同性同士で集まって反省会を始めた。
私たち……というよりアヤメはというと、
「だんで、ごどじもがれじができないのよ〜‼︎」
予想通りの反応とはいえ、いつもより感情表現が過激だな。
彼氏ができないことを嘆くなら平常運転だけど、顔を真っ赤にしてわんわん泣いてるのを見るとまるでやけ酒中の泣き上戸みたいな………。
ごくっ。ーーーうん、酒だ。
「全く誰だ? ジュースの中に果実酒を忍び込ませたのは」
思わずため息をつく。おおよそ、どこかの馬鹿がハメを外そうと酒類を持ち込んだのだろうが、学園内での飲酒は厳禁だ。
建国祭で検査が甘くなっていたのかもしれない。あとで騎士科の教師に警備の強化を進言しておかないといけないな。
「うぅっ………頭痛い。お腹の中が気持ち悪い」
酒とはいえ、度数の低い果実酒だったのだが、アヤメはアルコールに弱いようだ。
さっきまで赤かった顔色が悪くなって青ざめている。
「このままここで吐くのもなんだ。トイレに行ってくるといい」
「そうね。そうさせてもらうわ」
手で口を押さえながらアヤメは寮の食堂から出ていった。
………私のトレードマークたる木剣を杖代わりにして。
「帰ってきたら頭を揺さぶってやろうか」
しかし……思ってもみなかった。この数日後に私に婚約者ができたのだから。
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