第19話 私の騎士
平民少女の下剋上のワンシーン。
「あぁ、何とか間に合ってよかった」
「お願い。死なないでサトウ‼︎」
「そいつぁ、無理な相談でさぁ。この傷の深さじゃあもう助からない。ぼかぁ、このまま死ぬ」
「貴方が死んでしまったら、誰がリリアを守ってくれるの? 誰がリリアを助けてくれるの?」
「リリア、君はとても強い人だ。ぼかぁ、それを知ってる。だから泣かないでおくれ。最後まで笑って生きてくだせぇ」
見えますか。リリアが愛したこの方は、最後の最後まで笑って天国へ旅立たれました。
誓いましょう。ヤマトの誇り高い騎士、サトウ・スズキタナカとの思い出を胸に刻み付け、これから幸せになると。
ナレーション
「こうして、一つの事件解決とともに最も愛する者を失くしたリリア・ルルリアは、生涯において結婚はしなかった。ただ、女優として有名になったあとも、彼女は傷だらけの剣を大事に。ただ、大事に持っていたとか」
−王都のとある場所−
くっ、一生の不覚!
私が目を覚ますと、そこは知らない場所だった。
カビ臭い感じや沢山の木箱や麻袋が置いてあるところを見ると、どこかの倉庫のような場所だろうか。換気用の窓からは月が見えているから、少なくとも連れ去られて二、三時間は経過しているな。
手足は縄で締め上げられていて、身動きが取れない。それもかなりキツく。
「やはりお前が一番早く目を覚ましたか」
声の主はイスに座っていた。月明かりしかない薄暗い室内でもそのシルエットで誰かはわかる。
「貴様……グルムンク」
ナンバ出身の剣闘士。現在のコロシアムにおいて常勝し、今年度最強の剣士と呼ばれている。
「ふっ。今の俺は雇われの用心棒だ。ファンを攫うのは気が引けたが、これも仕事なんでな」
「雇い主は隣にいた糸目の男か」
アヤメやステラ様と親しげに話していたが、私は怪しんでいた。そして、二人に薬を嗅がせた時に抵抗しようとしが、グルムンクに気絶させらた。
腹に一発いいのをもらったせいで、少し痛む。私でなければ一晩は起きない威力だったし、反応できかったから奴の実力は私以上だろう。
「うっ……」
そうこうしているうちにステラ様が目を覚ました。一方で、その隣のアヤメはいびきをかき始めている……アヤメ。
「おい、イナリ。公爵令嬢の方が起きたぞ」
グルムンクが倉庫の入り口に向かって呼びかけると、ナンバの商人だと言っていたイナリという男が数人の部下を引き連れて入ってきた。
「やっとかい。可愛い嬢ちゃんのためとはいえ、これ以上時間が経って騎士団に嗅ぎつけられるのは困るわ思ってからなぁ」
よかったよかった、と言いながらイナリはステラ様の前に立つ。
「改めてみると、ごっついベッピンさんやな。相手によってはかなり高く売れるで」
「売る? ……あなた方でしたか。最近、王都で起きていた誘拐事件の犯人は。この国では人身売買は禁止されています。大人しく、騎士団に自首をなさい」
ステラ様は力強い声でおっしゃった。
私も噂では聞いていた。狙われるのは女子供が多く、裏取引が行われていると。まさか自分たちが狙われるとは思っていなかったが。
「こんなことをして恥ずかしくないんですの? 人が人を商品にするなんて。今まで攫った人たちを解放しなさい。そうすれば、最悪死罪は免れ」
バシッ!
「おい女。あんたはもう、ただのモノや。モノが主人逆らうなや」
イナリは容赦なくステラ様の頬を叩いた。
「貴様、よくもステラ様を……‼︎ 許さんぞ。私が叩き斬ってやる!」
「はっ、そのザマで何を言っとるんや。言うとくけど、あんたらに助けは来んで。もうすぐ港に船が着く。そしたらそれに乗ってこの国とはおさらばや。あんたらを売った金を合わせれば他国での運転資金は確保できるさかい」
このままではこの男は他国でも悪事を働く。我が国の者が……いや、騎士になるものとしてこいつを野放しにはしていられない! なのに、私は……
「おやおや。 泣いとるんですか? まぁ、仕方ないなぁ。これからあんたらは慰め者にされて壊れたら捨てられるやさかい。最後に親兄弟や彼氏に言い残すことはありませんか? 泣きながら土下座すれば手紙くらいは出させてやらんこともないで?」
「下衆が……貴様は絶対にサトウが見つけ出して殺されるぞ」
「サトウ? サトウ・タカナスズキのことですか? それはないわ〜、グルムンクの旦那はナンバの中でも一番やったんやで。王都のコロシアムでも優勝間違いなしや。国の犬に成り下がっとるあの男に負ける理由があらへん」
逆に見つけ次第殺したる。怒りを露わにした表情でイナリは言った。
前にサトウが言っていた悪徳商人とはこいつのことだったのだ。一法外な金額でモノを売りつけ、税を納めずに地元の領主に賄賂を贈って民を苦しめていたと。当時の仲間はほぼ全員が捕まったが、首謀者だったこいつは捕まらなかった。
「まだ二人とも生意気な目をしとるな。気に入らん。ワイは希望も夢もない絶望しきった女の目が好きなんや。おい、てめぇら」
後ろに立っていた男たちにイナリが声をかけ、私たちを取り囲む。
「船が来るまでもう少しかかるかも知れへん。使い物にならん程度なら遊んでもええで。ただし、出来るだけ顔には傷を残さんようにな。商品価値が下がってまうから」
な、何をするつもりだ⁉︎
「へへっ、わかってますよ。いつもの手はずで」
「俺はこっちのツインテールの女だな。こういういかにもお嬢様ってやつを滅茶苦茶にしてみたかったんだよ」
「ちぇ、そっちの二人には劣るがこの寝てる女も悪くはないな……じゅる」
ニヤニヤしながら男共が近づいてくる。下卑な視線が全身を舐め回す感覚に鳥肌がたってきた。
まだ、好きな人とも手を繋いだ事しかないのに、私はここで弄ばれてしまう。
「嫌! お願いだから止めて‼︎ 触らないでよ」
アヤメもついに起きた。必死に抵抗しようとするが、その手足を男たちが抑えつける。
「大丈夫だって。痛いのは最初だけさ。すぐに気持ち良くなるよぉ……へへへ」
このまま辱めを受けるのなら、いっそのこと舌を噛みちぎって死ぬか?
自分が剣がなければ何もできない人間だとは思ってもみなかった……アヤメ、ステラ様すまない。私が弱いばっかりに。何が騎士だ! 何が国を守るだ! 私は……私は弱い‼︎
「二人とも諦めてはだめよ。自分で自分の命を絶つことは一番不幸なことだから。わたくしは屈しません。わたくしを誰だと思ってるの? この国の貴族の娘。フォールド公爵家の長女、ステラ・フォールドよ。このくらいで絶望してやってられるほど甘くない学園の女王なんだから。それに、彼らには必ず相応しい罰が訪れるわ」
この方は……どこまで心が強いのだろう。この状況でどうして前を見ていられるんだ。
上に立つ者、先頭を進むに相応しい覇気がある人はこの方のような人なのだろう。
騎士になることができていたら、迷わずにこの方について行きたい。仕えたい。
もう一度、前を……
「そちらのお嬢さんの言う通りでさぁ」
あぁ、聞き間違いだろうか。聞こえないはずの声が……
「心配しなさんなぁ。ぼかぁ、あなたを死んでも守り抜くって約束したじゃあらせんか」
止まらない。
頬を伝う涙が。
さっきまでの冷たい恐怖の涙じゃない。
暖かい、安堵の涙が。喜びの涙が。
「お前はいつも遅いんだ。この大バカ者‼︎」
「サトウ・タカナスズキ。ただいま参上でさぁ」
世界で一番強い、愛する
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