第18話 最悪なイベント

 

「それにしても驚きましたよ。アストロ伯爵の婿養子がサトウ先生なんて」


「ぼかぁ、まだ生徒たちには報告してないですからね」


「生徒と教師が婚約って、学園的には大丈夫なんですかね?」


「その件については心配ありゃせん。ぼかぁ、あくまで臨時講師って立場でしたから。辞めろと言われれば辞めますし、辞めたあとはアストロ伯爵様にお世話になるつもりでさぁ」


 情けない話ですけどね、とサトウは笑った。


 さて、このサトウ・タナカスズキという人物は非常に取り扱いに困る人物だ。

 僕の覚えている範囲の記憶では、サトウは王国に並ぶ大きな国。帝国のヤマトという都市で生まれ育った武人だ。このヤマトという場所は和風の建物が建ち並び、日本の江戸時代に近い文化を形成している。そこには騎士というら概念がなく、武器を持って戦う人を武士という。

 サトウは地元では負け知らずで、強い敵を探し求めて諸国を旅し、その果てに王国のコロシアムに参戦。規格外な記録を叩き残して姿を消したと言われていたが……


「元々は不法入国やらなんやらで捕まりそうになったのを今の騎士団長に拾ってもらいやしたから、その恩義を返すために学園の講師をやってましたが……まぁ、戦いにしか能がない男ですからぁ、お偉いさんの家に婿入りして腰を落ち着けた方が恩返しになるってぇことでしょう」


 バトルジャンキーな上に金や地位に興味がない。この国にいたのは命を助けてもらった人物への恩返しのためだけだった。

 ゲームではこのサトウを攻略するために少々荒っぽい事件に首を突っ込むことにもなるのだが、今はゲームと違うルートにいるんだ。その心配は必要ないかな?


「同じ婿養子になるもの同士、何かあれば協力し合いましょう」


「それはありがてぇ提案でさぁ。バルジ領は伯爵様の長男が継がれるらしいんです。ぼかぁ、その子のサポートやら軍の指揮やらしないといけないんで」


 アストロ伯爵には後継ぎの男がいたのか……僕のところは姉様一人だから領地経営も軍備関係も自分でしなきゃいけないんだよなぁ。誰か頼れる武官を見つけなきゃいけないのか。……姉様に手伝ってもらうのってあり? いいや、流石にそれは情けないかな。


「しっかし、学園の女王とか呼ばれてる方の旦那とお近づきになれるなんてラッキーでさぁ」


「旦那って……婚約はしてますけど、結婚式はしてませんからまだ婚約者ですよ」


「まぁ、どうせ近いうちに旦那になるんだから問題ないでしょう。そうだ! 今度是非、ステラ嬢に会わせちゃあもらえませんか? うちの彼女が憧れてんでさぁ」


「別に構いませんけど……そういえば、サトウ先生の婚約者ってうちの学園の生徒ってまでは聞いてるんですけど。名前までは知らないんですよね」


「ありゃまぁ、それは失礼しました。うちの可愛いお嫁さんはキャロル・バルジって名前の青い髪の女騎士候補生なんですけど……ん? どうかなっさたんで」


「マジかよ……」


 キャロルって……。サトウ・タナカスズキとキャロル・バルジが婚約? そんな重要人物同士が僕の知らない場所で親密な関係になってるとかふざけんなよ。それじゃあ、最悪なイベントが始まりかねない。


「サトウ先生。確認のために聞きます。最近、南の方の都市でイナリという名前の男に会いませんでしたか?」


「イナリ……あぁ、あの狐みたいに目がつり上がった商人ですか。ちょっと目に余ることをやってらっしゃったんで、ちーと痛い目に合わせましたけど」


「多分、今王都内にいると思いますよ」


「何故、それをアンタが?」


 さっきまでの穏やかな目線が一転、鋭い目が僕を貫く。ゲームに出てきたキャラじゃない、本物の人を殺したことのある武人の目だ。


「詳しい情報源は話せないですけど、イナリはあなたに恨みを持っている。今は腕利きの用心棒を連れています。そして、ある事件を起こします」


「ある事件ってのは?」


「誘拐事件ですよ」


 サトウによって南の商業都市ナンバを追われたイナリは王都内に潜伏し、虎視眈々と復讐の機会を狙う。

 そして、サトウといい感じになった主人公が友人と街を歩いていると誘拐されてしまう。それを助けに行くってイベントがあった。ただ、このイベントはゲームオーバールートもあり、下手すれば主人公が死ぬ。


「そりゃあ穏やかじゃあ、ないですね」


「はい。でも、イナリがどこにいるかの検討はつくと思います」


 こちらの世界にきて、物心がついた頃に覚えている限りの情報を書き記したノートが実家にある。それを見れば場所くらい書いてあるだろう。


「それなら大丈夫ですな。ぼかぁ、明日にでも騎士団の仲間に捜索をしてもらいまさぁ」


「それなら安心です。問題は、婚約者のキャロルさんにはしばらく外出を控えるように言ってください。連中が狙うのはサトウさんの関係者ですから」


 キャロル・バルジには他にも微妙な立ち位置がある。

 彼女は主人公であるリリア・ルルリアの友人として登場するのだ。ゲームでは騎士を目指す少女として活躍するが、せいぜい貴族の娘という情報くらいしかなかった。


 そして、キャロルとリリアが二人で出かけた先で誘拐されてしまう。間一髪でサトウが間に合ったとき、リリアは無事だがキャロルは……という胸糞が悪いルートがある。

 本当ならこんなシナリオは作りたくなかったけど、上からはどのゲームにもあるお約束だからという理由で作ってしまった。


 でもまぁ、こうしてサトウと知り合うことができて事件を未然に防ぐことができたのは非常に助かったといえる。



 それなのに、サトウの顔が青ざめていくのは何故なんだ? 何か、嫌な予感が……


「アインさん、非常にマズい話がありまさぁ」


「まさかとは思いますけど……」


「今日、キャロルは友人のアヤメ嬢と街に遊びに行くって言ってたんでさぁ」


 そんでもって、とサトウが続ける。




「憧れのステラ嬢も一緒だから楽しみだって」




 あぁ、本当かよ。どうしてこうもやっかいな事件にあの姉様は巻き込まれるのかなぁ⁉︎ せっかくザマァ返しをして幸せなエンディングを迎えれるかと思ったのになぁ。


「サトウ先生! 今から王都まで馬を出せますか⁉︎」


「了解でさぁ。バルジ領は有名な馬の産地でさぁ」


 くっ、とりあえず先に王都手間にあるフォールド家の自室に行って連中の居場所を探さないと。

 それに、要救出者が三人もいるのにこちらは二人ってのも………そうだ!


「サトウ先生。一人、役に立ちそうなやつを同行させても構わないですか?」


「よっぽど腕に自信があるやつを頼みまさぁ。ぼかぁ、相手を殺すだけなら得意ですけど、誰かを守りながらってのは苦手なんで」


「大丈夫ですよ。癪に触りますけど、そいつは僕より強いんで」




 時刻はもうすぐ夕方。さて、全力で馬を飛ばして間に合うかどうか。




 ステラ、頼むから無事でいてくれ‼︎


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