第17話 両手に花

「うん。さっきの店の料理はとても美味しかったな」


「そうですね。特に最後に食べたパンケーキは生地がふわふわで、苺のソースがとても絶妙でした」


 あたしの両脇でお嬢様で美少女の二人が話している。

 可愛い女の子ときゃっきゃうふふできるのは同じ女子の特権よね。


 片方は金髪ドリルツインテールの本物お嬢様。片方は青髪のポニーテールで学園期待の女騎士候補。

 両手に花とか絶景なんだけど。あたし、一生分の運を使い切るとかないよね?


「しかし、アヤメはよくあんな美味しい店を知っていたな」


「いやいや。あの店は雑誌とかで取り上げられてる最近急上昇中の店よ。学園でも噂になってるし。……あんた本当に知らなかったの?」


「「えぇ、まぁ」」


 ステラも一緒に苦笑い。


「うそ……二人とも普段何をしてるの? 最近の流行を調べるって、女の子の常識よ」


 あたしなんか、街の新しい情報なんかが載った雑誌は発売日当日に必ず手に入れるようにしている。人気のカフェやレストランから最新のファッションアイテム、雑貨まで。


 何が流行っていて、何が時代遅れなのかを敏感に察知して周囲から置いてけぼりにされないように気を遣っているというのに⁉︎


「私は普段は修練をしているからな。休みの日は……ランニングや筋力トレーニングで軽く運動を」


 あぁ、そうだ。このお嬢様は脳筋だったわ。チョコレートを簡単なエネルギー補給源としか思ってない子よ。

 ポニーテールにしてる髪もあたしが毎日くしを通してケアしてやってる。あたしがいなかったら男みたいなベリーショートにしようとする女だわ。似合うから伸ばしとけって蹴り上げたっけ?


「でもでも、最近の流行ならわかるぞ」


「たとえば?」


「今月のコロシアムでは南国出身のグルムンクが鋭い剣さばきで勝ち星を積み重ねて、新記録更新を目指している」


「あんたそれ、酒場で集まるおっさんたちと同じこと言ってるわよ」


「くっ……殺せ」


 予想通りの回答をありがとう。三年間一緒の部屋だけど、なんの成長もしてないわね。

 あんな暑苦しくて泥臭いのの何がいいのかあたしには理解不能よ。

 最近になって彼氏ができたから変化あるかと思ったら、彼氏の方も決闘大好き人間だからむしろ悪化してるのよ。デートの場所が血生臭いコロシアムとかどうなの?


「で、ステラさんは何で? キャロルみたいな男勝りじゃないのに」


「わたしの場合は色々と忙しくて」


「例えば?」


「そうですね。週ごとに変わるんですけど、ピアノ、ヴァイオリン、ハープ、フルート、料理、乗馬、生け花に……」


 理解したわ。この人、休みの日に時間を持て余すのができない人だ。普段が忙しくてたまに暇になると何かしなくっちゃ! みたいな強迫観念に囚われる人。


「……あとはいろんな場所にいらっしゃる方々に会いにいきますね」


「遠方のお友達とか?」


「近隣諸国の要人や商会の会長さん。最近では辺境の少数民族の村なんかに行きましたね。将来、国を背負う者の妻として相応しくなるために経済関連や移民、外交問題に関わる最新の情報などを集めていました……アヤメさん。どうして頭を下げているの?」


 生意気言ってすいませんでした! ただのいいとこのお嬢様だと思ってました。

 まさか、そんな将来とか国の問題を学生のうちから考えているなんて……。彼氏ができない理由とかモテる方法考えてた自分が情けないよ。


「ステラさん!」


「は、はい」


「今日はいっぱい楽しみましょう‼︎」


「はい!」


 今は昼過ぎだから、解散する夜まではまだ時間があるわね。

 ショッピングはしたし、人気店でお昼も食べたでしょ。お喋りしながら街中を歩くのも悪くはないけどどうせなら思い出になるようなものがいいわね。


「そうだ。三人で演劇を観に行かない?」


「演劇ですか。最近はあまり観てなかったから興味あります」


「演劇か。こう、手に汗握るようなやつがいいな。殺陣が盛り上がるようなつ」


「決まりね! じゃあ、劇場までは少し距離があるから馬車で行こう」


 何の劇を観るかを話し合う二人のために、近くに停まっている馬車の御者に声をかける。


「東地区にある劇場までお願い」


「お嬢さんたち三人かね? ごめんね。ちょうど今、お客さんが乗っててね。方向的には同じだから相乗りでもいいなら大丈夫だけど」


「わたしは大丈夫です」


「私も問題ないぞ」


「というわけで、おじさんお願い」


「毎度あり」


 御者のおじさんが馬車の扉を開ける。あたし、ステラ、キャロルの順で乗る。

 中に座っていたのは黒い髭を蓄えて頭を丸めていたおっさんと、糸目のちょっとカッコいい人だった。


「すいません。相乗りになったみたいで」


「いえいえ、構いまへんで。自分らも行き先は劇場の近くなんで」


 そう言って糸目の人はニッコリ笑った。やばっ。独特の訛りと色気ある表情とか、あたしを落としにきてる? とか思ってみたり。


「もしかして、南にある都市のナンバの出身ですか」


「ツインテールのお嬢さん。ナンバのことをご存知で?」


「はい。父の付き添いで何度か足を運びました。商人の街と呼ばれていて、癖のある方言と商売上手な方が多くいらっしゃる都市でしたよね。個性的な食べ物がたくさんある」


「お好み焼きやたこ焼きのことをですな。ナンバは粉もんやソースをたくさん使う料理が多いやさかい。これがまたうまいんですよ」


 身振り手振りを使って説明する糸目の人。故郷を褒められたのが羨ましかったのか、自慢話を色々としてくれる。

 あたしとステラの二人はその話が興味深くて聞いていたけど、キャロルは横に座ってる坊主頭を気にしていた。


「どうしたのよキャロル。さっきから黙ってて」


「いや、そのだな……私の間違いでなければ、そちらの武人はグルムンクさんじゃないかと」


「ほー、グルムンクの旦那をご存知で。旦那も有名になったものですね。自分なんかまだまだ名前の売れてない商人やいうのに」


「私、よくコロシアムに行ってるんです。よければサインをいただいても、よろしいか!」


「別に構わない」


 キャロルは持っていたメモ帳にサインを貰ってご満悦になった。この子、結構ミーハーなとこあんのよね。

 そのあともしばらく話を続けながら、馬車は目的地へと近づいていく。そろそろ劇場に着く頃かな……って考えていると、真っ直ぐ進むはずの道を馬車は左に曲がった。


「あれ? 御者のおじさん! さっきの道真っ直ぐいかなきゃだめじゃん」


 しかし、手綱を握っているおじさんは馬車をどんどん走らせ、見当違いな方へと進ませる。


「聞こえてない……わけないよね?」


「そうでんな…………美しいお嬢さんたち三人とお話できて楽しかったんですけど、そろそろ頃合いやな」


 頃合い? なんの? そう質問しようとした時、あたしは糸目の人から顔にハンカチを押し付けられた。


「あなた! アヤメさんに何を……………」


 普段あまり嗅がないような薬品の匂いが鼻を刺激したと思ったら、急に意識が朦朧としてきて……




 最後にあたしが見たのは不敵な笑みを浮かべた糸目の人と、ハゲにハンカチ押し付けらて意識を失ったステラさんだった。

 キャロルは⁉︎ って確認しようとしたけど、それより先にあたしが眠らされるのが早かった。








 やっぱりあたし、一生分の運を使い果たしてんじゃん。

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