第14話 親子ぶらり旅

 

「あーあ。折角、ステラとデートに行こうって約束してたのに」


 わざと車内に聞こえるくらいのトーンで呟く。

 すると、隣に座っていた金髪の男がモノクルを押し上げる。


「事情は説明したはずだ。デートは先週も行ったのだろうが。一度くらい我慢せんか」


「まぁね。それに、今回のお詫びを含めてオヤジのおすすめの店で奢ってくれるんだよね」


「大事な娘のためだ。それくらいはしてやるさ」


 現在、僕とオヤジの二人は学園のある王都を離れ、とある貴族が治める領地に馬車で向かっている。

 ことの始まりは先日。ルークスが学園に復帰した話とオヤジが王城に乗り込んだ話をした後でこう言われた。


『アイン。お前も次期当主としてぼちぼち挨拶回りをせねばな』


 そういえば忘れてたよ。姉様と婚約することになって毎日姉様のことばかり考えて、デートの約束までしてたら家のことまで考えが回らなかった。

 フォールド家に正式に婿入りをするということは自動的に公爵の地位に就くということだ。

 この世界はまだまだ女性よりも男性が表に立つことが多いからね。姉様ならそのまま当主として活躍できそうな気がするけど、僕としては姉様には家にいてもらって、帰ってきたときに『おかえりなさい。あなた』って言ってもらいたい。

 はぅっ。新妻のお嬢様とか萌える。


「アイン、話を聞いているか?」


「うん。ステラが一番可愛いって話でしょ?」


「否定はせんが、人の話を聞いていないのはいかんな。しばらく、別荘で暮らすか?」


「滅相もございませんオヤジお義父様。きちんとお話をお伺いします」


 フォールド家の別荘とか海辺で綺麗だけど、王都付近の実家から一週間以上も離れた場所にあるんだけど。事実上の姉様と面会禁止じゃあないか。というか、『否定はせんが』って言ったよね。やっぱり親バカだな。


「今回、ワシらが会いに行くのはアストロ・バルジ伯爵だ。昔から、我がフォールド家と交友が深い歴史ある家だ」


「伯爵って……普通は向こうからうちに訪ねてくるんじゃないの? 立場はこっちが上なんだから」


「実は、アストロ伯爵が足を怪我していてな。自宅の階段から滑り落ちて骨折だそうだ。それで急遽、見舞いついでにこちらから訪ねることになった」


「ご愁傷さまだね。うちの階段、改築しておく? オヤジが何かの拍子に滑り落ちたりしたら大変だし」


「ぬかせ。ワシはまだそんなに年寄りではない。アストロ伯爵はワシより若く、軍属経験もあって健康そのものだ。ただ、今回は予想外の出来事に驚いての怪我だそうだ」


「予想外の出来事?」


「なんでも、騎士になるために家を出た娘に婚約者ができたとか」


 ほー、女の子で騎士ね。中々に物好きだね。


 この世界には剣を持って鎧を身にまとった騎士団が警察や自衛隊の代わりを務めている。

 確か、主人公に恋するキャラクターの中にも騎士団所属のやつとかがいたんだったよね。他にも役者とか教師とか、色んな職業・役職の攻略キャラを作ったりしたな。

 途中からは姉様の制作に集中し過ぎてあんまし覚えてないけど。


「その娘の婚約者も今日はいるそうだからな。何でも、将来優秀な若者らしい。お前も顔見知りになっておいて損はないだろう」


「へぇ、そうなんだ」


 ちょっと、その婚約者に興味湧いたかもしれない。










「どうやら、ついたようだな」


「やっとか。あいたたた、慣れてないから腰が痛いなぁ」


 片道三時間かけて着いたバルジ家の屋敷は、うちの家に比べると少し小さいけど、日本だったら十分に立派なお屋敷と言えるだろう。

 逆にフォールド家の屋敷が規格外の大きさなんだよ。世界観設定のときに貴族の家で一番大きいとか注文していたし。


  「ようこそ。アストロ・バルジ伯爵家へ。ドランプ・フォールド公爵様とアイン・フォールド様ですね。こちらへどうぞ」


 執事の人に案内され、屋敷を歩く。庭には大きな石のオブジェや池があり、廊下には貴族としての威厳をアピールするための有名な画家の絵や、陶芸品が並んでいた。


「こちらの部屋に、当主のアストロ・バルジがおります」


 客室に案内され、扉を開けて中に入ると、足に包帯を巻いた人の良さそうな小太りのオッさんがいた。


「ようこそ。ドランプ公爵、アイン様。本日はわざわざ足を運んでいただきありがとうございます」


「いやいや。気にされるなアストロ伯爵。怪我をされている貴殿に会いに来いというのは無理な話だ。それに、久しぶり息子と馬車旅ができたからな。何の問題もない」


 簡単な挨拶をしながら、案内されたイスに座る。もちろん、王族として認められた僕だけどこの場では一番立場も年齢も下なので下手側に座っている。


「いや〜しかし、こうして顔を拝見するとアイン様は前王様によく似ておられる。それに、その輝かしい銀髪はまさしく王族の証ですな」


「お褒めいただきありがとうございます。僕自身は実父に、前王様にはあったことがないので似ているかはわかりませんが、アストロ伯爵がそう言われるのならそうなんでしょうね」


 出された紅茶をひと口飲んで答えた。


「驚きましたよ。ドランプ公爵と国王陛下は知っておられたみたいだが、私はこの間の学園でのダンスパーティー後に初めて知りましたからね」


「まぁな。世話になっていた前王様の名誉と国の民に余計な心配をさせないように秘密を知る者は最小限にしておったからな。結果は、無駄に終わってしまったがな」


「その話ですね。私の所でも話題になっていますよ。将来有望と言われてたルークス王子が、まさか婚約を破棄するなんてね。しかも、新しいお相手は一般の家の娘とか。名前までは知りませんが。そちらの件もビックリでしたよ。それに、私の娘が婚約者が出来ましたなんて言うものですから、驚きの連続で足を踏み外しましたよ」


 ははは、と笑いながらアストロ伯爵は骨折した方の足を指差した。

 連続して三件も驚いたら、それは気を取られるのも納得だよね。一番驚いたのは娘さんの婚約者の話みたいだけど。


「娘はねぇ。何がなんでも騎士になるんだって私や妻の話を押し切って家を出たんですよ。家に帰ってきたり、家族に会えば決心が揺らぐからといってもう三年も……それがふらりと顔を出したかと思うと、」


 はいはい。そうですねー、と相槌を打ちながら話を聞き流す。

 事前にオヤジから聞いた通り、アストロ伯爵は人はいいが話が長い。何度か同じ内容が続く。


「ーーーですから………っと、話が長くなり過ぎてすいませんね。ついついいつもの癖が出たみたいで」


「気になさるなアストロ伯爵。ワシも家族の話に、特に娘の話になるとつい語ってしまうからな。我が子が可愛いというのは良いことだ。それで、婿入りしてきた相手は?」


「おぉ。そういえば、紹介するから少し待っていてくれと言ったきりだったな。おーい、サトウくん。サトウ・スズキタナカくん。入りたまえ」


 ……なんか、聞き覚えのある名前がしたんですけど。確かその名前は僕がゲーム作ってるときに深夜テンションでリリアのスリーサイズを考えてるときについでに考えた、


「失礼しますぅ〜。アストロ伯爵、ちぃと待たせすぎじゃあありませんか?」


 貴族の当主と王族関係者がいるにも関わらず、その男は飄々とした態度とのんびりした口調で入室した。


「おやぁ、そちらの方ぁ」


「あっ、あんたは!」

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