第12話 条件の中身

 

「まったく。今まであんな人が好きだったなんてわたし後悔してるわ」


 ルークスがいなくなったことで世にも恐ろしい女王様モードは解除された。

 こういう切り替えができるのはいいことだよね。まぁ、ものすごく砕けた言い方をするのは僕やオヤジ。一部の親しい人だけなんだけどね。


「恋は盲目って言葉があるしね。僕としてはルークスに恋してたことを失敗だと思ってくれていて嬉しいよ」


「もう、またいじわるする。お姉ちゃんをからかわないって昔から言ってたはずよ」


「今はお姉ちゃんじゃなくてお嫁さんだから問題なしってことで」


「また調子のいいことばかり言って……」


 だって事実だしね。義理の兄弟から夫婦に昇格したなんて大進歩だよ。

 姉様は知らないけど、オヤジはホクホク顔だったんだから。これからはオヤジをお義父さんと呼ぶべきかは悩みどころなんだけどね。


「それにしても、約束ってなに? 僕はそんなの聞いてないけど」


「あぁ、それね。約束っていうのはお父様から国王様に出した条件のことでね」




 一つ。この度の結婚破棄について深く反省し、ステラ・フォールドに謝罪をすること。


 一つ。学園の内外を問わず、ステラ・フォールドに近づかないこと。


 一つ。アイン・フォールドには将来、然るべき役職を用意し迎え入れること。


 一つ。王家はアイン・フォールドの存在と立場を公式発表し、王族の関係者としてフォールド家と友好的に接すること。




「よく、この条件全部を認めたね」


 圧倒的にこちらが有利になるような条件ばかりだし、最後に至ってはフォールドに甘い汁を出せって言ってるようなもんだよ。


「それだけ国王様が今回のことを重く受け入れられたのよ」


 確かにねぇ。


 昔から可愛がっていた姉様を婚約破棄して泣かせたり。

 公爵家存続のために僕の出生を公表したり。

 次期国王のルークスが平民の娘を新しい婚約者にしたり。


 王家にとっては都合の悪いことだらけで、その上関係ありませんなんて言ったら、国民の信頼を失ってしまう。


「まぁ、一番の理由はお父様が本気で怒ったことでしょうね。いきなり玉座の間に押し入って衛兵を叩きのめして『今から話す内容を真摯に受け止めなければ、交友のある貴族を全部引き連れて他国に移る!』って怒鳴ったらしいわよ」


 親バカ過ぎるだろオヤジ。


 衛兵倒して国王に怒鳴るとかいくら公爵家当主でも不敬罪で処刑もんだよ。

 その上、フォールド家と交友ある貴族全部が他国に移ったら国の四割近い国力が無くなる。他国から攻め入られる理由ができるとか、そりゃぁ国王もビックリするよ。

 交渉とか進言じゃなくて脅迫なんてしたことが他の貴族に広まったら、またうちの悪評が増えるだけなのに。


「あー、国王様の頭皮にストレスがのしかかるなんて。また薄毛が」


「あれ? アインって直接国王様に会ったこと無かったんじゃないの」


 しまった。


 僕は正式なフォールド家の養子じゃ無かったから、貴族の社交場にあまり行ってない。関わりがほぼ無いに等しい。

 そんな人間が国王に謁見できるわけもなく、面識はない。ほとんど一般人の噂やオヤジの話からしか聞いたことがない。その中に国王がハゲとか薄毛とかの情報は出ていなかった。いつも王冠を被っているらしいし。


 なぜ、知っているのかと聞かれれば、それは僕がゲームを作っていたときにネタ要素で入れましたとしか言えない。

 ごめんなさい。だって、こんな風にゲームの中の世界に生まれ変わるなんて思っていなかったのだから。


「いやー。歳も歳だし、国のトップってストレスが溜まりやすそうじゃない? 姉様は知ってたの?」


「わたしは小さい頃に国王様が自慢してきたのよ。宝石より眩しいんだぞって」


 国王にいさん。子供のご機嫌取りとはいえ、それでいいのかよ。


「なんにしても、これでわたしも前に進めるわ。心の整理もついてきたし」


「心の整理?まだ僕と婚約したって理解できなかったの?」


「そっちは大丈夫よ!……毎日こんな風に接してくれれば否が応でも実感するわよ」


 まぁね。今は一日に数回は愛してるとか好きだよって言ってるしね。


「そうじゃなくて、本当にわたしは未来の王妃様になったり、国民全員の歴史や命を背負わなくていいんだなって。ちょっと重いかなって考えてた肩の重荷が軽くなったんだーって。それと同時に、今までのわたしが必死になって学んだり身につけたりしたことは無駄だったんだ。とか、そんな風にね」


 スッキリしたようで、どこか寂しそうな苦笑いを姉様は浮かべた。


 そんな彼女にかけてあげる言葉を僕は知らない。

 姉様が必死に頑張ってきた姿はずっと見てきたけど、それはルークスに気に入ってもらうためだと思っていたし、国民全員を背負うなんて僕なら断る。

 ザマァ返しをして、彼女と家を守ることしか考えてこなかった僕には気づけないわけだ。


 この世界を自分が作った箱庭のように思い込んで、そこにいる人たちをキャラクターとしてしか見ていなかった。

 国民を。街に住む人たちを背景にいるモブとしか感じていなかったんじゃないのか。


 姉様はこの国全体の未来を考えていたっていうのに、情けないったらありゃしない。


 それでも、たった一つだけ言えることがあるんだ。


「僕は無駄なんて思わないよ」


「どうして? わたしは国にお嫁に行くんじゃなくて、そのまま実家にいるのよ。頑張り損じゃない」


「だって、僕は前を見て頑張るステラが愛おしいんだから。きっとステラは僕と結婚するために頑張ってきたんだよ」



 自信満々の笑顔で言ってやった。

 これだけは絶対に間違いないからだ。



 すると、呆気にとられた様子の姉様は深呼吸をして、



「そう……かもしれないわね」


 花のように綻んだ。










 あぁ、このまま何事もなく時が進めばいいのにとこの時は思った。

 ただ、僕の手に負えない世界はどこまでも予想外の動きを起こす。

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