第3話

 ローマの道は、多くが石畳で出来ている。何でも、遙か昔に敷かれた物を、修復しながら使っているらしい。現代的な改修は行われておらず、文字通り歪な道だ。ここ一ヶ月の散策中、何度もヒールを取られている人の姿を見かけていた。

 ただでさえ歩道らしい歩道が無い場所も多いというのに、路上駐車が当たり前の文化だ。観光地に近付けば、観光客とそれを狙う物売りの密度が増し、僅かな道も塞がれてしまう。慣れない身には、まさしく悪路だ。

「日本語が久しぶりっていうと、こちらにお住まいなんですか?」

 狭い道では横に広がるわけにもいかず、女性が私を追う形となっていた。話をするには適していないが、それでも声を掛けてくる彼女に、私は歩みを止めることなく少しだけ振り返った。

「いえ。長めの自分探しの旅ですかね」

 自虐的に微笑んで見せるが、こちらからは視界の端に影が映るばかりで、彼女の反応を伺えない。それどころか、私の表情が届いているのかさえも分からなかった。

「お一人で?」

「一応」

「立派ですね」

 本心かどうかはさておき、私は彼女の言葉を乾いた笑いでやり過ごす。

 決して立派などではない。仕事と呼べるようなことはしていないし、貯金も間もなく底を付く。もちろん、親への仕送りだって出来ていない。パリという芸術の街がありながら、そこへ飛び込む勇気もなく、昔から来てみたかったという理由だけでイタリアに滞在し続けている。

 確かに半分は自分探しなのだろう。

 だが、もう半分は間違いなく別の目的だ。

 何にせよ、立派などでは決してない。一人で暮らせるのみで立派だというなら、世界中のほとんどの人間は立派になってしまう。『母国以外で』という条件付きでも大多数。人類史は途方もないページになってしまう。とてもダ・ヴィンチには並べない。

 独りでに気を落とす私を余所に、彼女は今も話を続けていた。

「実は私も一人旅なんですよ」

 やはり。しかし、私は微塵も顔に出さず、理解した風に頷いた。

「まあ、単なる観光ですけどね」

 トドメを刺された気分だった。冗談めかされた目的が違うという言葉の裏に、私は甚だ侮蔑の意味を感じた。被害妄想かもしれないが、愛想笑いを浮かべるのがやっとで、同意も何も出なくなってしまった。

 彼女は、今、笑っているのだろうか。それとも。

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