5

 動かないゴウマを中心に、ヒヤマはじりじりと周りを移動する。

 しばらくしてゴウマが口を開く。

「変形が速い……興味深いな」

 これにヒヤマはなにも答えない。

「お前には同情するよ。リディルに入らなければ普通の人生だったろうに」

 なおもヒヤマは返答をしない。

「どうだ? リディルに忠誠を誓うなら生かしてやってもいいぞ?」

 ヒヤマは考えた。もちろんリディルに忠誠を誓う気などないが、これは情報を引き出すチャンスである。

「さっきの会話、聞いていただろう。カガニウムは残り少ない。お前の協力が欲しい」

「……俺が禍獣として、人々に危害を加えるってことか?」

「お前の場合はCBSUと戦いを演じるだけでいい」

「いままでの禍獣はなぜ戦っていたんだ」

「動物から作ったからだ。ある程度脳手術でコントロールはしていたが、細かい指示は無理だ。だから結局戦いになることが多い。そしてもし禍獣が死んだら、回収できる純カガニウムは、その禍獣を作るために使った量より少なくなってしまう。危険のない禍獣はリディルにとって理想的だ」

「お前がやればいいだろ」

「いつも同じ禍獣では、そのうちおかしいと思われてしまう。俺はお前のように変形が上手くない。お前ならその変形で様々な禍獣になれる」

「お前はなぜ自在に人間に戻れるんだ」

「単純だ。体内に入れたカガニウムの分量が違う」

「さっき『エクセプションのようなことになる』とか言ってたのはなんだ。俺の体はこれ以上なにか変化があるのか?」

 CBSUに甚大な被害を与えた禍獣。そいつがリディル軍内で『エクセプション』と呼ばれていたことは、ヒヤマも知っていた。

「ああ、それは安心しろ。お前の体のことを言ったんじゃない。被害があのときのようになる、という意味だ。手術でお前は戻れるよ」

「エクセプションというのも、元は人間だったんだな?」

「勘が鋭いな。そうだ。あれは失敗だった。精神が完全に壊れてしまったからな」

「……お前の他にも、CBSUにはリディルの秘密を知っている奴がいるのか? こんなこと、いつかはバレるぞ」

「知っているのは皆、コロナオペルタに関わった者、もしくはその親族だ。コロナオペルタのこととなると、皆少しおかしくなる。提督やダンさんもな。だから内部からバレるということはない」

「……もう一度聞くぞ。ユリは無事なのか教えろ」

「……おそらくはまだ大丈夫だろう」

 ヒヤマは胸の内で安堵の溜息を吐いた。

「どこにいる」

「それはお前の返答次第だ」

「ユリはリディルの秘密を知っている。ユリの安全を保障しろ。そうすれば協力してやってもいい」

「そうだな……」

 そう言ってゴウマは少し黙った。

「……記憶をいじれば、いいだろう」

「そんなこと可能なのか」

「可能だ。シュリ大佐は天才だからな。犬や猿の知性を高めることだって出来るんだ。記憶の一部を改変するなんて造作もないだろう」

 ヒヤマは心の中で毒づく。

――馬鹿かこいつは。そんな危険なこと許すはずないだろ。

 だがヒヤマは平静を装い、

「……そのシュリは無事なのか」

「無事? どういう意味だ」

 ゴウマはまだシュリが撃たれたことを知らないようである。

「クラマ隊に撃たれたんだよ」

 ゴウマは小さく「あの禍獣警報がらみか……」とつぶやいた。続けて、

「今どこにいるかわかるか?」

「横須賀のリディル軍病院だ」

「そうか……少し待っていろ」

 そう言ってゴウマは手術室のほうへ歩きだした。

――どうする……いまがチャンスか?

 ユリの安否がわかった現状、協力する気など毛頭ないのだから、下手に援軍を呼ばれる前に倒したほうがいい。しかしゴウマはユリの場所を知っている。それを引き出す前に攻撃するべきかどうか。

――カガミの死体も隣にある。援軍をすぐに呼ぶとも思えないが……

 ヒヤマが迷いつつも一歩手術室へ近付いたそのときだった。

 異常な音が手術室から聞こえてきた。高音でありながら厚みのある重い音。金属を無理矢理に力で引きちぎったらこんな音になるであろう、ヒヤマはそんなことを思った。

 さらに続いて、さっきの音とは違う衝撃音が二度、三度とある。

――なんだ……?

 急ぎ手術室に向かうヒヤマ。そこには信じられない光景があった。


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