4

 躊躇する間も、咆える間も、呼吸する間もない、瞬刻の動作。

 右腕を刃に変え一気に詰め寄ったヒヤマは、そのままカガミの左胸を突き刺した。 

 貫いた刃は、カガミの後ろのガラス壁を派手に割る。

 砕ける破片が床に落ちてゆくのが、いやにゆっくりと見えた。一方で、カガミから流れ出る血液の速度は、やけに早く感じた。

 その中でヒヤマは、奥の鏡に映る自分と目が合う。自分の顔はなにかに似ていると思った。

――?

 だがすぐに、その意識をゴウマとの戦闘に移す。入り口のほうを見ると、ゴウマは消えている。

――いない……これはもしかして……

「ゴ……ウマ……な……」

 カガミは後方は倒れていき、彼の身体はヒヤマの刃からゆっくりと抜け落ちる。

 床に崩れ落ちたカガミの眼に光はない。少し待つが、彼がしゃべることはなかった。

 ヒヤマは手術室を後にし、隣の広い空間へと移動した。

 ゴウマは一人中央に立っている。

「ユリを殺したというのは嘘だな?」

「これから死ぬお前にそんなことはどっちでもいいだろう」

「俺にカガミを殺させるための方便だ。奴が死ぬ間際に言っていた」

 ゴウマは微かに口の端を上げた。

「冷静さを失っているかと思えば、頭は切れるな……だが、お前は誰をカマにかけようとしているかわかっているのか」

「その上からの威圧的な態度が気に食わない。勘違いするんじゃねえ。もう俺にはリディルの階級なんて関係ないんだ。大物ぶろうとするな」

「お前のほうこそなにか勘違いしているな。自分は強いとでも思っているのか」

「皮肉なことだが、お前らからもらったこの力のおかげで負ける気はしねーよ」

 ヒヤマはゴウマの変化に気づいた。ゴウマの手が禍獣のそれになっているのだ。 

「……お前、あのときの……お前自身が禍獣だったのか」

「ご名答」

 ヒヤマは右腕刃をゴウマに向かって水平に振るう。血の雫がゴウマの戦闘服に飛び散った。

「なんのつもりだ」

「お前も血まみれにしてやるってことだ」

 ヤナセは死に、妹の安否はわからず、自分も化け物という現状に、ヒヤマの精神は完全に振り切れていた。完膚なきまでに相手を叩きつぶさなければ気が済まなかった。らしくない行為は、ゴウマの感情を少しでも踏みにじるためだった。

 挑発を受けたゴウマの身体は変化していく。膨らんでいく体に戦闘服は破れ、禍獣の皮膚が露わになる。

 身長はおよそ三メートル弱だろうか。太く頑強そうな身体。地面につくほどの長い両腕、その先に球状ハンマーのような手がついている。

 一方、ヒヤマの身体もゴウマに負けないほどの高さまで伸びる。ヒヤマの身体はゴウマに比べると細いが、両腋の下から新たな腕が生えた。新腕は、手首から先が刃となっている。さっきカガミを刺した右腕の刃は元の形に戻っていた。

 先に動いたのはゴウマである。身体に似合わない鋭敏さでヒヤマに詰め寄ると、右ハンマーを打ち振るう。

 ヒヤマは自身の右に飛び、かわす。

 続けてゴウマは左ハンマーで薙ぎ払う。ヒヤマは高く跳躍して逃れる。そして身を翻し、天井を蹴ってゴウマに向かう。

 二本の刃をゴウマの首めがけ、交差するように振り下ろす。

 鈍い音。

 だが確実に捉えたであろう刃は、ゴウマの首で止まっていた。傷一つ付いてはいない。

――ダメか。

 ゴウマはヒヤマに向かって歪んだ笑みを浮かべ、蹴りを繰り出した。

――!!

 ヒヤマは腹にそれをまともに受ける。壁まで吹き飛んだ。 

 壁は割れ、ぱらぱらとコンクリート片が落ちる。

――痛ってぇ……

 ゴウマの追撃。倒れているヒヤマへ両ハンマーを振り下ろす。

 ヒヤマは四本の腕をクロスした防御体勢を取る。

 ハンマーが当たると、その衝撃にヒヤマは床へめり込んだ。

 腕から全身へ衝撃が走り、痺れるようだった。

「ぐぅ!」

 さらにハンマーは打ち下ろされる。

 たまらずヒヤマは左腕を盾に変形。

 盾は全身を覆うほどの大きさになる。

「ほお、変形か」

 言いながらゴウマは何度もその盾に打ち下ろす。

――この野郎……!

 ヒヤマはひっそりと自身の足先を手の形に変える。

――調子に……

 盾の隙間から変形した足を伸ばし、ゴウマの足首を掴む。そして、

「のるな!」

 ヒヤマは足を使ってゴウマを放り投げた。

 ゴウマは空中で一回転して着地、ヒヤマはその隙に体勢を整える。

 すぐに突っ込んでくるかと思いきや、ゴウマはその場で動かずにいる。

――こいつ……言うだけはあるな。

 ゴウマは想定以上、以前環七で戦ったときとは別物の強さであった。

 そこでヒヤマは左の刃腕を長く伸ばし、数多の関節を形成していく。曲がりくねる鞭形状である。

「剣、盾の次は鞭か。こうまで変幻自在とは驚きだ」

 そうして今度はヒヤマが先に動く。

 まず鞭腕を、真一文字に振るう。

 ゴウマは後ろに下がり、これを避ける。

 続けてヒヤマは距離を詰め、鞭を今度は逆から振るう。

 だがゴウマは鞭をかいくぐってボディーブローを打ちこんでくる。

 ヒヤマはそれを右腕で防ぎ、そしてゴウマの腰に、鞭腕を巻き付ける。

「む!」

 ゴウマは苦い顔をした。

 ヒヤマは鞭腕を振るい、ゴウマの身体を一気に持ち上げ、そのまま勢いよく床に叩き落とす。

「ぐぅっ!」

 呻くゴウマ。

――よし!

 次にヒヤマはうつ伏せのゴウマに馬乗りになり、その後頭部を拳で連打する。

 立て続けに五発叩きこんだところで、ゴウマは自身の身体を横へと回転させる。

 その勢いでヒヤマは跳ね除けられてしまう。

 ゴウマは素早く体を起こし、ヒヤマから間合いを取る。

 二人は再び睨み合うこととなった……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る