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「マ、マリーさん……なにを言ってるんです……?」
クラマは明らかにうろたえたような反応である。演技にしてはクサイ。マリーには、彼は本当に知らなかったように見えた。
「そのままの意味だよ。リディルは自社利益のために禍獣を作っていた。で、CBSUにも禍獣の力を使っている奴がいる。あんたは知らないんだったら使っていないのか。もしくは知らずに使わされているのかもな」
「……すごい面白い話ですね。で、その事実を知ったマリーさんはリディルに対するテロリストになったと」
「テロリストとは言ってくれる。あたしはただ、人を連れだしに来ただけさ」
「人っていうのは誰です?」
「元CBSUヒヤマ隊員の妹だ。ちなみに言っておくと、ひ号禍獣というのはヒヤマが禍獣になった姿だ」
「……ああ、なるほど……なんとなーく事態が把握出来てきました」
「わかったら通してくれないか」
「それは出来ないです」
即答。きっぱりとした態度だった。
「なぜだ」
「例えリディルが悪でも裏切るわけにはいきません。僕は軍人ですから、一度受けた命令は完遂しますよ」
マリーは小さく息を吐く。
「……お前がどうしてここにいるのかわかったよ」
マリーは一気に間合いをつめ、ピンヒールの前蹴りを放つ。
クラマはそれを刀の鞘で受ける。甲高く、大きな音が廊下に反響する。
マリーはそのまま足でクラマを押し込んだ。
クラマが後方へ飛び退くと、マリーも前へ出る。
そこでクラマ、鞘のまま、突きを繰り出す。マリーもまた、ケースに入れたままのエロ―スでそれを払う。
何度か突きと払いの攻防を繰り返した後、二人は構えたままこう着状態に入った。
「……思い出しますね、模擬戦」
クラマは肩で息をしている。
「ふん、思い出したくもない」
マリーもまた、わずかに呼吸がみだれている。
「……マリーさん、リディル辞めちゃうんですか?」
「さあ、どうかな? でもクビになるんじゃないか」
「クビになるのに抵抗はないんですか?」
「……先代への恩義だけでここまでやってきた。別にやりたい仕事でもなかったさ。禍獣を作っているのは先代の意思とはかけ離れているし、あたしがリディルにいる理由はもうない」
「でもお金はいいですよね。やりたい仕事じゃないとしても、向いている仕事ではあるんじゃないですか?」
マリーは黙った。たしかに今の給料は規格外に高い。向いている仕事、というのはマリー自身一番よくわかっていた。
――劇場が小さくなるだけさ……
マリーは心の中でそう答える。
「それに下手したら犯罪者ですよ。そこまでしてヒヤマ君の妹を助ける理由はなんですか? あ、ひょっとして恋人だったりして。マリーさんレズビアン?」
「セクハラだぞお前」
クラマは心底驚いたような表情をする。
「はわわ……まさかマリーさんにもセクハラを受けるという概念があるとは……」
「お前はあたしをなんだと思ってるんだ……」
クラマは、人差し指と親指で作ったL字を顎に当てる。「うーん」と言いながら目をつぶって、
「……ジェンダーを超えた生物ですかね。男にも女にもセクハラする側の」
「あんたねぇ……」
「だいたいなんで連れ出すんです?」
「ユリ、ヒヤマの妹の名前だ。ここにいたらユリは殺される」
「ええ……殺される……?」
「もうおしゃべりはいいだろ」
マリーは一歩にじり寄る。
「わー待って待って! まだ待って! 確かに僕はあの部屋に誰も入れるなって命令されましたけどね。本当にユリさんいるのかなあ、ここにいるっていうのはなんで知ってるんです?」
「ユリは自分で市ヶ谷基地に来たんだよ。大事な件があると呼び出されてな。E棟に入るところまで連絡を取ってた。まだここにいるかどうかは知らん。だがあんたがいるのが答えだ」
マリーはエロースで、クラマの中段に構えられた刀を薙ぎ払う。そしてすかさず踏み込み、右ローキックを繰り出す。
鈍い音。骨にまで響いたであろう手ごたえがあった。
「ぐっ!」
クラマは苦悶の表情を浮かべる。
マリーは追い打ちをかけようと詰め寄る。
クラマは刀を一閃!
――早い!
マリー、身体を仰け反らせて回避する。
これまでとは違ったスピードに、マリーは慎重にならざるを得ない。
――廊下だろうと関係ないか……
本来刀を振り回すには不適切な広さではある。しかしマリーにとっても、狭い、ということは逃げ場がないということと同じ。クラマにとっては不利なだけではないのだろう。
「仕方ないなぁ」
クラマは鞘から刀を抜いた。
即座にマリーもエロースをケースから引き抜く。
「殺したくないんですが……」
「むかつくね。殺せるとでも思ってるのかい」
「模擬戦で……僕に負けましたよね?」
クラマの雰囲気が変わった。先ほどまで中段に構えていた刀の切っ先は床に落ち、自身は自然体ともとれる直立でいる。目つきは凄然とし、マリーの足元辺りを見ている。
マリーは周囲の温度が急激に下がったように思えた。纏わりつく空気が冷たい。クラマの殺気に、熱を奪われているようである。
――悔しいけど、隙がないね……
マリーはじりじりと左側に移動した。壁際に寄ることによって、クラマの右袈裟や、右薙ぎの選択肢を無くす算段である。
すると案の定、クラマは左袈裟で斬りかかってきた。
尋常ではないスピード。だがあらかじめ予測していたマリーは、エロースでこれを弾く。
続けてクラマの左薙ぎ。
――つなぎも早いなこいつ!
後方に飛んだが、刀はマリーの腹をかする。
出血!
マリーはかすられた部分が熱くなるのを感じた。
――鋭いね……
刀はそのままの軌道で、左の壁までもすっぱりと裂いていた。
――とんでもない切れ味だな……
「今日は歌わないんですかぁ?」
雰囲気とは正反対の頓狂な声。
「あ?」
「マリーさんと言えば歌でしょ。歌ってくださいよぉ」
いやらしい笑みだった。見下すとも違う。へりくだるのとも違う。ただただ相手の内側をえぐってやろうというような、ゆがんだ笑み。
「……いいね、リクエストは?」
この笑みに感情を動かされてはいけない。流されてしまっては、飲まれるだけである。
「そうだなあ……アメイジング・グレイスは?」
「わかった。いいだろう」
マリーはリクエストどおりにそれを歌い始める。
わずか二小節ほどで、クラマは恍惚とした表情になった。
「上手い……さすがはマリーさんだ」
聞き惚れているようだが、相変わらずクラマに隙はない。
マリーも警戒は解かず、自身の意識を、細く細く集中させていく。
――あたしに歌わせたな……あんたは、終わりだ……
マリーが歌い終える。
全音符分の余韻の後、二人は示し合わせたように同時に動いた。
クラマは刀を振り下ろす。
マリーはそれを受け、右に弾く。
即座にクラマは左薙ぎ! マリーはしゃがむ。
空いたクラマの左胴に狙いを定め、マリーは一歩踏み込む。
するとクラマはすぐに自身の左側を、天地を返した刀で守る。
だが次の瞬間、クラマの右腕は飛んでいた。
「ぐあああああ!!」
クラマの右肘から先は見事に輪切りになった。
「う……ま、まさかそっちから……」
マリーの左側、つまりクラマの右側の壁に二本の切れ目。エロースの軌道は壁を通って、クラマの右肘を落とすものだった。
「あんたの刀で壁を斬れるならエロースにも出来る。すぐに治療すればつながるだろ。消えろ。その状態ではあたしには絶対に勝てないよ」
クラマはいくらか迷っているようだったが、少しすると腕を拾ってふらふらと退散していった。
それを見届けるとマリーはすぐに走り出し、部屋のドアを蹴破る。
「マリーさん!」
心配そうな顔をしたユリが立っていた。
元気そうであることにまずマリーは安堵した。
「ヒヤマからあんたを助けろと連絡があってね。おしゃべりでもしたいところだけど、すぐに移動するよ」
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