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リーから渡されたのは小型のGPS発信機であった。
おそらくこれから落ち合うためのものだろう。
ヒヤマは先ほどの場所から一キロメートルほど東へ飛んだ。そこにあった首都高のトンネル内で待つことにした。
まだ禍獣警報による通行止めが解除されていないのか、車は通らない。
――なんでアースフォースが俺のことを知っている? 俺のことを禍獣にしたのはリディルじゃないのか?
ヒヤマは大いに混乱していた。次々と謎が浮かんでくる。
――それにクラマもだ。俺が元CBSU候補の人間ということを知らないふうだった。なぜだ? マリー大佐は上層部に伝えているはず。上層部からCBSUの隊長に伝えないメリットはなんだ?
なにかボタンのかけ違いをしているような感覚をヒヤマは抱いた。この答えはきっとシンプルで、複雑に見えているだけなのではないだろうか。
――そうだ、シンプルだ。CBSU隊長に伝えていないのは、俺を禍獣として処理したいだけ……いや待て、じゃあなぜゴウマが来なかった?
ヒヤマはトンネル内の歩道を行ったり来たりした。
何往復目か、己の体が未だ化け物じみた形をしていることに気が付く。腹から出た腕、獣の顎となった右腕、刃となった左腕。
――なにか大事なことを見失っていないか? なぜ俺は禍獣にされたんだ? リディルが俺を禍獣にしたと仮定すると、その目的は? ……考えられるのは、リディルが自社利益のために禍獣を生み出している。リディルが禍獣を作っていることはリディルでもほんの一部しか知らない。禍獣は人間から作られていて、俺はその犠牲になった……
ヒヤマは自分の体を人間の形に戻していった。
――そしてなにかイレギュラーがあって俺は人間の意識を持ったまま禍獣になってしまった。だからリディルの上層部は俺を始末したい。ここで辻褄が合わないのは……アースフォース、そしてイチゴウ。イチゴウが俺を釣るための罠なら、ゴウマ隊があそこにいるはずだった。だが、張っていたのはクラマ隊で、俺が来ることも想定していなかったみたいだ。ゴウマが来なかったのは……あれは罠じゃなかったから? 本当にイチゴウが出ると予測された……じゃあ禍獣予測AIは本物ということになる……つまり、禍獣は自作自演じゃないということに……
矛盾の生じる仮定に、ヒヤマは何度も頭をひねる。ふと、リーから渡されたGPSに視線を落とした。
――極めつけはアースフォースだ。リディルが禍獣を作っていることを知っていたら、アースフォースが許すはずがない。大事件だ。そんなことが世間に知れ渡れば、リディルは倒産する。だが、あのリーとかいう奴は俺のことを知っているみたいだった。アースフォースがリディルの秘密を知りながらもそれを放置する理由があるか? ……上層部の癒着? いや……そもそもリーはほんとうにアースフォースか? 顔を隠していた。あいつもひょっとして禍獣なんじゃ?
突拍子もない考えに、ヒヤマは自ら首を振る。
――いや、それは飛躍しすぎか……しかし、リーは本当に現れるだろうか。いくらアースフォースの手練れとはいえ、CBSUから逃れるのはそう容易くはない。頼むから来てくれ。リーが来ればこの謎が解ける。あいつは、俺の知らないことを知っている。
もどかしい時間が流れた。ヒヤマが禍獣となってから、一番長く感じる時間だった。
一時間ほど経った。ヒヤマがトンネルの出口を向いて立っていると、突然、上から人影が降ってくるのが見えた。
思わずヒヤマは身構えたが、すぐにその人影がリーということがわかる。
リーは片膝と両手をつき、少しの間じっとしていたが、程なくふらふらと立ち上がり、
「……お待たせしました」
と、力のない声で言った。機械音声ではない。
ヒヤマは驚き口を開く。
「女? リーさんか?」
「はい」
さっきは気付かなかったが、よく見ると確かに小柄である。
「……聞きたいことがたくさんある」
「そう、でしょうね」
「まず、お前は俺が誰かを知っているのか?」
「ヒヤマキリフジさん。元CBSU候補生」
「なんで知っている」
「私が、あなたを禍獣にしたから」
「なっ……」
ヒヤマは言葉を失った。想定のはるか上をいく答えだった。
あまりにも潔い回答にヒヤマは怒ることも喜ぶことなく、ただ茫然と立ち尽くすのみだった。
「改めて……説明します」
そう言ってリーはマスクを脱いだ。
その顔に、ヒヤマはさらに驚いた。
「シュ、シュリ大佐……」
「はい、何度かお会いしましたね」
「アースフォースの迷彩服は……? リーというのは?」
「ただの偽名……です。これはレプリカ。あの場でリディルの戦闘服を着るのはなにかと都合が……悪かった。クラマ隊の、意表を突くためでもありますが」
シュリはときどきフリーズしたように、話の途中におかしな間を入れてくる。
「つまりアースフォースとはなにも関係がない……?」
「ええ。ゴウマ中将が……海外にいるタイミングで、イチゴウの予報を……関係各所に流したのも私です。あなたが来てくれて……本当に良かった」
「あのイチゴウはどうやって用意した?」
「私が作りました」
悪びれもせずそう答えるシュリを見て、ヒヤマは急速に体が熱くなっていくのを感じた。
「なら、リディルが禍獣を作っているということだな……!」
「そうです」
「なんの為に!」
シュリはなにも見ていないような、生気のない視線だ。それが余計にヒヤマを苛立たせた。
「リディルが軍事会社として生き残るには、禍獣が必要です」
「十一年前のイチゴウもお前らが作ったのか」
「……そうと言えます」
ヒヤマにはほんのわずか、シュリの表情が曇ったように見えた。
「さっきはなんで俺を助けた?」
「あなたはもう十分に報いを受けている……これ以上苦しむ必要はないから……」
「報い? なんのことだ? 俺は無作為に選ばれたわけじゃないのか?」
「今では私は、あなたのことを人間に戻したいと思っています」
「質問に答えろ……お前はなんで俺を禍獣にしたんだ……!」
一番聞きたいことだった。だがその質問には、シュリは口を閉ざした。
「……おい……ふざけるな! 答えろお!!」
トンネル内で反響するのは、禍獣の体から発せられる、声ともいえぬ噪音。
「あなたには……本当に、悪いことをしたと、思っています……」
「答えになっていない! 俺はなぜかと聞いている……!」
「悪いことを……」
ヒヤマはここで、シュリの様子がおかしいことに気づいた。シュリの顔が異常に白い。
「あんた……大丈夫か……?」
突然、膝をつくシュリ。呼吸が荒い。
「ごめんなさい……声が聞き取り……づらい」
ヒヤマはシュリに駆け寄り肩に手をかける。そこでシュリの背中が血に染まっているのが見えた。
「う、撃たれてたのか!」
「聞いて……ください。府中リディル空軍基地……C3棟地下……。キー」
シュリは震える手でカードキーをヒヤマに手渡した。
「……本棚の……裏、赤いインプ……に資料……パスワードは*******……」
ヒヤマは即座に指を尖らせ、道路にパスワードを薄く刻む。
「あなたの……造血幹細胞は別の……保存し……ます。人間に……必要です。資料と細胞……さえあれば、もど……れる。あな……たは……似ている。私……達に……」
「似ている? 私達って誰だ? おい! しっかりしろ!」
シュリはヒヤマの呼びかけに答えることはなかった。
「……なんだってんだ! ちくしょおぉぉぉぉお!」
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