3

 振り向くと、戦闘服を着た二人が立っている。眠たげな眼をした背の高い男と、背の低いがっちりした男。二人とも手にはサッカーのコードを持っていた。

――CBSU! 来やがったな!

 ヒヤマはイチゴウを放し、身構えた。

「禍獣が増えてるよ、ネモ君」

 背の高い方が言う。意外そうな声だった。

「そうですね――あれ? クラマ隊長。これは、ひょっとしてひ号じゃないですか?」

 ネモ、と呼ばれた背の低い方が言う。

 そこでヒヤマは訝しく思った。

――この反応……俺を釣ったわけじゃないのか?

「ひ号? マリー大佐が逃したって噂の?」

「ええ、ヒト型って話ですし。どうしましょう。戻ってASS使います?」

「いやあ、その隙に逃げられちゃうでしょ。僕とネモ君で非常戦闘だね。他の隊員はイチゴウにサッカーとりつけてー」

 クラマと呼ばれた方が自身の後方に向かって言った。

――やはり戦闘……いいだろう、やってやる!

 するとまず、ネモが一直線に突っ込んでくる。

 それを見たヒヤマは、左腕を瞬時に長く形成し、しならせて薙ぎ払う。

「ん? 鞭っぽいな」

 言いながらネモはかいくぐり、胸の前に固定されていた超大型拳銃を取り外した。

――その銃はRDSG9だな! こんな近距離で撃ってくるのか!?

 拳銃でありながら七十口径のライフル弾を射出する、高威力のリディル社製銃である。反動が凄まじいため普通は固定して使う。実戦というよりは話題のネタのために作られたような銃だ。

 それを取り外すやいなや、ネモは片手で発砲した。 

 瞬時にヒヤマは身をよじる。弾はわき腹をかすめる! 

――危ねえ!

 さらに銃口が追ってくる。

 ヒヤマは射線をずらすため、横に飛ぶ。

 連続で二発、弾は放たれたが、当たりはしなかった。

――こいつ、俺の……禍獣のスピードを追ってきてる。しかもRDSG9を片手で……やっぱりCBSUはバケモノだな。

 今度はヒヤマが間を詰め、鞭化した左腕を下から振り上げる。

 左腕はネモの銃口を跳ね上げた。

「ちっ! くそ!」

 発砲する直前だったのか、弾は上空へ放たれる。

 次いでヒヤマは右手を突き出す。

――この狼の口で噛み千切る!

 が、横から邪魔がある。クラマの蹴りだ。

 右手は弾かれる。

 ヒヤマは乱戦を嫌って、バックステップで二人から距離をとった。

「助かりました」

 ネモが言う。

「なんかこの禍獣、変じゃない?」

「わかります。なんか動きが格闘家っぽいというか、理性を感じます」

「それに右眼が人間っぽいし、あれ腕にインプレ巻いてるよね?」

――今更なに言ってるんだこいつら? 俺が元人間ということも知らされていないのか? 

「不気味だなあ」

 そう言ってクラマは腰に差していた日本刀のような武器を引き抜いた。その刀身はいびつに歪み、禍々しい黒色で殺意をうたっている。

――なんだアレ? 刀? そんな武器で戦うつもりか?

「久しぶりに使うけど」

 言うが早く一瞬で踏み込んできたクラマ。

――速い!

 頭を割るように刀は振り下ろされる。

 が、反応していたヒヤマは右斜め前に踏み出してかわす。そして、

――そっちが刀なら、俺も!

 左腕を鞭状から刃状に瞬時に変形させ、突きを繰り出す。

「おっとぉ」

 その突きはクラマの刀によって払われる。

――ならこっちだ!

 次にヒヤマは狼口となった右腕を伸ばす。

「げっ、そんなすぐ次ぃ!?」

 と、クラマ。その言葉の終わりには、ヒヤマの右腕は、クラマの左肩に喰らいついていた。

――よし、このままぶん投げる!

 ヒヤマは力を込めた。が、

――重い! なんだ?

 クラマは刀を道路に斜めに突き刺し、飛ばされないように抵抗をしていた。

――なら、肩を砕いてやる!

 力を入れ直そうとしたその瞬間。

 ヒヤマは得体の知れぬ殺気を感じ取り、反射的に右腕を引っ込める。

――!!

 間一髪、下方からの刀が、腕のあった位置を通過した。

 禍獣の体に刀の攻撃など通るはずもない。だがヒヤマは肝を冷やした。

――あの刀……普通じゃない。あれはなんか、やばい……

「ああ、惜しい。やっぱ速いなあ。禍獣は」

「クラマ隊長、大丈夫ですか?」

「ネモ君、結構痛いよ」

「戦えます?」

「もう戦いたくないでござる」

「その程度で甘えないでくださいね。他の隊員もそろそろ戦闘に参加出来そうです」

 見るとイチゴウは倒れていた。おそらくサッカーでの処理が終わったのだろう。

「むう、聞いたのそっちじゃないか……じゃあ今度は全員でひ号に対処しよー。火器の使用はネモ君だけ。『よ』ったあと、サッカーね」

――全員か……

 苦戦していたヒヤマだが、しかし不思議と絶望感はない。

――こいつら結構頑丈だ。これなら本気出しても大丈夫だな……

 やはり相手は人間で、心のどこかでセーブがかかっていた。遠慮がいらないのなら、戦況は全く違ったものになるという見込みがあった。

――あれもやってみるか。

 ヒヤマは自分の腹と背中に二本ずつ、四本の長い腕を生やした。

「ひええ……こんなにうねうね変形する禍獣初めてだ」

 クラマはわざとらしく顔を歪めた。

――余裕ぶりやがって……

 ヒヤマは素早く周囲を確認する。背後の道路に二人。右の坂側に四人。正面道路にクラマとネモ。左は歩道をはさんで民家。視認できるのは合計八人。

――まずは……

 ヒヤマは振り返り、背後にいる二人に向かっていった。

――手薄なところから叩く!

 と、二人は左右に散った。

 即座にヒヤマは歩道側、右に飛んだ隊員に狙いを定める。

 一瞬のうちに距離を詰め、隊員の襟を腹の腕で掴み、次いでもう一方の腹腕で足を刈る。すると容易く仰向けに倒れた。

――使える! これなら人間を転がすのは簡単だ。

 続けてそいつのみぞおちをめがけ、組んだ腹腕の一撃を落とす!

「ぐがぁっ!!」

 鈍い音があり、隊員の肋骨が折れるのを感じた。これでまともに動けないだろう。

――よし、まず一人。

 そこで左に飛んだほうが突っ込んできた。

 ヒヤマは左腕の刃を鋭く突き出す。

 かすった。隊員の肩から鮮血が飛び散る。

 だがそいつはかまわずヒヤマに殴りかかってくる。

――拳? こいつは武器を使わないのか?

 パンチは速かったが、避けれないほどではない。それにそいつは闇雲に腕を振り回すばかりで、戦いがうまくはなかった。

 ヒヤマは隙をつき、腹腕のアッパーを顎に入れ、沈める。  

――二人。

「なんだ? 急に強くなったな。スピードもパワーも上がってる」

 クラマの声色が変わる。さっきまで眠たげだった眼には、鋭さが宿っている。

「ですね。でもアジカタもミツイもきちんと仕事はこなしたようですよ」

「うーんそうだね、引き続き囲んで、『よ』っていこうか」

――仕事をこなした? よっていこう? なにを企んでる?

 しかしクラマもネモも、それぞれ動く様子はない。

――……まあいい。一人ずつ潰していく。あいつらは最後だ。

 坂側にいた四人の隊員が動いた。

 二人がヒヤマの後ろ、あとの二人が正面に陣取ると、四人は同時に突っ込んでくる。

 そこでヒヤマは、腹と背中の四本腕で、隊員達にそれぞれパンチを放つ。

 うまいこと、前からの二人にボディブローをお見舞い出来た。二人はそろって膝をつく。

 が、後ろには手応えがない。避けられたようだ。

――まあ、見えないし、後ろは仕方ないな。

 ヒヤマはすぐに反転する。

 突っ込んできたはずの二人だったが、すでに間合いは離れていた。

――判断が早い……

 ヒヤマは一人を追う。するともう一方が距離を詰めてくる。薙ぎ払うが、避けられる。

 詰めてきたほうに標的を変えようとすると、逃げるように離れていく。

 そして今度はもう一方が距離を詰め、ヒヤマをタッチし、けん制する。

 それは、標的を散らすような動き。

――そういやこいつら、C4ISシステムで連携を取ってるんだったな。他の隊員の戦いを、全員が感覚として共有する……こうしている間も、俺の動きや力を分析しているってわけだな。

 考えていると、ストレートをお見舞いした二人の隊員が起き上がってきた。

――もう復活したか。

 四人が揃うと、ヒヤマの周りに、円を描くような動きをはじめる。

――嫌な感じだ……

 ヒヤマは円から外へ逃れようとした。

 が、そのとき。

 重力が増したような負荷を感じた。なにかに全身の動きを制御されている。

――これは? 

 よく見てみると細い透明な糸が全身に纏わりついている。

――なんだこれ?

 すぐに左腕の刃で切ろうと試みるが、糸の強力な靱性の前に、刃は通らない。

 ヒヤマはそこでハッとなった。

――リディルが人工蜘蛛糸を作ったってニュース。聞いたことがある。

 落下する飛行機さえも受け止める靱性を持つと言われているモノだ。

 宇宙空間で育てた強靭な蜘蛛糸の分子機構を分析、その蜘蛛糸と同じタンパク質遺伝子を、リディルのゲノム編集技術で蚕に埋め込んで作り出されたものだ。

――だが、その蚕も宇宙で育てなければ糸を生み出せなかったはず……ここまで生産されていたのか……

 もがいていると、視界の端にネモが銃を構えているのが見えた。

――まずい! 

 次の瞬間、発砲音と共に、ヒヤマは左胸に強烈な痛みを覚えた。

「ぐっ!!」

 幸い弾が体の内部に入ることはなかった。だが、糸によって倒れることもままならず、弾の衝撃のほとんどを体に受け止めることとなった。

 あまりの痛みに飛びそうになる意識。さらに続けざま、クラマが突っ込んでくる。

 クラマは刀を振りかざし、高く飛ぶ。

――し……まった……

「終わりだ」

 ヒヤマの脳天に振り下ろされる刀――しかし。

 突然クラマの刀はなにかに弾かれた。

「なに!」

 クラマは声をあげる。

 そして突如、ヒヤマとクラマの間に、迷彩服姿の人間が割って入る。

 クラマは即座に後ろに下がっていく。そして驚いたような顔で迷彩服を見た。 

 そいつはフルフェイスのマスクを被っている。

「その服、アースフォース……?」

 クラマがつぶやく。

――アースフォース……だって……

「誰だお前は!」

 ネモが鋭く声を出した。

「……この禍獣は我々アースフォースが預かる。君たちCBSUには引いてもらう」

 迷彩服は言った。

「禍獣は全てリディル軍が回収する決まりじゃないか。なんで急に? あなたの名前と所属、階級は? どういう命令系統です?」

 クラマが言う。

「アースフォース陸軍東アジア方面隊日本支部、特殊部隊SS所属のリーだ。階級はメイジャー。内閣府からの直接命令でゴウマ中将からも許可をもらっている」

 リーはそういって一枚の紙を懐から出した。警戒しつつも受け取るクラマ。

「……どう思うネモ君」

「怪しすぎます。まずなんで一人なんでしょう? フルフェイスマスクを取らないのも変です。声も不自然だ。おそらく機械を通しています」

「でもゴウマさんのサイン、それっぽいよ」

「それ、司令官はいつサインしたんでしょうね? 今海外にいるのに。ひ号がここに現れるのがわかっていたってことですか? もしわかっていたなら海外行きを中止してゴウマ隊がここに来れば良かった。クラマ隊が動く必要ないでしょ」

「鋭いねネモ君。さすがネモ君だ。どうしようかね?」

「それは隊長がお決めになってください」

「いいじゃんたまには副隊長が決めたって」

 クラマは口をとがらせた。そして紙と迷彩服を交互に見たあと、

「……メイジャー・リー、今からCBDに問い合わせる。だけどその前に、とりあえずひ号を拘束させてくれ」

「必要ない。君たちは退避してくれるだけでいい」

 リーのそれは決然とした態度だった。

「なに言ってるんだ。ひ号は別に戦闘不能じゃない。こうしてる間も危険だ。あなた、力づくで拘束するよ?」

「必要ないと言っている。こちらの命令に従わないのなら、先に君たちを排除する」

「……CBSUに勝てるとでも?」

 クラマは驚いたような声で言った。挑発でも嘲笑でもない、CBSUに勝てる人間などいないというのを確信しきった声だ。

「難しいだろう。だが、やってみなければわからない」

 リーとクラマのやりとりを静観していたヒヤマは、この隙に状況を整理した。

 銃によるダメージはまだあるが、動けないほどではない。そして、絡まっている糸。目を凝らしてこれを辿ると、糸は隊員のベルトから出ていることがわかった。

――こいつが何者なのか知らないが、これはチャンスだ。こいつらが戦い始めたら、隊員のベルトを切る。そのあとイチゴウを回収して逃げる。

「はーやれやれ……アースフォース相手か。面倒になりそうだな」

 クラマはそう言って刀をしまい、素手で構える。

「隊長がやるんですか?」

 ネモが訊く。

「僕がやったほうが早いでしょ。速攻ノックアウトするから、拘束だけ手伝って」

「ラジャー」

「リーさんとやら、死んでも知らないよ?」

 リーは答えず。ただ、腕を組んでいた。

 次の瞬間。

 クラマの上空で何かが爆発した。

 凄まじい音だった。なんの音なのか、誰の攻撃なのか、ヒヤマはすぐに理解出来なかった。

 そしてヒヤマの理解が追い付いたころ、辺りは煙に包まれていた。

――スタングレネードと煙幕……いつの間に。

 煙のなか、ヒヤマはなにかに頭を掴まれる。

「これを持って人気のないところに逃げなさい。あなたに伝えたいことがある。聞こえたら頷いて」

 リーの声は骨伝導で聞こえた。そして手に、なにかを握らされたような感触がある。

「なんだお前は? お前に指図される覚えはない」

「聞こえているんですね。あれはイチゴウじゃない。だから君がここにいる理由もないでしょう。後で全部説明します。行きなさい。私も後ほど向かいます。糸は切っておく」

 そう言うと迷彩服は煙の中へ消える。すぐに糸からの負荷も無くなった。

――あいつは俺を誰だか知っている……? 

 なにがなんだかわからなかったが、ヒヤマはイチゴウをそのままに、この場から離れることを決めた。


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