9
分厚い扉の前には『ひ号禍獣対策室』と看板がかけられていた。中の声は聞こえない。防音対策がなされた部屋だ。
マリーはその部屋の前で、ゴウマが出てくるのを待った。
会議中とのことだった。元来ならヒヤマと一戦交えているマリーも会議に出席するべきなのだが、ゴウマに断られた。引き継ぎさえしてくれればあとはこちらでやる、と。この部屋の中にはおそらくゴウマ隊しかいない。
――本当に特別兵器でもあんのかねぇ。
マリーはそんなもの信じてなどいないが、こう排他的になられると疑う気持ちもわかる。
そこへ扉が開いた。眉間に皺をよせたゴウマが出てくる。
「司令官」
「マリー。どうしたこんなところで」
「ヒヤ……いや、『ひ号』禍獣のことでちょっと……」
「俺の部屋で話そう」
言うなり早足で歩きだすゴウマ。マリーもすぐ後に続いた。このあと会議部屋から出てくるであろうゴウマ隊の隊員を見てみたい気持ちもあったマリーは、この場をすぐに離れることを少し残念に思った。
――ゴウマ隊、見たことないんだよなあ。
士官室は近かった。入るなり、マリーは口を開く。
「ヒヤマの妹から連絡がありました。『ひ号』を保護した、と」
「ほお」
ゴウマは感心したように眉をあげた。
「しっかり人間としての意識があるそうです。やはり一昨日は錯乱状態だったと」
「話せるのか?」
「はい。コミュニケーションも取れます。戦闘は回避できます」
「場所は?」
「都立野川公園の二番駐車場です」
自分のキャンピングカーの中にいる、ということはふせた。ユリともあらかじめ口裏を合わせてある。
「なぜ、ヒヤマと先に接触出来たんだ?」
「わかりません」
「……そうか、わかった」
えらくそっけない反応でマリーは拍子抜けした。ヒヤマの保護にマリーも一枚噛んでいる、ということに勘の鋭いゴウマなら気付いてもおかしくない。厭味の一言でも言われるのでは、と覚悟していたのだ。
「すぐに保護に向かおう。協力ありがとう」
「お願いします」
マリーは士官室をあとにして食堂へ向かった。
自販機でコーヒーを買い、席に座る。
そこで今のゴウマとの会話を、頭の中で繰り返した。
マリーの中で、ゴウマがいやにあっさりしていたことがひっかかっていた。
しばらく思案したあと、インプレで電話をかける。
『もしもし、なんです? 今日は自主訓練ですよね?』
キネの声は不満そうであった。
「キネ、お前ゴウマ隊に知り合いがいるか?」
『いやーいませんねぇ』
「そうか……」
『突然どうしたんですか?』
「ちょっとな。ちなみにお前、ゴウマ隊の『対禍獣特別兵器』があるって噂、信じるか?」
『信じませんよ。兵器部にも知られずにそんなもの配備できるとは思えません。みんな面白がってるだけです。どうしたんですか、隊長らしくない質問ですね』
言い知れぬ不安がマリーの内に滲んだ。その不安の正体がなんなのか、マリーにもわからなかったが、なぜか頭に父親の顔がちらついた。
――なんであの男の顔が……
「別になんでもない」
『まあでもあるとしたら、隊長の『エロース』とか、クラマ隊長の『アメノトコタチ』みたいな対禍獣武器じゃないですかね。なんで内緒にするかはわかりませんが』
回収した禍獣の体を利用して作られた武器だ。たしかにこれなら禍獣の体にも傷をつけられる。しかしゴウマがそれを所持しているという話は聞いたことがなかった。
「……お前、今市ヶ谷だよな? バンを用意してくれないか」
『車を? 隊員はどうします?』
「車だけでいい。何分後に出れる?」
『使えるバンがあるか確認します。ちょっと時間かかります』
「なるべく早めに頼む。急ですまん。お詫びに明日、私が実戦形式で直接訓練つけてやる」
『それはご勘弁ねがい――』
マリーはキネとの通話を切り、次の相手へ電話をかける。
電話がつながると、マリーは自分にとっても意外な言葉を発した。
「ユリ、そこから離れろ」
――突然あたしはなに言ってるんだ。
『マリーさん。なぜですか? さっき保護してくれるって』
「ヒヤマの担当のゴウマという男は一筋縄じゃいかない奴でね、保護するとは言っていたが、なんだか嫌な予感がするんだ」
『嫌な予感?』
「うまく説明できないんだが、とにかくゴウマ単独であんたたちに会わせたくない。とりあえずそこから離れてほしい」
『マリーさんはそのゴウマさんと一緒に来れないんですか?』
「それは出来ない。同じCBSUでも隊が違うからね。首を突っ込むなと言われて排除されるだけだ」
『そうですか……』
「すまんな、最初からあたしが保護しに行けば良かったんだが……」
『いえ、マリーさんの立場もあります。報告の前に私たちを保護するのは怒られてしまうんですよね』
「理解が早くて助かるよ。だけどやっぱりあたしが保護することに決めたから。あたしの引率でヒヤマを市ヶ谷基地に連れて行く」
『それは大丈夫なんですか? 怒られませんか?』
「いいんだ、うまくやるさ。免許は持っているかい?」
『持っています』
「良かった。じゃあどこかで落ち合おう。そのキャンピングカーで東八道路を東に向かって、どこか落ち着く場所に駐車したら連絡が欲しい」
『わかりました』
「よろしく」
マリーは通話を切った。そこでマリーにはさきほどの不安の正体がわかった。
――ゴウマの表情……あたしが散弾銃で吹っ飛ばす直前のあの男にそっくりだったんだ。
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