トラッシュシティ⑤


次の日。


バナブルタウンの宿屋でエンジは目覚めた。腕時計で時間を確認すると、デジタルの数値が丁度“12時31分”に変わる。

『ああああ、大寝坊だ。』


「「ぐごごご。」」

隣では一つのベッドで揉みくちゃになって寝ているおっさん2人が大いびきをかいている。


『ほぼ朝まで騒いでたからな。しかも“人攫(ひとさら)い”の犯人はサムさんだったとは。』

エンジはおっさん達を見て呆れた表情を浮かべた。


ハクが寝ていた正面のベットはいつも通りもぬけの殻だ。

『あーぁ。シャワー浴びるかー。』



――全身を洗い流し、諸々の準備を済ませエンジは部屋を後にした。

『うっし、ちょっくら出かけてくるわー。』


「「がぁぁぁぁ」」

おっさんたちはまだ寝ている。


宿屋の近くで売っているお気に入りの骨まで食べられる骨付き肉を買い、食べ歩きながらリュートが住んでいる孤児院へと向かった。



孤児院に着いた時、晴れ空の下で授業を受けている子ども達と孤児院の職員であるオリビア先生の姿が見えた。

オリビアはエンジより2つ年上のお姉さんで、都市屈指の美人である。持ち前のおっとりした性格と純粋な優しさ、それでいて時々出てくるドが付くほどの天然は、孤児院の子ども達はもちろん、都市中の男性陣を虜にしていることを本人は知らない。

エンジは授業を中断しないよう先生に向かってボディサインを送り、静かに子ども達の後ろに並び、授業を聞き始めた。


オリビアは自分で劇画チックに描いた紙芝居を使って地球の歴史の話をしていた。

相変わらず絵がすげぇ。とエンジは冷や汗を流す。


「私たちのおじいちゃんおばあちゃんがみんなのように子どもだった時は、世界では大きな喧嘩をしていました。そこで、私たちは息をすることもできない程に地球を汚してしまいます。みんなに生きる希望が無くなりかけた時、地球は真っ赤に輝く一筋の光を空に打ち出しました。光は世界中に広がり、悪いものを取り払ってくれました。こうして、喧嘩は収まりみんなは力を合わせて地球に恩返しをすることを誓いました。」

先生は、紙芝居を閉じて話を続けた。

「みんなが大人になった時、地球がもっと良い環境となっていることを先生は祈っています。でも、そうじゃなかったとき、よりよい未来を作り出していくのはみんなの力です。美しかった地球へと戻せるようにみんなと学び、力を合わせましょう。」

すると、先生はこれまでおっとりとしていた口調からハキハキとした声で言い放った。

「そして!子どもはよく遊びなさい!」

号令にも似た掛け声で子ども達は散りぢりになる。


「「「わぁーーーーー!」」」


『え?!あああぁぁ…。』



「エンジ君、こんにちは。」

子どもの大波に呑まれ、地面に埋もれているエンジに先生は挨拶をした。


『こ、こんにちは、オリビア先生…。』

右手だけ地面から出し、オリビアに挨拶を返す。


エンジは地面から出てくると、2人は庭にあるベンチに腰掛け会話を進めた。

『まじめな話から一転しましたね。“遊べ!”なんて。』

オリビアからもらったタオルで顔の土を拭うエンジ。


するとオリビアは自信満々に答えた。

「いえ、子どもの仕事は遊ぶことです。遊びの中で疑問を見つけ、自分の力で解決する。世の中を生きていくすべを遊びの中で自然と学んでいくんです。そして、新たな疑問を与えたり、解決の糸口を一緒になって見つけたりするのが私たち大人の役割です。」


エンジは熱弁するオリビアに見惚れていた。


「え?私へんなこと言いました?」


たじろぐオリビアにへらへらしているエンジが答える。

『いやぁ、オリビア先生かわいっ―。』〈べしゃ!〉

エンジの顔面に子どもの投げた泥団子が容赦なくぶつけられる。投げた子どもたちはくすくすと木陰から笑っていた。孤児院の外で羨ましそうに覗いていたアンチエンジの男性陣もくすくすと笑っている。


「きゃぁぁぁ!エンジ君!こらぁ!謝りなさーい!」

オリビアは犯人たちを追いかけていった。


あーいーつーら。覚えてろよ…。ゆっくりと泥が顔面を滑り落ちると、白目で怒りに燃えるエンジの顔が出てきた。


しばらくして、オリビアは犯人の2人を捕まえエンジに謝らせた。オリビアもペコペコと頭を下げる。


『まぁまぁ、お気になさらず…。』

エンジはオリビアが頭を下げるタイミングでバレないように何度も子どもを睨みつけた。子ども達も負けじと睨み返す。


子ども達が遊びに向かった後、エンジはオリビアに尋ねた。

『そうそう、リュートに話があるんですけど、いないですか?』


「え?昨日、子ども達からエンジ君と一緒と聞いていましたけど…。確かにリュートがいないなとは思っていましたが。」

リュートはエンジ達が帰るといつも一泊して孤児院に帰っていたため、オリビアも安心しきっていた。


『て、ことは、帰ってない!?先生ごめんなさい。俺昨日リュートと喧嘩してしまって、別れた後は孤児院に帰るもんだと…。』


「そうなんですか!?」


2人は焦りの色を隠せない状態だった。


『俺のせいです。帰るところまでちゃんと確認しておくべきだった…。』


「いえ、安心しきっていた私も保護者として失格です。」


『とにかく俺シティ中探してきます!先生は孤児院に居てください!帰ってくるかもしれないんで!』


エンジは孤児院の高い塀を飛び越え、急ぎリュートを探し始めた。



その日は日が暮れるまで都市中を走り、聞き込みをし、探し回ったが見つけることはできなかった。

一旦孤児院に戻ったがオリビアからはリュートがまだ帰っていないことを知らされた。玄関で話している二人を心配そうに子ども達はのぞき込んでいる。


『そうですか…。今日はもうちょっと探してみます。あと、親父達にも手伝ってもらいます。』

急ぎ孤児院を出ようとするエンジを子ども達が呼び止めた。


「エンジ兄ちゃん!これ、食べてくれ!」

「何も食べすに探してるでしょ?」

子どもの手にはパンと牛乳があった。エンジは一度オリビアを見る。


「子ども達の気持ちです。もらってあげてください。」

とオリビアも勧めてくれた。


エンジは子どもの目線までしゃがみ満面の笑みで答えた。

『ありがとな、みんなも心配だよな。俺が即行で見つけてくる!』

子ども達のからもらったパンを一気に口に含み、牛乳で流し込む。

『ゴクンッ…。うっし!ごちそうさま!みんな待っててくれ!』

急ぎ孤児院を後出て、ルスト達がいる宿屋を目指し走った。


―あいつ、いったいどこにいるんだ…。


エンジは宿屋につくと、入り口の隣にある大食堂で夕食を食べているルストとハクを見つけ駆け寄った。


「おーい!エンジぃ、先に食べてるぞぉ。」


「遅かったな。」


『聞いてくれ!リュートが昨日から帰ってねぇんだ!』


「「なんだと!?」」

2人は血相を変えて椅子から立ち上がった。


『すまん、探すの手伝ってくれねぇか。』


「いいから、どこまで探したんだ?」

ハクは率先して聞き返した。


2人は事情を聞きながら荷物をまとめ、探しに出る準備をする。


『今日は都市中走り回ったが、見つけられなかった。聞き込みもしたが見た人はいない。』


「さすがだなぁ、1日で走って見回れる広さじゃないけどなぁ。料理長すまん!残ったの部屋に運んでくれねぇか、急ぎの用事で!!」


「アイヨー!」

巨大な鉄鍋を振り回し、お玉を掲げながら料理長は返事した。


『昼に起きちまったから正直じっくりは探せてないんだ。グラスタウンには―。』

3人は宿屋を出て、商店街の外までエンジが探った場所を詳しく聞いた。




『とりあえず3手に分かれて探しに行こう。』


「集合の時間を決めておこう。」

ハクは腕時計の設定をいじっている。


「そうだなぁ、、、あ?」

ふとエンジの背後に目を移したルストは、何かを見つけ戸惑っていた。


「エンジぃ、後ろにいるよ?」

ルストはエンジの後ろを指さす。


『え?』

エンジが振り向くと月明かりに照らされたリュートがこちらに向かっていた。

『ちっ、おまえぇぇ!っ…。』

エンジは怒りを露わにし、感情のまま殴りかかろうとした。しかし、すぐに左肩をハクに掴まれ、止められる。


肩を掴んでいたハクは静かに首を横に振った。

あ…―。冷静になったエンジを見て、ハクは掴んでいた肩を離す。


エンジはリュートのもとへ歩いて向かった。

『えっと…。リュート、昨日はごめんな。またちゃんと話がしたいんだ。でも今日は遅いし、一旦帰ろう。孤児院のみんなも心配してる。』


エンジが話しかけているのに反応もしないリュートにハクは異変を感じ取った。

「なんか…、様子が変じゃないか…?」


「えぇ?」

ルストはハクの発言から再びリュートに目を凝らす。


『ほら、一緒に帰ろうぜ。』

エンジはリュートの前に立ち、顔をのぞき込もうとした時、リュートは開いた右手をゆっくりとエンジの胸元に伸ばした。そして、反対の手で小瓶を取り、クイッと中身を飲み干す。次の瞬間エンジは宿屋の塀まで吹き飛ばされていた。

『ぐふっ…!!』


「…エンジィ!」

一瞬の出来事に2人は全く理解ができずにいた。ハクは急ぎ、堀にめり込むエンジのもとに走る。


『ぐっふ…。』

外傷は特に無さそうだが、当たり所が悪く、エンジの意識は朦朧としていた。


「リュート!おめぇ、なーにやってんだぁ!」

ルストが叫ぶと、リュートはやっと口を開いた。


「…クククク。やっぱ、すっっげぇな…。」

リュートは高ぶる感情を抑えきれず自分の拳を何度も強く握りしめた。

「どう?エンジ兄ちゃん。強いでしょ?軽い力でこれだけ吹っ飛ばす“強さ”を手に入れたんだ。仲間に入れてよぉ!ねぇ!!」


リュートは両手を広げ、天を仰ぐ。


「なんだ…あれ。」

ハクは言葉を失った。


―月明かりに照らされた顔の右側は、赤黒く隆起した血管にまみれ、鮮血に染まったような真っ赤な右目は3人を見下すように睨みつけていた。

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