トラッシュシティ④

 ―グラスタウン、アロハ商店内―

 二人のおっさんは何も知らず世間話を楽しんでいた。


 そして、サムは仕事そっちのけでルストに愚痴ぐちり始める。

「そしたらお客がよー、身体が小さいのに大男の気持ちがわかるんかい!なんて言うから、器は俺の方が数億倍でけぇわ!って突き返してやったのよ。」


「器でかいのに“突き返した”んかい!名前もサムじゃなくて、ピンキーが良かったんじゃねぇのか?」

 ルストは親指と小指を交互に出し、笑いながらからかった。


「う…うるせぇ!」

 ゲラゲラと笑い合う二人。


「そいやぁー、最近ここらで“人攫ひとさらい”がいるみてぇじゃねか。」


「ああ、それ“俺”だ。」

 とサムは答えた。


「…っあ、ああああ…ん???」

 ルストはあまりにも自然に答えた流れに困惑し、あごがしゃくれていた。

 開いた口が塞がらないとはよく言うが、ルストの塞いだ口は開かなくなっていた。

「んんんんん???」


「いや、大物を作るときにどうしても人手が必要だから、街に出て賃金ありで手伝い雇ってたのよ。そしたら、拉致だ、監禁だ、騒ぎ立てるようになってグラスタウンの変な噂になっちまったみてぇだ。」


「一週間を2日と勘違いするような人間と一緒に仕事してたら気が狂うわなぁ。」


「こっちは金出して雇ってんのによ。」


「まぁ、人雇うなら、ほどほどにしとけやぁ。ちょっと安心したよ。」


 店のベルが鳴る。


「あ、どうも。」

 ハクが到着した。


「ハクぅ!元気してたか!」

 ハクに向かってぶんぶん手を振るサム。


「はい、おかげさまで。」


「相変わらずの温度差だなぁ。まぁ、入れ入れ!」


 ハクはしばらく散らかった店内を見回し、

「えっと、どこから…?」

 そして、たじろぎながらも、僅かな足場を探し、2人のもとに行く。


 すると、カランカランと再度店のベルが鳴る。


「アーロ、、はぁー。」

 エンジが到着した。


「おお!エンジも来たか!てかなんだ、そのため息みたいなアロハは。」


『色々あったのよぉ。』

 肩を落とすエンジ。


「まぁ。入れ入れ!」


 いかにも気を落とした態度で、目線だけで店内を見回し、

『えええ?…どっから?』


 ルストは笑いを堪えられずとうとう吹き出した。



 ――エンジは丘で起きたリュートとの一部始終を3人に話した。


「「そりゃ、だめだろ。」」

 おっさん2人は声を揃えてエンジに言った。


『だよなぁぁぁぁ。』

 深くため息をつくエンジ。


「これまで良かれと思って壁外の物をあげたり、話したりしてたことは分かる。でもそれは外の世界へ明るい夢を与えすぎちまったのかもしれんなぁ。難しい塩梅だとは思うがぁ。」

 あご髭をジョリジョリ触りながらルストは言った。


「それはエンジの性格上、仕方ないだろ。問題はリュートと意思疎通できてないことだ、いい年なんだからもうちょっと言葉を考えられないかね。んで、しまいにゃ殴るし。てか、ルストさんの教育のせいじゃねぇの?」

 たばこを吸いながらサムが話す。


 ルストは陰でギョッとした。


「思うんだけどさ…。」

 グラスの水面を見ながらハクが口を開いた。

「エンジはなんで子どもたちに外のことを話すんだ?」


『あいつらのキラキラした顔がみたいから?』


「じゃぁなんでリュートに直接外を見せてやらないんだ?」


『そりゃ、外は危ねぇし、リュートは戦っても弱いし…。』


「おいおい、堂々巡りだなぁ。」

 ルストは呆れ顔で答えた。


「リュートが危ない目に合ってほしくないんだろ。なら、エンジはどうして一緒に連れて行こうと考えないんだ?」


『え?』


「うおっ、きびしー。」

 ハクの発言にサムはなぜか楽しそうにしている。


「エンジが強いなら外でリュートを守ってやればいい。でも、それをリュートに言えなかったのはなんでだ?」


『それは…。』


 煙草の灰を指で落としながらサムが話した。

「例えば、多くの怪物に囲まれたとき、力不足のリュートがいたらお前はどう思う。」


『え、気になって、集中できなくなる。』


 腕を組み、壁によりかかるルストが答えた。

「だよなぁ。自分の相手にも集中できず、連携がなくなり全員で総崩れ、全滅は必須だぁ。」


 ハクが再び淡々とした口調でエンジに尋ねた。

「ならリュートを守りながら戦うために俺たちが足りないものはなんだ。」


『“強さ”だ。』


「それが内心でわかってたのに伝えられなかったんだろ?俺たちはまだまだ弱いんだよ。誰かを守りながら戦える強さがない。ルストが3人なら話は別だが、“リュートが弱い”んじゃない、“俺たちが弱いからリュートも準備が必要だ”って伝わるんじゃないか。」


 ハクの言葉におっさん二人は幸せそうに微笑んでいた。


『そっか。』


 腕を組みなおしながらルストが言う。

「旅に行くことは否定しないんだろ。だったら、危ないから突き放すんじゃなくて、せめて歩み寄ってやらねぇと。そんなに急いでも夢は逃げねぇってな。まぁ、正直その場に居たら俺も殴ってるけ…。」


 ルストの最後の言葉で食い気味にサムが会話に入る。

「ちょっと、あんたは黙ってな。あんたらはリュートの気持ちを考えてから殴るか決めろ。変なプライドがあるからちゃんと伝わらねぇんだ、自分の弱さを素直に伝えたら聞いてくれるもんだよ。」


『ああ、わかった気がする。ちゃんと伝えてみるよ。』

 と、すぐさま外に出ようとするエンジ。


「「ちょいちょいちょい。」」

 サムとルストが止めに入る。


「うん。夜遅いし明日にしよう。な。明日。」

 さとすルスト。


「あと話を割って悪いが、今言っておきたい事があるんだ、聞いてくれ。」

 グラスを置いて、ハクが会話の流れを変える。

「エレクさんからの情報で東の奥地で“人型”を確認したと。」


「なに?」

 ルストの眉がピクッと動く。


「数体のハウンドと行動し、奴らを操るらしい。」


「よしっ!行くぞぉ、東の奥地!」

 と、すぐさま外に出ようとするルスト。


「「ちょいちょいちょい。」」

 サムとエンジが止めに入る。


「うん。夜遅いし、しっかり準備してからにしよう。な。」

 諭すサム。

「ああー。なんか一緒になって考えてたら腹減ってきたな、久々に店の外出るかな!」


「おお!いいねぇサムさん。ならエンジと一緒にバナブルタウンの飲み屋に行っといてくれ。」


「あいよー。ほれ、行くぞーエンジー。」

 考えることに疲れたフラフラのエンジを連れて店を後にするサム。



「…ハク、その情報は確かなのかぁ。」


「ああ。エレクさんも隊員から聞いた話だと言っていたから間違いないだろ。」

 カバンから5000Jを取り出しルストに渡す。


「そうか、じゃあ次の目的地は“東”だな。お?まぁまぁな金額じゃないの!たまにはパーッといこうかハク!」


「ふっ、そうだな。」

 鼻で笑いながら答える。


「あぁーと、ハク。エンジの事、ありがとなぁ。」


「ん。なんのことだ。」


「かーーーっ!いっちょ前になりやがってぇ!」

 ルストはハクを羽交い絞めにした。


「おい!痛い痛い、やめろって。」

 ルストとハクも騒ぎながら店を後にした。



 ――時はさかのぼり、エンジが丘を降り、アロハ商店へ向かい始めたころ―


 丘を下り終えたリュートは自分の気持ちがわかってもらえないもどかしさのあまり一人で大岩にあたっていた。

「エンジ兄ちゃんならわかってくれると思ってた…。」

 そう呟きながら大岩を何度も両拳で殴るが痛むのは自分の拳だけだ。

「…強くならねぇと。」

 大岩を後にして孤児院の方へ足を進めようとしたとき、背後から不意に声を掛けられた。


「お客さん、強くなりたいのかい。」

 すぐさま声の方を振り向くと、さっきの大岩の上にローブを被った男が座っていた。

 音もなく背後にいた男に戸惑うリュート。

「こんな岩に傷一つ付けられないようじゃ、あの兄ちゃんが言ってたみたいに外に出ても即死ですぜー。」

 と男はへらへらと笑いながら言う。


「うるせぇ、しかも盗み聞きしてたのか。」

 リュートは睨みつけながら答える。


 すると、男は態度を一変させ話し始めた。

「申し訳ございません。つい、聞こえてきたものですから。」

 男は大岩から降り、腰を低くゴマをすりながらリュートに近づく。

「“力”が欲しいのでしょう?これ、おすすめですよ?」

 そして、ローブから細長い瓶を取り出した。中には赤い液体が入っていた。


「そんなん騙されねぇよ、他を当たれ、今苛いらついてんだ。」

 男に背を向けて帰ろうとした時、


「まぁまぁ、そう言わず。」

 とリュートの首の後ろに向けて尖った爪で軽く傷を入れた。


「いって。」

 首を手で抑えて、後ろを向くとローブの奥から男が不敵な笑みを浮かべているのが見えた。

「なにすんだよ!」

 本気で振りぬいたリュートの拳を男は軽くよけ、大岩に拳がぶつかる。

 すると、轟音と共に岩は粉々に砕け散った。

「え。」


「どうです?たった一滴分でこの“力”を手に入れたんですよ?私の店で再度お試ししていただいても構いません、気に入ればこの瓶1本分差し上げましょう。どうですお客さん?」


「これなら…。」

 リュートは砕けた岩をみた後、息を呑んで自分の拳を握りしめ、男に向かって軽くうなずいた。


「では、私のお店に案内しましょう。」

 男は満足そうにリュートをうながす。


 そして、ローブの男とリュートは真っ暗な路地へ姿を消していった。

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