トラッシュシティ③
――発電所でハクがエレクにコア鑑定をしてもらっている頃、グラスキャニオンのアロハ商店に到着するルスト。
―グラスキャニオン―
トラッシュシティの東部10%ほどを形成しているガラスの山が形成した渓谷。物理的にも危険なためあまり人は近づかない。そのためスラムと化し、裏の仕事をする輩が集まる。
カランカラン――。
「よーう。アーロハー。サムさーん居るかぁー?」
入り口のベルを鳴らしながらルストは入店するが、一歩足を踏み入れた瞬間、商品に足をぶつけた。
「おいおい、相変わらずごちゃごちゃしてんなぁ。」
―アロハ商店―
3人御用達のグラスキャニオンの影の名店、戦闘を目的にした品が揃い、金があれば武器・防具等の装備品をオーダーメイドで作ってくれる。
「うるせぇぞー!」
入り口から少し離れた受付から甲高い声だけが聞こえてくる。
「体ちいせぇから受付に身体が隠れてんだよなぁ。」
足の踏み場のない店内をルストは注意深く進む。
やっとたどり着いた受付に両肘を掛ける。
「よいしょ、サムさん元気してたかい。」
と声をかけると、受付から枝のようにか細い腕がルストの顔面すれすれに伸びてきた。その手の指は親指と小指が立てられている。
「アローハー、ルストさん。」
手をよけて受付をのぞき込むと、装置をいじっている小柄の店主が居た。
「サムさん、装置いじってないで、自分の椅子を先に直したらどうだい。」
サムが座っている昇降機付の椅子は一番下まで落ち込んでいる。
「ゆっくり落ちていくから気が付かないんだよねっ!」
サムは椅子のレバーをクイッと上げると、勢いよく上昇し、ルストとほとんど同じ目線になった。
「ルストさん…あれ、2日前に来なかったか?」
「いやぁ、一週間経ってるよ。」
「うそん!」
サムは身を乗り出し驚いた。
「逆に2日前の何時くらいに思ってたの?」
「さっき寝たから、朝くらい?」
「ブー、めっちゃ夕方。おっちゃんなんだから程々にしないと、すぐ身体壊すぞぉ。」
「楽しけりゃいいんだよ。」
サムは頭に取り付けてある拡大鏡ゴーグルをはめ、片手間に仕事を始めた。
「職人だねぇ。」
「ガキたちは元気かい?」
「ああ。いつも通り、仲が良いのか悪いのか、ワチャワチャやってるよ。」
「ははっ、目に浮かぶぜ。」
―ルストがアロハ商店に到着する30分ほど前。―
商店街のお祭り騒ぎから逃げ延びたエンジ。気が付けば商店街を一望できる丘までリュートを抱えて走っていた。
『はぁ、はぁ…ここまで来りゃとりあえず落ち着けるだろ。』
息を切らし、ドサッと座る。
『さぁ、リュート。事情を聞かせてもらおうかぁ。あああぁ!?』
リュートは体操座りでうずくまっている。
「、、と、、たびが、たい。」
『あぁ?聞こえん!』
「エンジ兄ちゃん達と旅がしたいんだ!」
『あああ!だから一緒にって“結婚しろ”って言ったのかぁ?アホが、だいたい結婚はな…。』
「…俺も…。外の世界を見たいんだ!」
トラッシュタウンで生まれた子どもは、生まれてこのかた外の世界を見たことが無い。
『…ちっ。』
揺るぎないリュートの眼差しに戸惑い目をそらすエンジ。
リュートの父親は都市外遠征部隊の隊員であったが、怪物に襲われ殉職。健康体であった母親もショックのあまり病に倒れ亡くなっている。8歳から孤児になったリュートはそれでも外の世界を見ることしか夢がなかった。孤児になってからリュートをずっと見ていたエンジにはその内心が痛いほどわかっていた。
「俺もエンジ兄ちゃんみたいに外を知らないみんなに話してやりたい。」
エンジは正直嬉しかった。だが、外の世界を生き抜くには、壁の中で平穏に生きてきたリュートには厳しすぎると分かっていた。
『アホか。寝言はクソして言え!』
「なんでだよ!」
『リュート、俺たちはいつも笑顔だからわからねぇと思うがな。今日も西にあった廃墟でハウンドと戦って、そこでたくさんの死体を見てきた。現実は綺麗なものばかりじゃない。外の世界はいつでも危険と隣り合わせなんだ。』
「そんなことは知ってる、それで俺は独りになったんだ。」
『ろくに喧嘩もしたことねぇくせに、怪物と戦うなんざ死に行くようなもんだ。』
「さっきだって押し倒せた。」
『そういうことじゃねぇんだよ、やめとけって、俺はお前の夢や憧れを否定したいんじゃない。でも危なっかしいお前を外に連れて行くのは無理だ。お前の親父さんだって…。』
「親父は弱かったから死んだんだ!俺はもっと強くなる、あんな無駄死にはしない!」
『おいっ!!!!』
エンジはリュートを殴った。
「痛って。なんだよ!」
『“なんだよ”じゃねぇ。理想ばっか言いやがって!自分の親や人の死をけなすような奴とはぜってぇ旅なんかしねぇ!第一こんなパンチ一発で倒れてる奴がどうやって生き残れると思ってんだ!』
「あああああ!俺は弱いって言いたいんだろ!?足手まといなんだろ!?もう、そう言えばいいじゃねぇか!俺の夢と居ない奴とが何の関係があんだよ!死ななけりゃいいだろうが!」
リュートは少し声を詰まらせた。
「…俺も進みてぇんだ。」
そして、苛立ちを隠せない様子で、頭をクシャクシャ触り立ち上がった。
「ああ!もういいよ!」
リュートは口から血をプッと吐き出し、走って丘を下って行った。
エンジに残ったのは殴った拳の感覚と胸のあたりを漂うモヤのような違和感だった。
“死ななけりゃいいだろうが!…俺も進みてぇんだ。”孤児であるリュートの口から発せられた言葉はとても重く感じた。
『ああああ!やっちまった。どう伝えたらいいのか、わかんねぇ。』
『クッソ。あいつらに聞いてみるかぁ。』
エンジは丘を崖から下り、小走りでアロハ商店へむかった。
―同刻、グラスキャニオン入り口付近―
発電所からアロハ商店へ向かうハク、ふと空を見上げ目を凝らすと漆黒の鳥が真上を飛んでいた。
「ん?…あれは。」
そして、背面から猛スピードで向かってくる何かに気が付き、身を構えるとその影はすでにハクに飛び込んでいた。
「フッ!」
その影は、空中でハクの頭部に向けて右回し蹴りを打ち込んだ。
「ぐっ!!」
ハクは両手を使い、ギリギリで受ける。打ち込まれた衝撃で1m程地面を滑った。
「おお、やっと不意打ちにも対応できるようになってきたな。」
と蹴り込んできた相手がハクに話しかける。
「“ラピト”が空飛んでヒントをくれてましたから、ギリギリでしたけど…。」
上空を飛んでいた漆黒の鳥は、隻腕の青年の肩へ静かにとまる。
「ラピトはいつもハクに甘いな。」
青年はラピトのくちばしを優しくなでる。
「お久しぶりです。師匠。」
ハクは深く頭を下げた。
「ああ、お前も元気そうで何よりだ。顔を見せてくれよ。」
「はい。」
ハクはゆっくりと頭を上げると、青年はハクに優しく微笑みかけた。
「半年以上ぶりですね。…まだ、あの場所で“彼”を待っているのですか。」
「ああ。それが俺の使命だからな。」
そして、青年は声色を低くし、ハクへ問いかける。
「あの家族とは上手くやってるのかい?」
「はい。滞りなく。」
ハクは頭を下げ答えた。
「そうか、この調子でな。」
ハクが次に頭を上げた時には、夕日に照らされた自分と足元から伸びる影しか居なかった。
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