トラッシュシティ②

〈「俺と結婚しろ!」〉

14歳の少年から放たれた思いもかねない言葉、しかも同性である。

住民は疑いを隠し切れない。


「あら、まぁ。」

「物好きねぇ。」

「どこがいいのかしら。」

「応援してるぞ~!」

「まぁ、このご時世ですから。」

「いいぞいいぞ~!」

店を壊された店主もそういうことなら、と戸惑いながら売っていたレタス1球をエンジに渡した。


『…あ、ども。』


住民から口々に放たれる言葉は次第に歓声へと変わっていく。


レタスを持ったエンジは少し我に返るが、訳も分からず怒るしかなかった。

『あ、ども、じゃねぇーわ!うるるるるせぇ!!!』

レタスを地面へ思いっきり投げて爆散させると、リュートを抱え俊足で逃げた。

『とりあえずここから離れるぞ!』


わきの下で抱えられたリュートは何も話さない。



――同刻。トラッシュシティ南側、ルストとハクは次の街に着く手前だった。

「…なんか北側が騒がしいな。」

ハクは異変を感じ、片眉を上げていた。


「ん~、俺にはなんも聞こえねぇぞ。」

ルストは聞き耳を立てるが何も聞こえなかった。


「…ん、そうか。」


「ああ。よぉし着いた“ディープシー”。」


―ディープシー―

トラッシュシティの30%を形成している。農村地帯を越えた先には、海沿いの街が広がっており、第三次世界大戦前の世界中で捨てられた海上のゴミがここ一体にまとまって漂流し、ごみはそのまま陸となり街を形成した。様々な色のプラスチックが組み合わさり、サンゴを作りだし、劣化したビニールがそこら中で波風にたなびき、海底の海藻のように見える。“深海”と名付けられたのは街の外観そのものを表すためである。


「んじゃ、海沿いの発電所でコアを売ってきてくれぇ。」


「わかった。」


「あ、俺たちの分も回収しておかないとなぁ。」

ルストはハクの持っている巾着からコアを3つ取り出し、1つは自分のカバンに、2つはハクに渡した。

「俺たちの使っているコアもそろそろ1か月程経つから、替えで新しいの持っとけ、一つはエンジの分だ。」


「わかった。」


「ん?ハク、お前の使ってるコア、丁度切れそうだぞぉ。」

ハクは、腰の左側についている専用のケースに入ったコアを確認すると、真っ黒のコアが弱々しい光で点滅していた。


「ほんとだ、丁度変え時か。」

ケースを開き、中のコアを取り出すとほどなくして光が消え、塵になった。そして、赤黒く明々と点滅しながら脈打つ新たなコアをケースに入れると、ケースに接続されているベストに同調し、ヴォンいう機械音と共に、ベスト全体が一瞬赤く輝いた。


「お前のベスト型“コア・ガイド”も大分長い間使ってるんじゃないか。」


「多分数年は使っていると思う。」


「もしかしたら、それも変え時かもなぁ。」


「まぁ、考えとく。」


―コア・ガイド―

怪物から手に入れるコアを動力とした装備。この時代では一般化している装飾品のひとつで、ファッションともなっている。形は大小様々に用途を変え、それぞれに機能が備わっている。衣服程の大きさの型にすれば、防寒、防暑、乾燥機能等、用途に合ったカスタマイズができ、小物タイプのコア・ガイドでもライトを接続し、辺りを照らすくらいはできる。

エンジ、ハク、ルストは戦闘用の特注コア・ガイドを装備しており、3人とも形は違うがベスト型を基にしている。


2人は発電所に着いた。

「なら、先にグラスタウンで調査しとくから、精算は頼んだぞぉ。」


「ああ。そっちも気を付けてな。」


「あーいよっ。」

背中越しに右手を上げ軽く返事をし、ルストはグラスタウンへ向かっていった。


「とは言ったものの…。正直、ここの管理人は苦手なんだよな。」

ハクはやる気なさそうに発電所の煙突を見上げる。


―コア発電所―

トラッシュシティ全体の電力をこの一つの発電所で賄っている。

禍々しくうねり重なる3本の煙突からは煙ではなく、コアの塵が定期的に出ていく。


入り口は自動ドアとなっており、毎度勢いよく開くドアにハクはビクッと驚く。

「あーー、慣れね。」


開いたドアから左側にある受付に恐る恐る顔を出すと、人影は見当たらない。


「誰もいない。」

と心を落ち着けた瞬間、後頭部側から大声で、


「あーらあら!常連のハク様ではないですか!!!」

あまりの声量と風圧にハクの髪型が崩れた。


―――グラスタウンへと向かうルストはエレクの大声を聞き、軽く吹き出していた。


「ほんとにさ、毎回俺にデカい声出すのも、毎回俺を発電所に向かわせてるのも…わざとでしょ。」低い声と乱れた前髪はより一層苛立ちを表現している。


「なんでしょう、お約束と言いますか。」

口元へ上品に手を当ててホホホと笑う。


今ならバーリィおばさんの気持ちがわかるような気がする。と思いながら軽く笑い、前髪を直す。


「はぁ、エレクさん、コアを精算してくれ。」


「ええ承知いたしました。こちらへ。」

発電所の外見から想像できないくらい内装は整っており、案内された広いフロアは白を基調とし、椅子2つとテーブルだけが置かれている。天井が高く、歩くたびにカツーンと靴の音が響き渡る。

「こちらにどうぞ。」

ハクをお客用の椅子に案内すると二人はテーブルを挟んで座った。


「中身の確認を。」

ハクはコアの入った袋を渡すと、エレクは袋を軽く揺さぶった。


「今回も大量ですねぇ。」

中身を取り出しひとつひとつ選別しながらテーブルの上へきれいに並べ始めた。


「エレクさんのすごいところはコアの判別ができるところだよな。」

感心しながら作業を見つめるハク。


「まぁ、仕事ですからね、形、大きさ、赤み、それらの微妙な違いだけですから。」


「それを見分けられるのがすごいって言ってるんだよね…。」


「あと、私の良いところ少ないですね。」

軽く突っ込みながら作業を進める。


ハクの口が少し緩む。


しばらくしてエレクの鑑定が終わり、毎度の答え合わせタイムが始まる。

「では、えーーっ今回のコアですが、計28個の内、ハウンドコア4つ、ホルスコア3つ、スカラベコア12個、アポピスコア2個、ヘケトコア7個となりますね。」

エレクは机の上にきれいに並べられたコアを順に指差し、誇らしげに確認する。


ハクは日誌として使用している手帳を手に種類と個数を確認し、一言。

「…っ正解です。」


エレクは拝むように手を軽く合わせて、口元を隠していたが、引きあがった口角までは隠せていなかった。


「まぁ、仕事ですから。」

言葉とは裏腹に大変誇らしそうだ。

「では、今回は5000 J(ジュール)となります。」


― J (ジュール)―

 この世界の通貨として使っている紙幣と硬貨、5 Jもあれば大きいパンが買える。


「わかった。」

ハクは紙幣を受け取りカバンに入れる。


「狂暴であるハウンドのコアが前回よりも多くなっていますね。」


「これでも、2匹取り逃がしたんだ。」

2匹はコアごとぶっ壊した、とはイジり上手なエレクには口が裂けても言えなかった。


「それはそれは、お強いお三方だからこそ言える言葉ですね。」


「何か怪物に関わる情報を聞いてないか。」


エレクは少し声の調子を落としてこう答えた。

「実は都市外遠征部隊の方から住民に口外禁止で教えてもらったんですが、東の奥地にて“人型の怪物”を確認したそうです。」


「それ、本当か!」

ハクも顔色を変える。


「ええ、しかも数匹のハウンドを引き連れていたと。」


「あのハウンドを手なずけていたのか。」


「ええ、戦闘が始まると人型は動かず、ハウンドを操っていたらしく、15人の部隊は隊列を崩され、半数以上が命を落とし壊滅状態、命からがらハウンドを全滅させると人型はすでに姿を消していたらしいです。」


「なんだよそれ。」


「とうとう人型も噂ではなくなりました。ハク様も討伐を生業(なりわい)としている身、十分にお気をつけください。」


「わかった、ありがとう。」

ハクは軽く頭を下げ発電所を後にする。


「あ、あと!」

エレクはわざと大げさにハクに話しかける。

「ハウンドコアは“ぶっ壊した”のではなく、“取り逃がした”と聞いて安心しました!」


それを聞いてハクはバッと頭を後ろに向けると、不敵な笑みを浮かべるエレクがいた。

「ほんとなんなんだ、あの人は…。」

ハクは肩身狭くグラスキャニオンへと向かった。


そして、2つの黒い影が少し時間をおいてゆっくりとその後に続いていた。

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