第22話 牢

 

 剣を向けられながら馬車から降ろされ……連れてこられたのはどこかの屋敷のようです。そんなに長く馬車に乗っていたわけではないので王都からそこまで離れていないと思います。

 わたくしとリーリアは促されるまま歩き屋敷の地下でしょうか……窓のない薄暗く埃っぽい牢に放り込まれてしまいました。唯一の灯りは牢の外に置かれた小さなランプのみのようです。大人しくしていたおかげか特に怪我はありません。

 放り込まれた牢には怯えた様子の女の子から大人のお姉さんまで皆さま身を寄せ合っていました。


 そこには噂で聞いた看板の歌姫や社交界の花と呼ばれる令嬢まで……総じて容姿の美しい女性が閉じ込められているようです。

 これはファンの方や婚約者の方が黙っておられませんわね。まぁ、エバン兄様もその1人でしょうけど。


 わたくし達を牢に入れ鍵をかけた後、わざわざ聞こえるように


 「おい、大事な商品だ。むやみに手ぇ出すんじゃねぇぞ」

 「へい、わかってますよ。でも売れ残ったら……いいっすよね」

 「まあ、その時は俺が味見してからな」


 いかにもな格好のボスっぽい人と見張り番のやりとりです。

 これを聞かせる理由としては恐怖で逆らえないようにする目的もあるのでしょうが、彼らの瞳に映った感情はそれだけでなく嗜虐的なものも含まれています。気分が悪いですね。

 ……話を聞く限り私たちはどこかに売られる予定のようですが……売れ残った場合も売れた場合も悲惨なことになりそうだと容易に想像できました。早く対策を考えなければ……


 見張り番も牢屋のある部屋の外で見張るらしく、ジロジロ見られることがなくなり知らぬ間に入っていた肩の力を抜きます。これならいけるかもしれませんわ。


 牢にいるのはわたくしとリーリアを含め全部で9人……そこに見知った顔を見つけました。


 「あら、あなたはクラーク伯爵家のパトリシア様では?」


 パトリシア様といえば燃える様な赤い髪に翠の瞳で社交界の花と呼ばれ、彼女が身につけたものは貴族社会で流行するほど。

 つい先日、ルグレ公爵家嫡男のダヴィド様との婚約が発表されたばかりのはず……


 「ええ、そうですわ。イレーナ様、リーリア様。ここにいる者たちは皆、数日の間にここに連れてこられたのです」


 一目で私たちがわかるなんて流石ですね。そして、その落ち着き……きっとパトリシア様と1番年上らしい歌姫の方が他の方を支えてらっしゃったようです。


 「お怪我はございませんか?」

 「ええ、わたくしは平気ですが……彼女が……シェリーが弱ってきてしまったのです」


 皆に守られるように横たわっているのはまだ幼くとても綺麗な顔立ちの少女だった。しかし顔色も悪く呼吸も浅い……急がなければなりませんね。

 不安そうな方を尻目に


 「リーリア、もうそろそろ兄様は来るかしら」

 「ええ、エバン様の執着心はかなりのものだから……時間の問題だと思うけれど」

 「じゃあ、やってしまって良いかしら?」

 「後始末はエバン様に任せれば平気よ」

 「ふふ、そうですわね」


 黒い笑顔を浮かべた二人は


 「「今から脱出しますので、声は出さないでくださいませ」」

 「え、ええ……」


 彼女たちは驚きつつも大人しく従ってくれた。魔道具のアンクレットを引きちぎります。少しもったいないような気もしますが非常事態ですから仕方ありません。


 「えいっ」と可愛らしい掛け声とは裏腹に目の前にある牢屋の柵が、グニャリと曲がり人ひとりが通れる隙間ができました。これは見張りが部屋の外にいるからこそできたのです。そうでなければ、あっという間に見つかって応援が呼ばれてしまったでしょう……

 リーリアはわたくしのスキルを知っているため反応が薄い、とうかほぼ無く見張りがいる部屋と扉をジッと見つめています。他の皆さまは驚愕しているようです。


 「あの、それは……」

 「……あら、乙女の秘密でしたのに……非常事態ですから」

 「つまり、それはスキルなんですのね……」

 「ええ、パトリシア様……できれば内密にしてくださると嬉しいですわ」

 「……ここから無事に出ることができたならわたくしは一生胸に秘めておきますわ」

 「よくわからないけど……あなたにとって秘密にしたいことなのよね? だったら私も言わないわ」


 その他の方々も同様に頷いてくださいました。ありがとうございます。


 「あの……実はわたくしもそのスキルがあるんですの……牢は曲げられませんけれど。ですから、シェリーのことはわたくしが背負って連れて行きますわ」


 確か、あの方はわたくしたちよりひとつ歳下で社交界デビューした際になんて美しい双子なんだと話題になったエヴァンス男爵家の……シーリー様かしらカーリー様かしら……


 「双子なのにスキルは全く違うんですって……ちなみにこっちがシーリーちゃん、こっちがカーリーちゃんよ。あ、私はラーナね……敬語は苦手なのよ気に障ったらごめんなさい?」


 歌姫のラーナさんがわざわざ説明してくれました……いえ、非常事態ですし、特に気になりません。どうやらカーリー様が怪力スキル持ちのようです。


 「では、行きますわ……よろしいですか」

 「「「ええ!」」」

 「「「「はい!」」」」


 扉の向こうは先程の見張り番以外にも数人の見張りがいるようです……なるべく素早く気絶されられればいいのですけど。魔道具がなくなった今、力加減に注意しませんと……


 「イレーナ、1人くらいならわたくしの話術で翻弄してみせますわ」

 「ええ、ありがとう」


 リーリアが話術で気をそらしている間に他の人を気絶させていきます……幸いにも剣を投げ出し酒盛りをしていたようで、剣に怯えなくてすみました。

 あの時に家庭教師の方にどうすれば殺さずに済むかという力加減の勉強をさせていただいたことがこんなところで活きています。


 最後にまさか部下が負けるわけないと余裕ぶっていたボスらしき方を締め落としていると……外が騒がしくなっている気がします。


 「皆さま、下がってください……誰か来ます」


 その間も着々と頭さんは力を失っていきます……それとほぼ同時に地上へ続く扉が開いたかと思えば……


 「……フィリップ様」

 「イレーナ……無事か?」

 「リーリア!リーリア怪我は?痛いところは?ああ、こんなにドレスが破れて……ああっ!こんなところにかすり傷がてきてるじゃないか!……あいつら、許さん……」

 「ええ、わたくしは無事ですから安心なさって……ドレスはイレーナの仕業ですわ。ご心配なく……それよりもあの子を」


 後ろを見ると皆さま安心なさったようでズルズルと座り込んでいます……騎士達を怖がる様子もなく、ただただ安堵した表情を浮かべています。


 「隊長! あの子を頼みます! オレはリーリアを!医者にみせないとっ……傷が化膿してあとでも残ったら大変だ!」

 「エバン様?……血も出てないかすり傷ですのよ、医者など必要ありませんわ」


 なんだか、隊長さんも呆れた顔でエバン兄様を見ています。


 「……おう。お前らさっさと片付けろ! 女性に見せるようなもんは残すなよ」

 「「「「「はいっ」」」」」

 「さあ、その子をこちらへ……他に怪我などなさった方は?」

 「ありがとうございます。みな無事ですわ」

 「隊長!片付けました!」

 「わかった。では皆様こちらへ」


 何を片付けたのかは聞かない方が良さそうです。


 「「「……ええ」」」


 それよりなにより、フィリップ様が来てくださった嬉しさとこの状況を見られたかもしれないという不安が混ざり……どうしましょう……


 「あ、あの……フィリップ様? 先ほどの見ましたか?」


 緊張で体が強張ります。どうか……嫌わないで……


 「イレーナ、すまない……見た」

 「そ、そうですの……」


 泣いてはいけませんわ、泣き落しだと思われてしまいますっ。


 「俺は、特に気にしないぞ?……早く打ち明けてくれればよかったのだ」

 「ですが、迷惑ばかりかけてしまいますもの……魔道具もすぐ壊してしまいますし」

 「魔道具なんて俺がたくさん作るから問題ない……今はとにかくここを出よう」

 「はい……わたくしもお話したいことがたくさんございますの」


 真実を知ったはずなのにフィリップ様の声は優しくて、引っ込んだ涙がまた出でしまいそうです。でも、フィリップ様が来てくださって本当に良かったです……これでエタンセルマンのこともようやくお話しできますわ……

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