第20話 誘拐

 

 あれは、デボラの息子であるディックのことを話しているのを聞かれてしまったことがはじまりです。


 「そういえばデボラ……先日の休みにディックにあったのでしょう?」

 「はい。お嬢様……どうやらようやく身を固めそうです」

 「そうなの?よかったわね……わたくしも久しぶりにディックに会いたいわ」


 と喜ぶデボラとたわいない話をしている時でした……いつのまにか不機嫌そうなフィリップ様が近くへ立っていました。


 「あら、フィリップ様いつからそこに……」

 「なぜ、常時魔道具を使わないんだ?」


 この頃のわたくしは、なんとなくフィリップ様はわたくしのスキルについて勘違いしていることに気づいて……もし、私のスキルが怪力だと知られても変わらずに接してくださるかしら……と小さな不安を抱えていました。


 「……って……ですもの」

 「は?」

 「……だって、魔道具お高いんですもの!壊したら大変ですわっ」


 ああ、言いたいことはこんなことではありませんのに……


 「……俺と一緒にいれば金がかからないってことか」

 「ち、ちがいますわ!お金の問題ではありませんのっ」

 「だったら、これからは俺のスキルに頼らず自分でどうにかしてくれ」


 ああ、ご迷惑をおかけしていたのですね……フィリップ様がお優しいから甘え過ぎてしまったようです。


 「ご迷惑かけてごめんなさい……これからは気をつけますわ」


 あのとき……乙女心ゆえ言いたくなかったのです。それでとっさに魔道具が高いなど見当違いのことを言ってしまいました。

 照れ隠しでもあり、本心でもあったのかもしれません……誕生日に頂いた魔道具はとても嬉しかったですが、壊してしまうのが怖くて大事にしまい毎日眺めています。


 拒絶されるのが怖くてフィリップ様の顔が見ることができませんでした。


 帰りの馬車で心配そうに見つめるデボラを尻目に


 「フィリップ様が怒るのも当然だわ……しばらくは自分の力でなんとかしてみせますわ」

 「お嬢様……」


 今まで出来ていたのだから……きっと、大丈夫ですわ……



 ◇ ◇ ◇



 フィリップ様に会いに行かなくなってひと月……


 わたくしの様子を心配したリーリアがエバン兄様と行くはずだった今王都で話題だという観劇に誘ってくれました。

 気分転換に王都へ行くのもいいかもしれません。それに、王都へ行けばもしかしたらフィリップ様に偶然会えるかもしれないという淡い希望を抱いてしまったのも事実です……


 リーリア曰く、ちょうどエバン兄様の都合が悪くなったので問題はないらしいですが……ずいぶんと兄様が拗ねておりますが本当に問題ないのでしょうか。

 ですが都合が悪くなったのは事実のようてます、本日も騎士団に呼び出されたようです。

 ……なんでもここ数日、行方不明者が多いことからエバン兄様も駆り出されることになったんだとか。


 「いいか、リーリアくれぐれも気をつけるんだぞ」

 「ええ、エバン様」

 「エバン兄様、わたくしは?」

 「ああ、お前は平気だろ……並の男じゃかなわねぇ」 

 「もうっ、兄様ったら」

 「とにかく、ふたりとも気をつけるんだぞ!何かあっても身を守ることを優先すること!」

 「「ええ、わかりましたわ」」


 兄様は最後まで恨めしそうに出勤していきました。



 ◇ ◇ ◇



 「お忍びで観劇なんてドキドキしてしまいます」

 「ええ、わたくしもですわ。イレーナ、くれぐれも力加減に気をつけてくださいね」

 「そうでしたわ! 興奮して壊さないようにしますわ」


 学院時代はよくお忍びしていたのに数年ぶりとなるとやはり胸が高鳴ります。

 お忍びなので馬車も服装もあまり目立たないものですが……まぁ、見る人が見ればすぐに貴族のお忍びだと分かってしまいそうです。


 「そういえば劇場の看板だった歌姫が数日前から行方不明なんですって」

 「へえ、そうなんですの? エバン兄様もその件で駆り出されたのかしら?」

 「ええ、そうかもしれないわ……今日の劇は違う方が主役を務める様ですけどやはり看板の歌姫と比べられてしまうのかしら……」

 「ですが、とても楽しみですわ」

 「ええ、そうね」


 そんなやりとりをしながらワクワクと劇場へ……

 そこは庶民からお忍びらしい人々などが溢れんばかりでした。

 やはり、人々の話題になっているのは行方不明の歌姫のことが多いようです。



 劇の内容は政略結婚を間近に控えた令嬢が戦争から帰還した幼馴染みの騎士との再会を経て、揺れ動く心とそれを許さない状況に苦しみながらも……最後は主人公の令嬢を巡り婚約者と幼馴染の決闘が始まり……役者さんも鬼気迫る演技でここはかなりのめり込んでしまいましたわ。そして勝利した幼馴染と幸せに暮らす。という物語でした。

 興奮も冷めやらぬまま、馬車に乗り込みます。


 「すごかったです! 代役でこんなに感動するなら看板の歌姫だとどうなってしまうのかしら」

 「ええ、素敵だったわね……イレーナも扇子を壊してしまうほどでしたもの」


 そうなのです。興奮したあまり、握った扇子が折れてしまいました。


 「ふふ、それは言わないでくださいませ」


 久しぶりの楽しい時間を過ごし、劇場を出発……しばらくすると……馬車の外から馬の嘶く音が聞こえると共に馬車が急停止しました。

 御者の問う声とその後の呻き声で何か良くないことが起こっていると感じました。

 リーリアの侍女のハンナが私たちをかばうように前に出て


 「お嬢様方!ドアから離れてください」


 その後すぐ……バンッと馬車の入り口が開きガラの悪そうな男たちがニヤニヤしているのが目に入ります。


 「大人しくしてれば悪いようにはしないからさ……降りてくださいますか。お嬢様?」


 言うことを聞くと見せかけて、ハンナは懐から小刀を取り出し男のひとりに切りかかります。


 「いってえぇ、何すんだこのアマ」


 切りつけられた男はハンナを蹴り飛ばしハンナが地面にうずくまってしまいました。


 「ハンナッ!」


 駆け出そうとしたリーリアの腕をニヤニヤした男が掴み


 「へー、あの女ハンナって言うのか。売るには年取りすぎだな……お嬢様方? あの女と御者の命が惜しければ大人しく付いてきてもらおうか」


 気を失ったままの御者とハンナ……このままだと殺されてしまうかもしれません。震える声を隠しつつ


 「わかりました。だからあの2人を助けてっ」

 「だ、だめです……お嬢様……」


 ニヤついたまま、楽しくて仕方ない様子の男たち……何がそんなに面白いのでしょう。

 そんな時……


 「親方、あっちの方から馬の足音がっ」

 「ちっ、誰も来ねぇはずだったろうが……行くぞ!お前ら」


 まだ日が昇っているはずなのに辺りは薄暗く、どこかの路地でしょうか。

 知らぬ間に護衛とうまく引き離され、こちらに誘導されたようです。

 なぜわかったかといえば男たちが得意げに教えてくれたからです……余計なことまでペラペラと……例えばお前たちはこれから売り払われるとか。他にもたくさんお仲間がいるから安心しなとか……


 頭のひと声で辺りに隠れていた者も続々と出てきて最初の倍以上の人数になってしまいました。

 最初の数人だけなら、わたくしひとりならなんとかなったかもしれません。ですが、わたくしも切られれば痛いし無敵というわけではありません。

 それに人質がいるのでは手の出しようがありません。それにエバン兄様も何かあっても身を守ることを優先することと言っていましたから……必ずチャンスはあるはずです。

 しかし、ひとつエバン兄様の執着心に賭けてみようと行動を起こしました。

 わたしは怯えるフリをしてリーリアにしがみつきます。勿論手加減は忘れません。


 「リーリア、ドレスの飾りを千切ります。気をそらしてください」

 「え、ええ」


 リーリアから離れる際に背中の飾りと髪飾りをそっと千切り、リーリアが足をもつれさせ転んだ隙に自分のドレスの胸元から飾りとネックレスを千切り取ります。お忍び用の簡素な服を着ているのでふたり分の飾りで足りればいいのですけど……



 馬の足音の主が騒ぎに少しでも早く気付いてくれればいいのですが……ハンナ達の怪我も心配です。



 薄汚い馬車に詰め込まれ移動する最中……ふたりで怯えたフリをし抱き合い、見張りから見えない位置の馬車の隙間からこっそりと外へ飾りを落としていきました。

 ちなみに馬車に落とせるような隙間が無かったので、指でブスッと開けました。

 猿ぐつわはされましたが幸いにも怯えたフリのおかげで縛られることはありませんでした。今も剣は向けられているままですが……か弱い女ふたりだとかなり油断しているようです。

 足りないかもしれないと思った飾りですが、壊れた扇子の羽まで使いギリギリ足跡を残せたと思います。

 あとは騒ぎを知った兄様が執念で見つけ出してくれるはずです。


 どうか、エバン兄様たちがいち早く気付いてくださいますように……

 フィリップ様は探してくださるかしら……

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