第19話 誘拐 〜side フィリップ〜
ただでさえ、将来義理の父親になる人が職場を訪ねてくると緊張していたのに、まさか彼女まで一緒だとは……
上司とともに出迎え、仕切られた奥のスペースへふたりを案内した。
その場にいるのも落ち着かず、普段は入れもしないお茶を入れ……上司の面白がる視線に耐えつつ次第に仕事の頭へと切り替わっていったーー
視線の端では彼女がお茶を飲みながら興味深そうにしているのを感じていた時……
「うわぁ、まじかよ……『鑑定の魔道具』壊れたんだけど」
「はっ、お前それ今日納品だろ? 見分けつくのか?」
「えー、無理っすよ……鑑定持ちも今日は来る日じゃないし」
「まずいぞ? どうする……」
ちっ、またあいつら壊したのか……貴重な魔道具を壊しては焦る迷惑な奴ら……仕事はできるからさらに面倒だ。
するとイレーナが
「お父様……よろしいですか」
「……うむ。イレーナの好きにしなさい……フィリップくんも構わんかね」
「ええ、構いません」
「ありがとうございます」
そう言うしかなかった。ここで断ったら器の小さい男だと思われてしまうだろう……
「あの、わたくしが鑑定いたしましょうか?」
「えっ!あなたは……」
「わたくし、イレーナ・ロベールと申します。その……フィリップ様の婚約者です」
「「「えっ、フィリップの?」」」
自分の婚約者だと名乗ったイレーナを見つめたあと、あいつらには視線でしっかり釘を刺しておく。これで下手に手出しはしないだろう。
時折、イレーナを見ると集中して鑑定しているようだ……周りの奴らの視線にも気付いていない。
早く終わらせるため少しヒートアップしたものの、予定より早く話がまとまった。
彼女が帰ったあと、同僚たちから嫉妬と羨望の視線を浴びつつ質問攻めにあったことは言うまでもない……
◇ ◇ ◇
祖父母の家で彼女と会うのは嫌じゃない。ただ、たまには祖父母のいないところで会いたいと思うのは贅沢だろうか……
遅れていくとすでに3人は楽しそうにテーブルを囲んでいた。
「お祖父様、お祖母様、イレーナ……遅くなりました」
「あら、もっと遅くてもよかったのよ?」
「そうじゃな。わしらがイレーナちゃんと楽しく過ごせるからな」
「もう、おふたりったら……」
席につき、使用人が入れたお茶を飲もうカップをつかむ……おや、祖父母が作ったにしては出来がいいな。
「なぁ、このカップ……」
「いいでしょう?それイレーナちゃんのプレゼントなのよ」
「ええ、これは『エタンセルマン』の試作品なんですの……」
それにしてもイレーナがプレゼントしたというこのカップ……
「そうか……なぁ、これも魔道具の一種じゃないか?」
「そんなはずありませんわ……」
「いや、しかし……このティーカップを作った職人に会わせてくれないか」
作り方が知りたいという職人魂に火がついた。悪い癖だな……
「……それは」
「あら、フィリップ。あなたも知っているでしょう。『エタンセルマン』のデザイナーは謎だって」
「うむ、あそこのデザイナーは未だ謎のベールに包まれたままだからな……フィリップがロベール侯爵に尋ねてみては?」
祖父母がそう言うのなら……
「機会があれば……そうしよう」
「……いずれわたくしからお話しますわ」
そうか、イレーナは知っているのか……では、彼女が話してくれるのを待つことにしよう。
ただ、ひとつだけ確認しておきたい。
「わかった。イレーナ、これを鑑定してみてくれないか?」
「ええ、わかりましたわ」
鑑定とはいつ見ても不思議だな……
「フィリップ様、どこにも魔道具とは書いてありませんけれど……」
「鑑定ではなんと?」
「はい、名称が『エタンセルマン』のティーカップとソーサー、品質は良。あとは特殊な金属製で壊れにくく、精霊石が塗り込んであるため温度を最適に保つ機能があると書かれています」
「……そうか、そんな機能があるのか」
「ええ、わたくしも驚きました……それでいつまで経っても冷めずに美味しくいただけたのですね」
ますます作り手を知りたくなったが、ここは我慢だ。
「それって、わしの作ったカップでもできるのかの?」
「まぁ、わたくしのカップも?」
「お祖父様、お祖母様落ち着いてください。いえ、まずカップの素材自体に精霊石との親和性が高くなければそんな効果は得られないと思います。それに作り手の魔力が青はなければ厳しいかと……」
「そうか……残念じゃの」
「ええ、まったくだわ」
そう言わなければ、祖父母では魔力が足りず自分に作らせようとしただろう……危なかった。
「そういえば、イレーナちゃん来月お誕生日よね?」
「ええ、17になります」
「おお、そうか……」
お祖父様が肘でぐいぐい押して合図を送ってくる……この機会にプレゼントの希望を聞けということか。
「……イレーナ、誕生日のプレゼントの希望はあるか?」
「えーっと……そうですわっ! わたくしと一緒に寝てくれませんかっ?」
「……は?」
「あらあら」
聞き間違いだろうか……それにしては祖父母がクスクス笑っているな。きっと何か言い間違えたのだろう……
「イレーナ、ちなみ子供がどうやって出来るか知っているか」
「え、子供ですか? 精霊様が授けてくださるのではないのでしょうか?」
やはり、意図が違ったようだな。
「あー……うん、そうか。まぁ後々わかるだろう。イレーナ、そういうことは他では言わないほうがいい」
「ええ、もちろんです!フィリップ様にしか言いませんわ」
祖父母は我慢しきれず吹き出している。これが無自覚の攻撃力か……エバンの言っていた意味がようやくわかった。
結局、希望がわからずじまいだったので祖父母やエバンに相談した結果、『エタンセルマン』の空色の石がついたアクセサリーに制御を付与した魔道具を贈った。
◇ ◇ ◇
彼女に感じるのはスキルがあっても家族や使用人から愛されているということに少しの嫉妬と羨望。そして彼女が自分を望んだという優越感……だが、それがスキルや魔道具職人だということによって選ばれたのはわかっている。そうでなければよかったのに……何度もそう思った。
彼女に会うたび、俺自身を望んでいるのか……それとも同じことができる人間なら誰でもいいのか……聞きたくても聞けないジレンマに陥っていた。
ふいに彼女の口から知らない男の名前がこぼれたのを聞き、つい動揺して前々から気になっていたことがポロリとこぼれ聞いてしまった。
「なぜ、常時魔道具を使わないんだ?」
誕生日に贈ったものもつけていないし……
「……って……ですもの」
「は?」
「……だって、魔道具お高いんですもの!壊したら大変ですわっ」
顔を真っ赤にしたイレーナをこの時見ていれば誤解など生まれなかっただろう……しかしフィリップの視線はエレーナを捉えてはいなかった。
魔道具……確かに高いけどな……つまり
「……俺と一緒にいれば金がかからないってことか」
その程度ってことかよ。結局、俺自身は必要じゃないってことなのか……
「ち、ちがいますわ!お金の問題ではありませんのっ」
言い募るイレーナを横目にどんどん思考が悪い方へ落ちていく……何故だかイライラして
「だったら、これからは俺のスキルに頼らず自分でどうにかしてくれ」
ハッとしたあと傷付いたことを隠すようにぎこちない笑顔をしたイレーナ……側付きの侍女の視線が鋭い。
「ご迷惑かけてごめんなさい……これからは気をつけますわ」
思い通りの結果になったのに、スッキリすることはなく苛立ちが更に募る。ああ、わかってる言い過ぎたことぐらい……
「ちっ……」
思わず出た舌打ちも自分に対してだったがイレーナは少し悲しそうに、勘違いしたまま帰ってしまった……
「それでは失礼いたします」
「待っ……」
こうして、頻繁に祖父母の家へ来ていたイレーナの訪問が途絶えた。
休みの日にはもしかしてと期待して祖父母の家へ行く自分に腹が立つし、使用人達からも祖父母からも何故だか非難めいた視線を感じる。わかってるさ、自分が悪いことくらい。
「ふむ。フィリップ……話し合うということも大切じゃよ」
「お祖父様……」
「そうよ、言葉にしなければ伝わらないこともあるのよ」
「お祖母様」
イレーナが家を訪れるのを楽しみにしている祖父母からもそう言われ……彼女が会いに来ないことを寂しいと感じていたが、どう行動を起こせばいいかわからずモヤモヤとした日々を過ごしていた……なにかキッカケさえあれば……そう思っていた。
そんな時、自宅で突然の知らせを親友の使者から聞かされることとなる。
「口頭で失礼いたします!エバン・ロベール様からの伝言でございます」
「なんだ?」
「はい。先刻、リーリア様とイレーナ様が何者かに誘拐されたそうです」
イレーナとエバンの婚約者が誘拐……
「嘘だろ……」
「残念ながら……内密に動くそうでフィリップ様が一緒に行動する気があるならすぐにご案内せよとのことです」
思いもよらぬ知らせに動揺し、同時にイレーナに怒鳴ってしまったことを激しく後悔し、少し冷静さを取り戻し焦る気持ちを押し殺す。
後悔なんかそんなのは後回しでいい……今はイレーナを探すことが先決だ。
「わかった。すぐに案内してくれ」
「かしこまりました」
すぐに準備し、使者とともにエバンの元へ急ぐ……
「くそっ。どうか無事でいてくれっ……」
エバンと合流し、ふたりの捜索に向かったーー
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