第16話 氷の魔道具職人の回想 〜side フィリップ〜
幼い頃から自分があまり笑わない子供だったという自覚はある。
両親が愛情を注いでくれたことはわかっている。
しかし常に兄と比べられ、両親が自分のことを扱いづらいと思っていたことも朧げに理解していた。
そして、5歳でスキルが判明してからは苦労した。自身のスキルは【無効化】【制御】【付与】【記憶力】だった。問題だったのは【無効化】スキルだ。
家族や使用人などそばにいる人物のスキルを無効化してしまう為……人と距離を保つことが当たり前になっていた。
幸い、有効距離が2メートル程だった為、それぐらい離れていると安心して生活できた。自然と人を遠巻きに眺めることが増えたのもこの頃からだ。
【制御】スキルのおかげで早々に【無効化】のオンオフの制御ができるようになったのは助かった。このスキルがなかったらもっと苦労しただろう……
ただ、父方の祖父母は自身のスキルが無効化されようが構わず接してくれため、祖父母に懐くのは仕方のないことだったと思う。
魔道具について知ったのもこの頃だ。
◇ ◇ ◇
王立学院で出会ったエバン・ロベールは自分とは正反対の性格だが、互いにない部分を面白がり親しくなった。
エバンと親しくなると周りに人が増え、他にも気を許せる友人が何人もできた。これはエバンの人徳のおかげたと思う。
今でも両親とは別に不仲ではない……ただ、祖父母の方が気を許せるというだけで。
両親は幼い頃、避けてしまったことに罪悪感があるようだが、何かあるたびに祖父母に相談していると聞けばやはり嬉しく、愛されていると実感した。
8歳上の兄はすでに結婚し、3年前に男の子が誕生したので予備としての役目も終わり、家を継ぐこともない。自分は好きなことをしていいのだ。
王立学院を卒業後、学院で学んだ魔道具に魅せられ王国所属の上級魔道具職人になった。
試験は魔力量、同じ文字を刻み続ける(器用さ、集中力、根気をはかる)、精霊文字のテスト、最終試験が面接で試験自体は平民でも貴族でも受けられる。
かなりの倍率だったが、無事合格することができた時は珍しく大声で喜んでしまい周囲に驚かれたものだ。
上級魔道具職人ともなれば国に数十人しかおらず平民でも貴族と同じ扱いをされるほどだ。
このまま職人として続けていれば下級貴族並みの生活は保証される。国は数少ない職人を手放したくないため、爵位を下賜し囲い込むこともあるので余程のことが起きない限り安泰だ。
割と仕事中毒だという自覚はある。魔道具作りは集中力や根気が必要だが嫌いじゃない。
精霊石の粉を溶かしたインクで精霊文字を書く……アクセサリーに彫り込む事もあれば革に刻む事もある。その場合、刻んだ後に精霊石の粉を塗り込む。
魔道具に書き込む際に精霊石を砕いたものを溶かしてインクにする。これを混ぜないと精霊様が力を貸してくれないのだ。
ここ数年、親友の実家の領地から質の良い精霊石の粉が大量に収められていて、職人たちにも好評だった。
そういえば、毎月大量に魔道具を購入する大口の貴族がいるらしく、毎回のように自分が担当していた。なぜなら付与のスキルを使い効果の高い『制御の魔道具』を作る必要があったからだ。そんなにたくさんの魔道具をどうするのか……気にしてはいけない。そういうものだと割り切れと上司に言われたな。
注文はアクセサリー類など身に付けるものが多かったがデザインは代わり映えしないものばかりだ。
精霊石と親和性の高い金属は加工が難しく、同じようなシンプルなデザインしかできないのだ。
他の素材は種類もそこそこあるのだが大口の客はいつも壊れにくい素材のものを注文していた。
余談だが、魔道具職人でもアクセサリーから作るわけじゃない。分業制のためアクセサリーの元は職人から納品される……そこに文字を刻み付与スキルで思い通りに付与するのだ。
そんな日々に満足していたある日……
親友の婚約パーティーで突然現れたエバンに腕引っ張られていった場所にいたのは2人の女性。
ひとりはエバンの騒動で見知っていた……今日の主役であるエバンの婚約者だった。もうひとりは……どこかで見たことがあるような? だが、あの魔道具は……
「彼がフィリップ・ベルナー。俺の王立学院からの友人だ。それで、こっちが妹のイレーナだ。その横にいるのは俺の愛しのリーリアだが、挨拶もしなくていいし、瞳に映さなくていい。いや、映すなよっ!」
大人しく、言うことを聞いておこう。もし目でも合ったら大騒ぎするからな……
「もう、エバン様ったら……リーリア・サルマンディです。今後ともよろしくお願いいたしますわ」
「お会いできて光栄です。イレーナ・ロベールと申します」
「リーリア、よろしくお願いしなくていいんだぁぁ! フィリップ、お前っ! リーリアが挨拶してくれたからって勘違いするんじゃないぞっ!」
「はいはい、エバン様。それは後でお話いたしましょうね……」
「……フィリップ・ベルナーだ」
うるさい親友はいつものことだが、彼女たちも慣れたものだな……
自分の作った魔道具を身につけている彼女にすこし胸が踊った。
初めての試みに苦労しつつ完成させたアクセサリーはいったい誰がつけるのかと思っていたら親友の妹だったのか……
同時にあの大口の客が親友の実家だったことに驚いた。まぁ、差し支えなければ親友がいずれ教えてくれるだろう。
「おいおい、もう少し何かないのか……まぁ、こいつは一部で氷の魔道具職人と呼ばれてるんだが、実際は口下手で他人への興味が薄いだけだ。安心しろよ!」
氷の魔道具職人か……それで面倒が減るなら安いものだ。
「そうなんですか」
「ああ、こいつは学生時代も今も魔道具中毒っていうか、集中すると周りが見えないっていうか……連れ出さないと、ずーっと魔道具作り続けるんだよ」
「それは、言い過ぎだ……学生時代は勉強もしてたからな」
魔道具についてがほとんどだったけどな……
「今は仕事中毒だってことは否定しないんだな?まぁ、ほっといたら今日だって参加したかわからないしなぁ」
「流石に忘れないと思うが……」
失礼だな。親友の婚約パーティーだ。覚えていたと思うぞ……多分。
「そうだフィリップ、イレーナは鑑定スキル持ちなんだぞ」
「そうか……」
鑑定スキル持ちか……職場のやつらが知ったら勧誘しようとするかもしれないな。
「エバン兄様、ご迷惑ですわ」
「いや、そんなことは……」
「フィリップもこう言っているし、鑑定してみろよ」
「フィリップ様。本当に鑑定してもよろしいのでしょうか」
本来なら、そんな簡単に鑑定などさせないんだが……なぜか断る気にならなかった。
「エバンの妹君なら触れ回ったりもしないだろう?」
「それはオレが保障しよう」
「では、失礼いたします」
「ああ」
鑑定を使えるということだが……まさか今、『制御の魔道具』をしたまま使ったのか? それも触らずに?
「うん?……触れなくて良いのか?」
「ああ、イレーナは本人の許可さえあれば鑑定できるんだよ……あまり遠い距離は無理だけどな」
そんなことが可能なのかと驚いていると
「な、鑑定してよかっただろ?」
とよく分からないことを言っているが、そういうことはよくあるので気にしてはいけない。
「ええ、エバン兄様ありがとうございます。フィリップ様は素晴らしいスキルをお持ちなのですね」
「いや、そんなことはない」
「いいえ! 魔道具も素晴らしいです。このネックレス、お父様が無理を言われたようで……ありがとうございます」
「そうか……いや、上手くいってよかった」
苦労したが彼女によく似合っていた。あのシンプルなデザインの魔道具よりずっと……
「リーリアにも……いやっ、ほかの男が作ったものはダメだっ」
「「……はぁ、またか(ですの)」」
やはり、エバンのこの態度に慣れているな……それはそうか。妹と婚約者だもんな。下手したら自分達より振り回されたかもしれないしな……
「エバン様、そろそろダンスのお時間ですわ」
「はっ、ダンス! オレとリーリアの婚約を周囲に見せつける至高の時間……フィリップ、イレーナが変なことしないよう見張っておいてくれ! 行こうか、リーリア」
「ええ、フィリップ様、イレーナ。ではまた後で……」
「ええ」
エバンはさっさと婚約者を連れダンスを踊っている……これは自分も彼女を誘わなければならないのでは……
「……我々も踊るか?」
一瞬嬉しそうに微笑んだが彼女は
「フィリップ様、申し訳ありません……ダンスをしたいのはやまやまですが、エバン兄様のおっしゃった変なことにダンスは含まれていると思いますので……」
確かにエバンは変なことしないよう見張っていろと言ったが……ダンスが変なことに入るのか? あれは変な虫がつかないよう見張ってろと言う意味ではないのか……
「……そうか」
「ええ、ですので……他の方をお誘いください」
寂しそうに言った彼女をひとりにしておくのはなんだか気が引ける。
「いや、エバンにも頼まれたし……他の令嬢はぐいぐい来るから苦手なんだよ。すまないが防波堤にさせてくれ」
「ええ、わたくしでよろしければ……」
嬉しそうに頬を染めた彼女のそばは何故か居心地がよかった……
そうか、制御しなければなんでも常時鑑定されてしまう特異体質か。などと、この時あっさり結論づけてしまったが……のちに大変驚くことになるのはまた別の話。
◇ ◇ ◇
エバンの婚約パーティーからひと月半が経過した頃だろうか……めずらしく実家に呼び出され何ごとかと思えば自身の婚約が決まったらしい。
すでに祖父母がその女性に会っており、太鼓判を押したという。
婚約の話を聞いた時も、正直これといって何も思わなかった。
いずれは誰かと結婚するだろうと漠然と思っていたし、いつまでも結婚しないわけにはいかないだろう。今まで自由にさせてもらったのだ、恋人も特になく……祖父母が太鼓判を押すならば構わないと思ったのだ。
「で、お相手は?」
「おお、そうだった。お相手はお前の親友であるエバン・ロベールの妹君のイレーナ嬢だ」
「そうよ。あの『エタンセルマン』のアクセサリーで有名なロベール家なのよ……わざわざわたくしの好きなシリーズの新ラインのアクセサリーを贈ってくださったのですよ!」
そういえば、母上は何度かエバンにアクセサリーを融通してほしいと伝えてくれと言っていたな……伝えなかったが。
既にオーダーメイドの注文もしているようだったし、いずれ手に入れるだろうとほっておいたんだった。
「そうですか……」
「近々、ご挨拶に向かうように」
「はい」
これといって婚約に何も思わなかったはずなのに、休みの日にわざわざ遠くまで出掛けるなんて面倒だったはずなのに……彼女が相手だと知り何故か嫌じゃない自分がいた。
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